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つないだ手の、離し方。

「きっぷ」
私は自由な左手で、彼の服の左腕辺りをクイクイと2回引っ張る。
彼は「うん」と頷いただけだった。
いや、このままだと私、切符が買えないよ。今日、ICカードあったかな。

私の右手は、あなたの左手に握られるためにある。
そして、あなたの左手は、私の右手を握るためにある。

肩から下げたカバンを不器用な左手で探っていたら、いつの間にか彼が二人分の切符を買っていた。私は小さく「ありがとう」と呟く。

ホームへと向かう駅の階段は人が少なくて、真ん中に手すりがあった。私たちは、つないだままの手を少し上げて、手すりの上にアーチを描く。

「次の電車に乗って、2つ目の駅で乗り換えるみたいだ」

白線の内側に、二人で並ぶ。
スマホで行き方を検索していた彼の低い声が、心地よく響いた。

あ、わたし見つけてしまった。

彼のデニムパンツの後ろポケットにある、定期券入れの存在を。

じゃあやっぱり私の切符は、ついでに買ってくれたわけではないんだ。

ICカードより切符を買う方が、ずっと不便で。

利き手を彼の左手に奪われた私は、とても不器用で。

だけど、私たちはつないだ手を離せないままでいる。

この手を離す結末はいつ訪れるのか、気になって仕方がない。

私たちの一日は、まだ始まったばかり。

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