手品師は自然界と同じく、錯覚を使って見る者の予測を裏切る名人だ。その代表格がイギリスのジャスパー・マスケリンだ。彼は第二次世界大戦の初冬に舞台から降り、戦場でその卓越した奇術の腕を披露することになった(中略)ドイツの航空偵察機からイギリス軍を隠すという任務を与えられた彼は、化学、工学、舞台、美術の心得のある兵士を集めてチームを作り、ドイツ軍を騙す仕掛けをつくることにした。「マジック・ギャング」と名ずけられたそのチームは、ベニヤ板と絵の具を塗ったカンバス地でダミーの戦車を作った。その戦車を指定の位置に設置し、さらには砂の上に戦車の通った跡を巧妙に刻みつけた。このチームは一九四一年にもっと大がかりな仕掛けを創った。エジプトの主要港アレクサンドリアを一時的に「消滅させる」ため、実物大の港を近くに建造したのだ。ダミーの建設、灯台、ときどき明るい光を放つ対空用砲台まで備えた港は、本物と見分けがつかないものだった。