【5話の1】連載中『Magic of Ghost』
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※この記事は【4話の4】の続きです。
~入国 Divine・judgement(ディヴァイン・ジャッジメント)~
「さぁ二人とも身支度をしてください」
さらっとそう告げる校長。身支度もなにも、俺たちはまだ部屋着のままだ。そして、俺に関しては寝てもいないのにしっかりと寝癖がついていた。
俺は急いで畳んでおいた制服のズボンを取り、替えのワイシャツを羽織る。その場で着替え始めたが、男なので特に気にすることもない。
クレアの姿が見当たらないのは、恐らくあいつもどこかの部屋で着替えているからだろう。
仮にも日本代表としてディヴァインに行くのだから、下手な格好はできない。そう思った俺は、寝癖を直すために急いでバスルームの扉を開けた。
「ちょっと入ってこないでよバカ!!」
「き、着替えるならそこで着替えるって言ってから入れ!!」
そう言い放ちながら急いで扉を閉めた。俺の意見は正当な意見のはずだ。
とてもではないが朝から忙し過ぎる。せめて1時間前に着陸予定を伝えて欲しいものだ。
残りの水場はトイレしかなかったが、トイレといってもダブルベッドを置いても持て余すほど広い。洗面台から床まで大理石で覆われたこの場所はバスルームにも劣らない豪華さだ。
俺はその洗面台で顔を洗い歯磨きを済ませ、水を使って寝癖を直した。
この時、男ということに感謝をした。女と違ってこの程度でほぼ身支度が終了するからだ。普段ならば、ここから余った時間を睡眠に費やせるのである。
今は正直なところ、目を開けているだけで限界だ。ゆっくりと目を閉じればすぐにでも寝てしまいそうだった。
水で顔を洗ったのに、目覚めの効果としては薄かったように思える。
俺はクレアよりも早く支度を終え、校長の元へ戻りいつでも出られる準備は整っていた。
「お待たせしましたぁ!」
どうやらたった今クレアも支度が終わったようだ。化粧をしていないからか、なかなかに早かった。
「さぁ、二人揃ったところでそろそろ入国します。朝食はディヴァインでとることにしましょう」
腹は減っていたが、ふと疑問に思うことがあった。
「校長、入国って言ってましたけど入国審査ってありますよね? やっぱりパスポートがないとマズいんじゃ……」
さすがに海外へ行くという経験がないだけあって、今まで入国審査のことはすっかり頭から外れていた。
「大丈夫です。私と一緒にいればなんの問題もありません。それにこの機体には『DJ.01』と書かれていたでしょう? あれはディヴァインと契約を結んだ証なのです。初入国の審査があったとしても、そこまでは厳しくないはずです」
「そうですか。それならいいんですけど」
ここまで来ておきながら入れなかったでは済まないと思っていたが、とりあえず入国はできるようだ。その言葉を聞いて少し安心した。
「いよいよだね! 優鬼緊張してる?」
「別に。ただ話だけでしか知らないから、どんな所なのかは気になるな」
実際は少しだけ緊張していた。ただ本当にどんな場所なのか、入国が近づくにつれ期待と不安が膨れていくのがわかる。
「扉ヒラキマスヨー! アト、ワタシハ入ルコトガデキナイノデ、ココデマチマース! ミナサンイッテラッシャイマセー!」
スピーカー越しにサイモンがそう言うと、扉が開きアメリカの風が俺たちを最初に迎え入れてくれた。
日本を出た時間からいって時差を計算すると、大体前日の昼の1時前後といったところだろう。寝ていない分、時差が余計に俺を混乱させた。
アメリカの風を浴びながらジェット機の階段を一歩ずつ降りていく。
ディヴァインの迎えだろうが、いかにも偉いと言わんばかりの人間が一人、ボディーガードらしき人間を引き連れて俺たちを出迎えている。恐らくここの会長にでも出迎えを頼まれたのだろう。
「お待ちしておりましたジャパニーズ・マザー」
パーマでも当てているのか、オールバックにしている銀色の髪の毛が風に揺られている。そしてグレーの瞳が校長のことを見つめていた。黒いスーツを着ているからか、真っ赤なネクタイが自分自身を主張している。190センチメートル以上はあろうかという長身で、校長を見下ろすように会話をしている。背丈の関係上それは仕方がない。しかし、俺はこのクールに決めている男もやはり癖があるように思えた。
恐らくこの男はディヴァインの幹部だろう。胸についているバッジがそれを物語っていた。
「こんにちは。お久しぶりですね。お元気でしたか?」
「お陰様で元気ですよ。クレアさんも日本に行ってから2ヶ月、なにやら随分と雰囲気が変わられた様子で」
「……そうでしょうか。自分ではわかりません」
随分と流暢な日本語を話している。サイモンとは大違いのようだ。それにしても、クレアが変わったというのはどうやら本当らしい。
一目見て気づくとはやはり幹部の人間、それとも誰でも気づくほどクレアが変わったということなのだろうか。俺は色々と観察をしながら、会話を聞いていた。
「えっと君は……」
どうやら俺に話のターゲットが向けられたようだ。グレーの瞳が俺の方へと向いている。
「桐谷優鬼です。宜しくお願いします」
「なるほど。君が桐谷優鬼君ですか。こちらこそ宜しく。さっそくですが、入国審査……と言うより、ソルジャーとしての資格があるかどうか、突然で申し訳ないのですが試させていただけませんか?」
「わ、わかりました」
急なことで予測もしていなかったが、さすがにいきなり悪霊と戦うなどということはないだろう。俺は少し焦ったが、どんな試験だろうと今の全力を出すのみだ。昨夜ベッドの上でそう心に決めていた。
「優鬼、頑張ってね!」
「あぁ」
クラスBのクレアからすれば俺の力など屁みたいなものだろう。クレアの前で見せるのは正直気が引ける。しかしここまで来たからには後戻りできるわけもなく、俺は覚悟を決めた。
「それでは桐谷君。今の最大の霊力を私に見せてください」
「最大の霊力……ですか?」
「そうです。敵と戦っている時、霊力を使いますよね?」
今まで霊力に意識して戦ったことなどなかった。
「まぁ、はい」
「その霊気を、戦わずして最大限まで高めてください」
男の言葉からすると、ただ霊力を高めればいいらしい。そういうことならばと思い、俺は思いきり霊力を高めた。
風が止み、あたりに静けさを生んだ。
「はぁぁあああ!!」
俺は最大限まで霊力を高め、目の前に立っている男の感想を待った。
「……ふむ」
なにやら男は腕を組み、片方の手を自らの口の前へ持っていき真剣なまなざしでこちらを見ている。俺の体を頭から足のつま先まで、何度もグレーの瞳を往復させていた。そして、何故か男のまわりだけが重い空気に満ちている。
「……それが限界ですか?」
「まぁ、一応」
男の声は冷静そのものだった。俺は男の顔を見て表情を伺った。
「不合格ですね。その程度の霊力ではトレイニー以下です。残念ですがお引き取りください」
「ち、ちょっと待ってくれよ!! ここまで来てそれはねぇだろ!!」
俺は自分のプライドを踏みにじられた気分だった。なんとかしてこの男を認めさせねばならないが、俺の最大限の霊力がトレイニー以下ではまるで手立てがない。
額の汗が俺の意志に背いて流れ落ちてくるのがわかった。
「ねぇ優鬼!」
「あ? なんだよ!」
クレアの励ましなど欲しくはない。全員が俺のことを馬鹿にしているような気がして、この怒りをどこにぶつけたらいいのかわからずにいた。
しかし、クレアから発せられた言葉は、励ましの言葉ではなかった。
「いつも戦う時はそのままで戦ってるの?」
「は? お前なに言ってんだ? …………あ。そうか!!」
この時、俺は霊力を最大限まで高めろと言われ、緊張と寝ていないことが相まって単純に気を高めていただけだった。
そしてこの時ばかりはクレアに感謝した。
「そこのお偉いさん。会長にパシられていら立ってんのもわかるけどさ……」
「ち、ちょっと優鬼っ! 失礼だよ!!」
「お前は黙ってろ」
この男を絶対に見返してやるということ。それだけで既に頭がいっぱいだった。
「なんですか?」
「ここからは瞬き厳禁なんで、よぉく見ててくださいよ」
目を瞑り身体の全神経を腹に集中させ、腹の中に太陽を生むイメージで気をためた。こんなにしっかりとしたイメージで力をためるのは初めての経験だった。俺のなにがそうさせたのかは今でもわからない。
先ほどまで散らばっていた雲が俺の遥か上空でひとつの大雲になり、あたりの静けさと共に俺は小さく経文を唱え始めた。
「観世音南無蓮華法 白華琉天大地天昇 高明低闇浄霊浄魂……」
その瞬間、俺を中心に強風が吹き荒れた。
【5話の2】へつづく……
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