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【#Real Voice 2023】 「試合に出られない組のダブボ」 4年・大橋優貴



「お前を入部させたのは間違いだった」


入部を認められた翌日、練習後の集合で一緒に練習した4年生から言われた。


タイトルにある「試合に出られない組のダブボ」
当時は、練習試合のアップだけして試合に出られないなんてよくあった。
これが私のスタートライン。
4年間を振り返った時に最初に記憶から掘り起こされるもの。



そして、その次に記憶から掘り起こされる出来事がこの言葉だ。



「お前を入部させたのは間違いだった」




Real Voice

はじめに断っておく。
これは私の4年間の振り返りである。
文章に一切まとまりがない。





話を戻し、入部した翌日の自分。

自分がサッカーを下手なことは知っていた。
他の部分が評価されて入部できたと思っていた。
でも、練習後に怒られた。
確かに自分のプレーは良くなかった。
だが、そんなの当たり前だ。
4年生だってそんなことわかっているはず。
自分が練習の足を引っ張る存在であることなんて。


自分なりに考える。なぜか。
意見をまとめ、その日のうちに練習を見ていた4年生にぶつけた。



「あいつは基準が高い。でもできると思ったやつにしか言わない。」


そう返された。



この時は、もっと頑張ろうとか、見返してやろうとか、そんな感情だけだった気がする。


でも今は少し違う捉え方もできる。

寮外リーダー、新人監督を務めたことでやっとこの言動の凄みを理解した。


そいつのためになるとわかっていたとしても入部した翌日に集合の場でそんな言葉をかけてくれるのか。しかも新人監督でもない先輩が。
どれだけ本気で自分たちに向き合ってくれていたかがわかる。


あの時、

この組織なら自分は成長できる。

4年生のために頑張りたい。



私をそう思わせたのは、このような4年生の言動の積み重ねだった。



「大橋でいいんじゃね」


入部してまもなく寮外リーダーを決めるミーティングがあった。

寮外生最初の入部者だったこともあり、当時の新人監督からも大橋はそういう役割ができると思っていると話をされていた。
そのこともあって立候補したのだが、他に推薦される人も多く、票は割れた。
今までの自分なら譲っていただろうが、この時ばかりは自分がやりたいと強く主張した。
自分がやったほう学年のためになるという自信があった。


「大橋がやりたいって言ってるし、大橋でいいんじゃね?」

これが大半の同期の意見だった。


まあ最初はこんなものだと思った。ここからが本当の勝負だと。
最終的に、この時大橋にしてよかったと思わせればいいと思っていた。



しかし、現実は甘くない。


自宅療養によりグラウンドに来られない陽琉(4年・奥田陽琉 / 柏レイソルU-18)。
学年の責任は自然に自分へ。
思っているように進まないミーティング。
同期からの不満。


最初の数ヶ月はボロボロだった。


1週間に3回、夜の9時から始まるスーパーの品出しバイト。
3時間半の間、ほとんど学年の問題について向き合う。
どんなミーティングの進め方をするか。
どのようにアプローチするか。


ひたすら考え、やってみて同期のフィードバックをもらう。

この繰り返しだった。



同期には自分以上にこの役職に向いている人は何人もいた。
いつ替えられるかわからない、そんなプレッシャーが私を成長させた。


ピッチ外で役割を持つことで、最も辛かったことはピッチ内で活躍できないことだった。
1年生の時の私は公式戦に関わったことが一度もない。


まあこんなものかな。
初めはそう思っていた。
なんなら次第に練習についていくことができるようになり、自分の成長を実感することができていた。
試合に出られない分、自分の成長のためだけに練習ができて楽しかった。


しかし、現実に目を向けると公式戦にデビューし、活躍している同期は何人もいた。
この時の私はそれに焦ることすらできなかった。
実力差を認め、努力するしかなかった。


そんな私が公式戦に初めて出場したのは2年生の5月頃であった。



「新たな可能性」


初めての公式戦は社会人リーグ。
途中出場だった。
ポジションはなんとトップ下。
昨年まではアンカーをやることが多かった自分がこの年からトップ下もさせてもらえるようになった。


そして、このポジション変更は私にとって大きな転機となった。


・シュートを意識したポジショニング
・自分にボールが来るまで考える時間が豊富にあること
・保持ではなく、前進させるためのポゼッション
・守備のはめ方


このポジション変更をしたおかげで新たな視点を持ってプレーできるような感覚があった。



夏の終わり頃からはスタメンで使ってもらえる試合が増えた。
社会人リーグと新人戦に出場した。



1番印象に残っている試合は明治大学との新人戦。


個人的ベストゲームの1つである。


相手には関東リーグに出場している選手がいた。
早稲田も半分くらいはトップチームの選手だった。


「意外と通用する」


率直にそう思った。

トップチームの選手からしたらまだまだだったかもしれないけど、
ゴール前に入るタイミング、ビルドアップ、前線での守備、
このレベルでも自分の意図するプレーを成功させられた場面は多かった。

試合には負け、自分も後半の割と早い時間に足をつって交代した。

それでも、これまでの積み上げを肯定するには十分だった。

今後の自分に期待するには十分だった。


この時初めて、関東リーグに出場する目標を立てることができた。




「歯車を切り離す」


3年生。

この1年間は個人的にとても苦しかった。

怪我から始まり、公式戦にも全く絡めない。
しかし、来年のことを考えるとチームのために練習の雰囲気を作る声を出さなきゃいけない。
同期にも新人監督をやりたいと告げていたので、当然そのような目線で見られる。
自分で自分を追い込んでいた。
あれだけ楽しかった練習も楽しめなくなっていた。
試合に絡めないのに、チームのためにできることを表現するって本当に難しいし、何よりメンタル的にしんどすぎる。
もちろん必死にもがいた。できることはやった。
しかし、去年までの自分への期待はどこかへ行ってしまっていた。


そんな時、外池監督(前監督)と面談する機会があった。
昨年まではピッチ内(サッカー)とピッチ外(寮外リーダー)でがっちり歯車が噛み合い、両輪がうまく回っていたが、今年は全く回ってない。考えることが多くて、サッカーを楽しめていない。そう伝えた。

「その2つの歯車は噛み合う必要があるのか?」

これが監督の応えだった。
大橋にとってのピッチ外は常に一定に回し続ける必要のある歯車。ピッチ内がどれだけ悪くても回し続けるもの。ピッチ内はうまく回る時もあればそうじゃない時もある。2つ同時に噛み合わせようとするな。


おっしゃる通りだと思った。

勝手に自分を縛って苦しくなっているだけ。
練習中はもっと自分が成長すること、サッカーを楽しむことに集中しよう。
チームに対する声掛けなんて自然に出る。
そう捉えることにした。


頭では理解していても、急にこのように割り切ることは自分にとって難しかった。
私が自身に集中すればするほど、これでいいのかと不安になった。


それを解決してくれたのは間違いなく同期だ。
夏にBチームの3年生以下で行った鹿島遠征での学年ミーティングを機に、徐々にみんなの意識が変わり、学年としてチームを引っ張ろうという雰囲気を感じた。


存分に同期に頼りながら、私の歯車は切り離されていった。



こうして私がもがき苦しんでいると、あっという間に新シーズンがやってきた。



「ありがとう」


新人監督になり、次は自分が1年生をア式蹴球部に迎え入れる立場となった。
3年生の時に比べ、頭の中は整理されていたように思う。
自分の役職を全うし1年生の教育をしながら、ピッチ内では同期を頼り、サッカーに没頭する。
チームへのはたらきかけは自然に自分から溢れるものに期待した。
昨年と自分の立ち位置、序列はあまり変わらなかったが、ずいぶん前向きに取り組めていたと思う。


ただ、満足のいく1年だったわけではない。
夏まで公式戦には出られても途中出場が続いた。

Iリーグのカテゴリーでは、下級生が多く4年生が少ないため、自分がどのような立場にいようとも自分にできることを精一杯やって後輩に示すしかなかった。

先述したように、自分が試合になかなか絡めない中、チームのために行動することはやっぱり苦しい。


そんな時私の原動力となっていたのは、ともに新人監督を担っていた陽琉だった。


ある日の関東リーグのメンバー発表。
今年はポジション順ではなく学年順にメンバーが発表されるシステムだった。
その日、陽琉の名前が呼ばれないまま3年生の名前が呼ばれた。
そんな辛いはずの状況でも、もう一人の新人監督は大きな声で後輩を鼓舞する。


カテゴリーは異なるが、この頃の私たちの立ち位置はほとんど同じだった。
だからこそ、そこで苦しさを一切見せない姿には心を打たれた。
かっこいいと思うと同時に負けたくなかった。


それから、よく練習後のシュート練習を一緒にするようになった。
自分のシュートを磨きたい思いも当然あったが、陽琉と練習して活力をもらって明日の練習や試合に向けて、自分の気持ちを前向きなものにする意図もあった。
(こんなこと言うと今後自主練しづらくなりそう笑)


1年生の頃からリーダーとして一緒に活動して、たくさんの刺激と活力をもらった。
ありがとう陽琉。


他にも、
試合でチームのために戦う同期、
ベンチで声を出す同期、
成長している同期、
他カテゴリーの応援に来てくれる同期、
練習を見てアドバイスをくれる同期、
Aがオフの日でもBの朝練にきてラインズマンをやってくれる同期。


私は、このようにそれぞれの立場で全力で戦う同期から活力をもらっていた。
ありがとう同期。



「記憶の中にいるライバル」


公式戦にスタメンで出場できない時期が続く中、私がよく思い出したのは高校時代の一人の同期の姿だった。

彼は当時、いわゆるAサブの立ち位置にいた。ポジションはCBで与えられるチャンスも他のポジションに比べればかなり少ない。
そんな彼は、仲間に厳しい人だった。規律を乱す部員がいればしっかり注意するし、練習中もかなり要求してくる。その分、自分自身には人一倍厳しかった。当時、彼ほど仲間に厳しくできる人はいなかった。
厳しく接したからには自分にも厳しい視線が向けられる。これは誰しもが避けたがる。

「自分は嫌われてもよかった。チームのためと思ってみんなに厳しくしていた。」

引退する日に、彼は全体の場でそう話した。


4年かけてやっと彼の凄さを理解できるようになった。
私たちは都リーグ2部で奇跡的に残留できた学年だったが、そこに彼の与えた影響は大きかったと今になって思う。

そして、当時の彼にも負けたくないという感情が芽生えた。



「発熱」


あっという間に早慶戦の季節が来た。

今年の早慶戦でもSNSアカウントでカウントダウン投稿が行われた。
私は前日を担当し、平松(4年・平松柚佑 / 山梨学院高校)の紹介文を作成した。
彼のチームでの重要性や早稲田を引っ張る姿をそのまま表現したような紹介文だった。


すると、自分の書いた紹介文を読んだ後輩からLINEでメッセージが届いた。

「大橋くんもア式に欠かせない存在だと思います。いつもありがとうございます。」




涙が出た。




私はこれまで同期から活力をもらって頑張れていただけで、何かを与えられている実感はなかった。なんとなく役職に守られているだけかもしれないと、自分の存在意義を疑うこともあった。



私はこの言葉に救われた。






ほっとしたのか、張り詰めていた何かから解放されたのか、
翌日の早慶戦は39度近い発熱で欠席した。





行きたかった笑





「大橋君がいる」


昨年度のブログで書いた私の今シーズンの目標は

「大橋がいれば勝つ」

そんな存在になることだった。


シーズン終盤に何試合かスタメンで使ってもらえるようになったのも、私自身がこの存在に近づけたからだと思う。
この頃のカテゴリー内で行われた紅白戦では、ほとんど私のいるチームが勝てた。
同カテゴリーの選手からも大橋がいるチームが勝つとよく言われるようになった。
私の目指すべき選手像だったので素直に嬉しかった。


「自分とプレーする選手が、いつも以上の力を発揮できて、私がその中心にいる。それが理想です。」

(昨年度のブログより抜粋)


ここまでできていたかはわからないけど、間違いなく手応えはあった。


シーズンで初めてスタメン出場することが決まった日、濱ちゃん(2年・濵田祐太郎 / 学生コーチ)から

「最近ゲバで大橋のいるチームが勝っているから明日使うことにした」

そう言ってもらえた。
シーズンの終盤、ようやく自分の評価されたい部分を評価してもらえて試合に出られた喜びは忘れられない。



「最終節に向けて」


「活力」

4年間、常にこの言葉を耳にしながら活動した。
毎年のようにミッションに組み込まれるこの言葉。

「誰かの明日への活力になる」


誰かの活力になるって何?
どうやって誰かの活力になっていることを実感するのか?
結果で?プレーで?行動で?


4年間の活動を通じて、私はたくさんの活力を受け取ってきた。
それに共通していることは、


どんな状況でも前に進もうとするエネルギーだ。


自分が苦しい時、なんとか顔に出さずに踏ん張ろう。
前向きな声を出そう。もう一歩足を出そう。


その姿勢は必ず見るものに伝わる。




今年の夏、ウルトラス(ULTRAS WASEDA)の方々と食事に行く機会があった。
ア式蹴球部にかける思いや熱量をひしひしと感じた。
一緒に応援をしている時もそれは強く感じさせられる。


つい先日、私の母校である早稲田実業が初の選手権全国大会の切符を掴んだ。
OBとして母校の活躍を心から嬉しく感じた。



きっと、私たちは、私たちが想像する以上に多くの人の思いや期待を背負っている。



まずは最終節、苦しい状況なのは間違いないけど、前を向いて進もう。
何かを変えられるのは今活動している自分たちだけ。
選手、スタッフ、応援、運営、仕事、それぞれの立場で自分にできることを全力でやろう。
早稲田を応援する人の活力になろう。



それが奇跡を呼び込むと信じて。


◇大橋優貴(おおはしゆうき)◇
学年:4年
学部:社会科学部
前所属チーム:早稲田実業学校高等部


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