衛生兵と非常によく似た、精神的に守られた立場にいるのが将校である。将校は殺人を命じはするが、みずから関与することはめったにない。実行するのは別人という単純な事実が緩衝材となって、殺人の罪悪感から守られているのだ(中略)集団に属しているとき、その個人が殺人に参加する確率はきわめて大きい(中略)シャリットはこう指摘する。「人間界でもたいていそうだが、動物の世界に見られるようこのような無意味な暴力は、個人ではなく集団によって行われる」(中略)戦闘部隊は・・・・・ふつう犠牲者が五〇パーセントに達した時点で崩壊する。その顕著な特徴は、敵を殺すことを拒否する者の数が増えることである。・・・・・敵を殺す動機と意志は同輩や仲間の死とともに消滅する。───ピーター・ワトスン「精神の戦争」(中略)言うまでもなく、将校はその場その場の状況や、そこでの自分の立場や重要性を部下よりよく認識している(中略)多くの戦闘状況において、敗北につながる究極の歯車がまわりはじめるのは、これ以上部下に犠牲を強いることはできないと指揮官が感じたとき(中略)部下の苦しみが指揮官の良心に重くのしかかってくる。この惨状が続いているのはひとえに自分のせいなのだとわかっている。この戦闘を続けさせているのは自分であり、そして部下の犠牲を黙認する自分の意思なのである(中略)部下とともに全滅する道を選ぶ指揮官もいる。すみやかに、きれいさっぱり部下と死ねるなら、そして自分の行いを背負ってその後の人生を生きてゆかなくてもすむならば、指揮官にとってはそのほうが多くの意味では楽なのだ(中略)マーシャルによれば、崩壊して退却する部隊からひとり取り残された兵士は、むりに別の部隊で戦わせてもほとんど役に立たないという(中略)勇気は「いわゆる才能とはちがって、自然が気まぐれに与える素質ではない。・・・・・勇気とは消費可能な意志力である。それを使い果たしてしまったとき、人はだめになる(中略)若くて元気なうちは頭から締め出しておけても、老年になると記憶は夜ごとの夢に戻ってくる。「人はみんな、いやなことはすっかり忘れた気になっている。ところが歳をとると、隠れていたところから出てくるんだ。それも毎晩」。