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【4話の3】連載中『Magic of Ghost』

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※この記事は【4話の2】の続きです。


 女性にまじまじと目を見られ、お礼を言われたことなんてなかったからか、俺の返答は照れ隠しで出たあいづちようなものだった。楽になってもらえたらと思ってはいたが、ただ俺の昔話をしただけだったので、お礼を言われるようなことはしていない。
 この時先ほどまでクレアが見ていた窓を眺め、焼却炉前の桜の木を思い出した。
「…………(あいつも俺にこんな感情で接してくれてたのかな)」
 桜の木が俺に伝えてくれたこと。それは強制ではなく、俺自身に考える猶予を与えてくれた。そして最後、桜が舞って俺は決意した。
 クレアにとって、俺は桜の木になれただろうか。どちらにしても、『目の前で悲しんでいる人間がいたら助ける』、それが俺のポリシーの2つ目だった。
「あら? ……クレアさんは?」
 校長がコックピットの扉を開け、俺が立っていたバーカウンターの席に座った。
「……風呂ですよ」
「そうですか」
 校長は先ほどまでクレアが座っていた席に座り、妙なことを言い出した。
「……クレアさんにとって、あなたはかけがえのない人物なのかもしれません」
「…………」
 俺はこの時なにを言っているのかさっぱり理解ができなかった。会って1ヶ月ちょっとでそんな存在になるということはあり得ないからだ。
「1ヶ月前、彼女がうちの城跡高校に来た時の話をしましょうか」
「…………」
 別に対して興味もなかったが、敢えて止めることでもないと思い校長の言葉に耳を傾けた。
「あの子は1ヶ月前、一切感情を出すような子ではありませんでした。あなたと出逢ってからですよ桐谷君」
「……そうですか」
 嘘に決まっている。まさかあの天真爛漫なやつが感情を出さないはずがない。
 校長は続けた。
「私も1ヶ月以上前のあの子のことは話でしか聞いたことがありません。が、話によると家柄に問題があったとか……。友達を作ることすら許されず。ただ幼い頃からずっと家で英才教育を受け、ソルジャーになるための訓練だけをさせられてきたそうです。実の両親も有望なソルジャーだったので、そのこどもであるクレアさんにも有能なソルジャーになって欲しかったのでしょう。そのことに苦痛を感じながらも、両親のプレッシャーに飲まれ、日々の生活をしていた。それが原因で感情を殺す術を覚えたのかも知れません」
 俺の家柄も負けてはいなかったが、また別の意味で辛かったのだろう。
「そしてソルジャーになり毎日悪霊と戦っていたそうです。向こうでは悪霊のことを『エビル・スピリット』と呼びますが……ただ任務を遂行するためだけの『無のバーサーカー』となったのです」
「バーサーカーって狂戦士って意味ですよね確か。……あいつが」
 俺の知っているクレアは本当のクレアではないのかもしれない。しかし、本当のあいつが俺といることで目覚めてきたということも考えられる。どちらにしても、実の両親にそんな教育ばかり強いられていたらグレても不思議ではない。凄まじい葛藤がクレアの中であったはずだ。
「バーサーカーとは桐谷君の言うように『狂戦士』という意味です。一度バーサーカーになってしまったら、感情を戻すことは不可能だと言われています。バーサーカーの強さこそ失ってしまったらしいのですが、クレアさんはかけがえのないものを手に入れたのかもしれませんね」
「……あぁ、はい」
 校長の言葉に耳を傾けてはいたが、バーサーカーについてはどうでもよかった。俺の中にあったのは、あいつがどれほどの辛い思いをしてきたかということ。それだけだった。
 俺も自慢ではないが辛い毎日を送っていた。あの時の俺と同じ感情にだってなっているはずだ。
 高校に入って俺は一人、心安らげる場所を見つけたが、クレアにはそんな場所が存在したのだろうか。
「……桐谷君。あなたが守ってあげなさい」
「……は?」
「今あなたが思っていたこと……。恐らくそんな場所は彼女には存在しません。あなたが彼女の『心安らげる場所』になってあげてください」
 俺はまったく話の展開が読めないでいた。俺とクレアをくっつけようとしているのかは不明だが、大体、自分より弱い相手が心安らげる場所になるはずがない。もし俺がクレアの立場ならどう考えてもそんなことはあり得ない。
「あの……校長、俺がもし女なら自分より弱い男は安らげる場所にはなりませんよ」
「そうですね……例えば、今のあなたとクレアさんが戦闘をした場合、一瞬でクレアさんに殺されるでしょう。そのくらいの差はあります」
「……それはご丁寧な解説をどうも。(いきなり棘のあることを言うなこの人は)」
 俺はつい感情が表立って出てしまった。
「気に触ってしまったのならごめんなさい。そんなつもりで言ったわけではないのです。ただあなたと一緒にいるクレアさんを見ていて、少しずつですが彼女に感情が戻り始めているのです。その兆しをどうか摘まないでください。あなたにしかできないことなのです」
「……俺ってクレアのためにソルジなャーになるんですか……? 意味わかんねぇ……」
 俺は少しでも校長から離れようとしてソファーへと向かった。
 その時だった。校長が言った一言に動きが止まった。
「……サンクチュアリ。彼女の階級です。……強くなりなさい桐谷君」
 俺はなにごともなかったかのように平然を振る舞い、校長の姿が見えない席まで移動し腰を下ろした。
「サンクチュアリって、クラスBじゃねぇかよ……」
 絨毯を見つめ呟いた。今聞いた話はすべて忘れよう。この時の俺は自分とクレアの力の差を思い知らされ、ただ忘れようとするだけで精いっぱいだった。

「あぁ~さっぱりしたぁ! 校長先生お風呂先に頂きました。ありがとうございます」
 遠くの方からクレアの声が聞こえた。少し心が落ち着いたら俺も風呂に入ってしまおう。そう思って俺は窓ガラスの外を眺めていた。
「おいっ!」
 後ろから声をかけてきたのはクレアだった。日本で買い揃えたのか、有名な黄色いネズミの絵がたくさん描かれたパジャマを着ている。
 クレアは髪の毛を白いバスタオルで拭きながら俺に言った。
「びっくりした? お風呂空いたよ! 入っちゃえば?」
「あぁそのうちな」
 クレアは先ほどの会話を聞いていたわけではないので、俺の少し尖った態度に不思議そうな顔をしている。
「……そっか! わかった!」
 そう言うとクレアはバーカウンターに座っている校長の元へ行き、飲み物をもらっていいか尋ねている。俺はクレアの強さに動揺しているのにも関わらず、そんなことを知らないクレアは、校長の許可が下りたことに笑顔で喜んでいた。
 俺は風呂に行くために、寂しく座っていたバッグを手に取り、バスルームへと向かった。
 クレアが冷蔵庫から出したばかりの牛乳をグラスに入れて飲んでいる。こちらをちらっと見ていたが、目を合わせることなく一言だけ言い残した。
「口のまわり牛乳ついてんぞ……」
「えっ嘘! ホントに!?」
 慌てて口を拭っている姿を横目にバスルームへ向かった。
 扉を閉め、正面のまだ曇っている鏡に映る自分を見つめ、大きくため息をつく。
 制服を脱いで、いつも持ち歩いている財布からトランプまで、すべてを洗面台に置こうとしたその時、扉を叩く音が聞こえた。
「……はい」
「私です」
 校長だった。入ってくるはずはないが、万が一扉が開いたら俺は全裸だ。そんな失態を晒すことだけは絶対にあってはならない。
 そう思った瞬間、手が勝手にドアノブを抑えていた。
「……先ほどはすみませんでした」
「……別にいいですよ。あいつがどうとかの前に、ソルジャーになる以上強くあるべきだと俺も思います。だから気にしないでください」
 これは俺の本心だった。強がりを言っていると思われたかもしれないが、ずっとトレイニー止まりというのは俺もごめんだからだ。
 このくらいの時期だろうか。ソルジャーに対しての向上心が徐々に高まっていったのは。
「そう言っていただけてありがたいです。では失礼します」
 まだお湯の温度で温まっているバスルームに入り、頭からシャワーを浴びた。
「……ソルジャーか。(ディヴァインには一体どんなやつらがいるんだろ……)」
 風呂に浸かり、思う存分贅沢な風呂場を堪能した後、家で押し込んできた荷物の中から部屋着に着替えた。
 ズボンは家でよく履いている、疲れきった黒のスウェットを履き、上は着慣れてはいるがズボン同様なかなか疲れきっている白のTシャツを着た。どこのブランドかは知らないが、胸の部分にワンポイントのマークが描かれている。
 バッグに詰めていた時、電気こそ点けられなかったが、しっかりと選別して来ればよかったとつくづく思った。こんな服でこの超豪華なスウィートルームを歩くというのが恥ずかしくて仕方がない。というよりも、ジェット機に失礼だった。しかしそんなことも言っていられない。覚悟を決めて扉を開けた。
「風呂頂きました。ありがとうございます」
「さっぱりしましたか? 二人とも疲れているでしょう? ロサンゼルスまではまだ9時間弱はかかります。少しゆっくりして、眠るといいでしょう。時差は日本からロサンゼルスまでならマイナス16時間から17時間といったところです。向こうの時間で、恐らく到着するのは午後1時前後です。日にち的には、今日をやり直すような感覚になると思いますが、すぐ慣れるので大丈夫です」
 9時間弱もかかるという言葉に一気に疲れが押し寄せてきたが、それならばゆっくりと空の旅を満喫しようと心に決めた。
「わかりました。……あの、俺も飲み物もらっていいですか?」
「どうぞどうぞ」
 俺は冷蔵庫から風呂上がりのコーヒーを出し、大理石の丸テーブル側のソファーに腰かけた。
 風呂を出た時、トランプだけはポケットに入れていた。一息ついて、トランプを出し、カットやシャッフルし、眠くなるまでマジックの練習をしよう。そう思ったのだ。
「優鬼! なにやってんの? あっマジック!? 見せて見せてぇ!」
「……あぁ」
 俺はよく大助に見せていたマジックをやった。実際こいつにマジックを見せるのは初めてだった。
 興味津々にトランプと俺を桜色の目が行き来している。
 軽くシャッフルして、1枚引いてもらうことにした。
「この中から1枚引いて」
「一番上がいい!!」
 マジックをやっているとたまにこういう輩がいる。マジックは相手の性格が見えるものだと改めて思い直したところで、一番上のトランプを引いてもらった。
「じゃあそれを俺に見せない……」
「見てこれぇ! 凄くない!? ハートのAだよぉ! あたし好きなんだぁハートのA!」
 クレアはそう言うと、俺が話している最中に手に取ったカードを見せてきた。もしかするとマジックを見たことがないのかもしれない。しかし、先ほどは見せてと言ってきた。よくわからないクレアの言動に困惑し、結果俺の中でクレアはアホだと決まった。
「いいか? マジックっていうのはだな、大体はマジシャンには選んだカードは見せない。ここまではわかるな?」
「うんうん!」
 大理石の丸テーブルから乗り出す勢いでクレアが食い気味に返事をしている。
「だから今お前がした行動はやっちゃいけないの! オーケー?」
「うんうん! わかったわかった! わかったから次行こ次っ!」
 本当にわかっているのかどうかは不明だが、俺はもう1回選んでもらうことにした。
 もう一度シャッフルをして扇形にトランプを広げて選ばせる。
「もう1回いくぞ。この中から好きなカードを選んで」
「一番上!」
 さすがに、この短い間で二度も『マジックは相手の性格がわかるもの』だと実感するとは思ってもみなかった。それよりもクレアの意外なまでの頑固さに驚かされていたが、俺は言われるまま一番上のカードを引かせた。
「覚えた?」
「うん!」
「じゃあ貸して。これがお前が選んだカードで間違いないな?」
 俺はクレアだけに引いたカードがわかるよう構えた。
「そうそれそれ!」
 そしてそのままゆっくり自分に見えないように選んだカードをトランプの束の間に入れた。
「もうこれでどこに入っているかは俺にもお前にもわからない」
「うんうん!」
 数回シャッフルして二つの山に分け、右手の山は表向き、左手の山は裏向きに表裏がバラバラになるように混ぜた。
「あぁ~……」
 今にもやっちゃったと言わんばかりのクレアの顔を見ながら、束がバラバラになっていることを確認させる。
「これで、見ての通りバラバラになったな?」
「うん。バラバラ……直すの大変じゃないの?」
 俺はクレアが一体どんなリアクションを取るのか少し楽しみになってきていた。
 大助の時はタネを暴こうとして見ていたが、クレアは純粋にマジックを楽しんでいる。こういうやつは嫌いじゃない。
「このバラバラの中から今お前が選んだカードを探し出す。選んだカードはなんだった?」
「ダイヤのQ」
「こうすると……」
 ゆっくり大理石のテーブルにトランプを表向きで広げ始めた。
「……えっ!! 嘘、なにこれ!!」
 やはり俺の想像通り、客としては最高の客だった。
「全部表向きで揃っていて、1枚だけ裏のカードがあるだろ?」
「うんうん!!」
 クレアは今にも手を出しそうな勢いで返事をしている。間近で見るマジックに大分興奮しているのだろう。
「これが選んだカードだったら凄くないか?」
「凄い凄い!!」
「どうぞ」
 見た時のリアクションはわかっていたが、もの凄い笑顔で楽しんでいるクレアを見ていると、こっちも楽しくなる。やはりマジックは人を楽しませるものだと、心から思えるショーになった。
「きゃあっ! なにこれ凄過ぎるでしょっ!!」
「それダイヤのQ?」
 聞かなくてもわかってはいたが、敢えて聞くということが大事だった。
「そうそう!! なに優鬼!! 凄いじゃん!! どうやったの!? 教えてっ!!」
 ここまで素直に驚いてくれると俺もなんだか誇らしい気分になる。ただ、そう簡単にタネを教えてしまうほど奢り高ぶったりはしない。そもそもマジシャンにとってマジックのタネというのは、命の次に大切なものなのだ。
「教えない」
 この後どうしても聞きわけがないクレアをなんとか説得し、ひと段落した所で、少しだけ疲労感がたまっていることに気づく。
 風呂も入ったので寝ようかと考えながら俺はトランプを箱にしまい、寝る準備を整えていた。
「ふわぁ……そろそろ寝ようかなぁ。眠くなってきちゃった」
「おうっそうしろ! 俺も寝るよ」
 準備が整った。バッグを持ち、バーカウンターに座っていた校長に挨拶をして寝室へ入った。
「……ふぅ」
 バッグを再び部屋の隅に置き、キングサイズのベッドに背中から大の字に倒れ込んだ。その瞬間、俺は感動を覚えた。これほどまでベッドとは気持ちがいいものなのか。
 今まではベッドで寝たこともなければ敷きマットですら寝転んだことはなかった。ペタンコになった布団で、かけるものは毛布が1枚。それだけだった。
 冬は寒い。金を貯めてかけ布団を買えばよかったのだが、ついマジック道具を買ってしまう。今思えばそれも俺の悪い癖だったのかもしれない。
 そんなことを思い返しながら雲のようなベッドに横になっていた。
 しばらくすると、疲れていたせいもあってすぐに睡魔に襲われた。意識が遠のく中、寝室の扉が開くのがわかった。校長かクレアだろう。あまりの疲労感で身体が動かない。
「あれぇ、大きいベッドがひとつだけなんだ!」
「……おぅ」
 俺は睡魔に襲われ意識が飛びそうになりながら、精一杯返事をした。
「……んーっと、どうしようかなぁ。……優鬼! 変なことしないでよね?」
「……おぅ…………ん?」
 俺は薄らと聞こえるクレアの声に反応した。明らかにおかしいセリフがあり、俺は遠ざかっていく意識の中、強引に自分の意識をたぐり寄せた。
「……ちょ! …おいなにしてんだお前!!」
 俺がクレアに言葉を吐いた時には既に横で寝ようとしていた。

【4話の4】へつづく……

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