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『ガパオ タイのおいしいハーブ炒め』を担当編集者がディープに紹介します。

このたび、横浜の “マイクロブルワリー” ならぬ “マイクロ出版社” であるferment books(ファーメント・ブックス)は、タイ料理家・下関崇子さんの新刊『ガパオ タイのおいしいハーブ炒め』をリリースしました。


表紙の写真はプリックチーファー入りの牛肉ガパオ。


2022年に著者の下関さんと作ったZINE『自由なタイ料理 ガパオ』を、レシピ本スタイルのコード付き書籍として拡張したものです。


『豆腐百珍』ではなく『ガパオ百珍』


「なぜガパオだけで一冊になるの?」とよく聞かれます。

ガパオとは、もともと「ガパオの葉」のことであり、英語でホーリーバジルとも呼ばれているタイのハーブ。同じくホーリーバジルと呼ばれるインドの「トゥルシー」も、ほぼ同種の植物で、和名はカミメボウキ。イタリアンバジルやタイのホーラパーとも近縁種です。

そして「ガパオの葉とともに炒めた料理」のことも、「ガパオ」と呼ばれます。この本では料理のガパオ炒めは「ガパオ」、ハーブのガパオは「ガパオの葉」と表記しています。

ガパオ炒めといえば、日本では挽き肉がよく知られていますが、それ以外にも、ピータン、カリカリ豚(ムークローブ)、イカやエビといった魚介類のガパオなど、もともとバリエーションはいろいろで、いずれもタイでは定番ガパオとして食べられています。

また最近のタイでは、ガパオ専門店などが提供するアレンジ系ガパオも多数登場しており、さらに古いタイ語文献に掲載されていたクラシックなレシピが掘り起こされ、ネットではニューモードのレシピが増殖中。

さらにタイの外でも、日本や台湾、その他に地域に渡って独自進化した「ガパオ」が存在します(そういえば最近、日本の某牛丼チェーン店のガパオも話題なりましたね…)。

そういうガパオを図鑑的に網羅してみよう。

そんな、一般的なレシピ書の企画としては、ちょっとあり得ないような趣旨で編まれたのが本書です。

ZINEでは下関さんとワダヨシのガパオ談義をベースに、50種類あまりのガパオを紹介しました。

今回刊行した書籍版では100種類を目標にして、江戸のベストセラー『豆腐百珍』ならぬ『ガパオ百珍』を目指そう! を合言葉に制作していたのですが、結局やってみたら百を超えてしまい、完成した本では130種類のガパオを紹介しています。

感覚としては、ZINEは先行するシングル曲、本書はフルアルバム、という感じです。

裏表紙の写真はブラックタイガー海老と豚ひき肉のガパオ。ガパオトレイ(ガパオタート)というスタイルのプレゼンテーションで、レトロなホーローのお盆に豪華に盛り付けます。


ZINE版はサブカル、書籍版はレシピ書


また、ZINEはサブカルチャーっぽい雰囲気ですが、今回の書籍版は一般書店のレシピ書のコーナーに置いても馴染むようなムードを放つべく編集したつもりです(それでも十分サブカルっぽいと言われますが)。

今回、カバー写真は『dancyu』誌などの料理撮影で活躍中の衛藤キヨコさんが、ブックデザインはZINE『curry note』の作者としても知られる宮崎希沙さんが担当しています。おふたりが、超キャッチーかつ、独特なテイストの装いを本に与えてくれました。

カバーを外すと、タイ語しか書いていない、というデザインのアイデアも面白い! お手元にあったら、または買って下さったら、ぜひカバーを外して眺めてみてください。タイ語の、よく素性のわからない本みたいになります。

カバーを取ると、タイ語しか書いてない。
ferment booksのロゴもタイ語に。

ちなみ、ferment booksのロゴをタイ語にするとき、著者の下関さんや、下関さんの旦那さんでタイ人のヨードさん、さらにタイ語に造詣が深い友人に、タイ語訳について相談しました。

最初は、สํานักพิมพ์หมัก(発酵出版社)というタイ語をあてていたのですが、みんな「なんかヘンだよ」と言うのです。

สํานักพิมพ์=出版社、หมัก=発酵、のつもりでしたが、หมักには「漬ける」「漬け物」くらいのイメージしかなく、日本語の「発酵」にはあたらないらしいのです。実際、หมักで画像検索すると、お肉をマリネしているような写真ばかり出てきて、納得しました。

ここで気づいたのですが、タイ語には英語の“ferment”、“fermentation”、そして日本語の「発酵」に当たる言葉が存在しないようなのです。

奇しくも同時期に、まったく別件でインド料理の発酵について、別の著者と話していたのですが、これと隣接した話題になり、ヒンディ語にも、タミル語にも、どんぴしゃ「発酵」にあたることばはないかもしれない、という話を聞きました。

発酵食品はあるのに「発酵」という言葉がない。

またまた別件で、日本酒の有名な杜氏から、江戸から明治への移行期における酒造文化についてお話を聞く機会がありました。

杜氏から話を聞いたあと、ふと思ったのは、やはり「発酵」という言葉は、明治時代にできた日本語かもしれないな、ということ。それこそ「恋愛」とか「科学」とか「哲学」みたいな、それまでなかった西洋の概念を日本語化したなかの、ひとつかもしれない。

「発酵」については、こんど詳しく調べてみます。

話が大きく脱線しましたが、結局、ferment booksの英語のつづりをそのままタイ語であらわす、"เฟอร์เมนท์บุ๊กส์" という表記に落ち着きました。


さて、ガパオ本の内容に話を戻しましょう。

今回の『ガパオ タイのおいしいハーブ炒め』は、「ガパオって、こんなにたくさんあるの~?」くらいのノリで、誰でも楽しめる、ちょっとしたネタも満載のレシピ本として活用できるのはもちろん、全体として下関さんの料理論、食文化論としても読めるような、新しいタイプのレシピ書をイメージして編集しました。

よく「正しいガパオ」と何か、などがSNSで議論されたり、ガパオの葉の入ってない「ガパオ」の話題などもありますが、そういう領域も含めて、ガパオ・カルチャーを論じております。

フレンドリーな感覚で手に取りやすく、レシピ書として使って楽しく、しかし、根っこには普通ではない変態さ(笑)が息づいているような本になっていたらいいなと思っています。

目次紹介


どんな内容か、目次を紹介します。

<はじめに>
著者の下関崇子さんが「ガパオ」をディープに探求するようになったのは、自作のガパオを、タイ人で元プロボクサーのダンナさんに「ダメ出し」されてしまった経験がきっかけでした。

<ガパオ大図解>
ガパオとは、ガパオの葉=タイのハーブであるホーリーバジルとともに、いろんな食材を炒めた料理のこと。基本的なガパオの構成を解説します。

<ガパオ黄金比>
もっともポピュラーな「鶏ひき肉のガパオ」を例にとり、基本的なメイン食材と調味料などの比率を覚えて、多くのガパオに応用できるようにします。

<無限ガパオ>
130種類のガパオと簡単レシピを紹介。肉、魚介類、卵、ミックス素材、米、麺、パン・・・さまざまなメイン食材を使う、あらゆるスタイルのガパオを、定番、進化系、創作系の3カテゴリーで掲載。

<ガパオロジー>
ガパオをさらに深掘り。タイにおけるガパオの発祥、歴史、発展。そしてタイの国民食としてのガパオの存在感について。また日本におけるタイ料理とガパオの普及、また「ガパオの葉抜きガパオ」の問題。外国料理を代用食材で作ることについて。そして、さらなるガパオの進化について。

ガパオ大図解。基本の基本を解説します。
現地タイでもガパオは盛り上がっていて、正しいガパオとは何か?を問う「ガパオ論争」なるものが存在。お肉のガパオにサブ材料として野菜を入れるか否か。また、定番のサブ材料であるササゲも入れない方が正しいのか?その論争のとき持ち出された1968年のレシピと1970年のレシピを実際につくり、日本語のレシピに落とし込みました。
ガパオロジー。扉の写真は近代タイ料理の原点といわれる料理書『メークルア・フアパー』。20世紀の初めに書かれた本ですが、ここにガパオは載っていません。ガパオが一般的なタイ料理として普及するのは、もっとあとの時代のことです。


タイ料理シーンが新たなフェーズに


さて、昨今タイでもガパオは盛り上がっているようで、今年の8月は下記のようなイベントも開催のようです。

ワールド・ガパオ・タイランド・グランプリ 2023
World Kaphrao Thailand Grand Prix 2023
https://www.thaich.net/news/20230811hf.htm

「タイ全土から集まった地方料理の代表者6名が、ワールド・ガパオ・タイランド・グランプリ 2023の称号と総額100万バーツ以上の賞金をかけて料理対決」とのことで、すごそうなイベントです。

チェンマイのブラックシェフや、ウドンタニのレストラン「サムエイ&サンズ」のシェフであるヌームさんがメインビジュアルに登場しているのも、個人的にとても気になります。

また水野仁輔さんの著書『ハーブカレー』や、『RiCE』誌でのタイカレー特集など、今年は日本でもタイ料理にみんなの目が行っている感じがします。日本のタイ料理シーンも、新たなフェーズに入りつつある予感がしますね!

そして、そんなメジャーシーンの動きももちろんですが、マイクロ出版社によるアングラなガパオ・ムーブメントにも、ぜひ注目してやってください!

『ガパオ タイのおいしいハーブ炒め』(ferment books)


■著者 下関崇子 プロフィール

しもせき・たかこ。タイ料理家。早稲田大学第一文学部卒。元プロキックボクサー&ムエタイ選手。28 歳のときにダイエット目的でキックボクシングを始め、30 歳で後楽園デビュー。2000 年、ムエタイ修行のために渡タイ。充実したタイ屋台食生活を送り、タイ料理に目覚める。当時、ムエタイのトレーナーだったヨードと結婚し、出産後の 2006 年に帰国。パットファクトーン(かぼちゃの卵とじ)のような、バンコクの日常生活で食べていた普段着のタイ料理や、タイのコンビニやファストフードのメニュー、トムヤムプリッツのような市販品など、一般的なレシピ本には掲載されないであろう料理を含む多数のタイ料理を再現し、その 600 以上のレシピを『バンコク思い出ごはん~食べたい!タイ料理 88 レシピ』『暮らして恋したバンコクごはん ~ タイ料理レシピコレクション』(ダコトウキョウ)『バンコク空想移住 ~365 日タイ料理 虎の巻レシピ』(Bangkok Shower)の 3 冊にまとめる。「All About 毎日のタイ料理」ガイド担当。日本エスニック協会アンバサダー。タイ・マレーシア・シンガポール・インドネシアの 4 カ国の料理にまつわる文化を紹介する「アジアごはんズ」のメンバー。2001 ~ 2019 年の 18年間、バンコクの老舗日本語情報誌『DACO』に「曼谷シャワー」を連載し、全 393 回のコラムを執筆。カルチャースクールではムエタイ講師もつとめている。上記以外の著書に『バンコク「そうざい屋台」食べつくし』(アスペクト)、プロキックボクサーとなりムエタイ修行までした顛末記『闘う女~そんな私のこんな生き方』(徳間文庫)、『DACO』の連載をまとめた『曼谷シャワー』(平安工房)などがある。また、高野秀行対談集『放っておいても明日は来る― 就職しないで生きる 9 つの方法』(本の雑誌社)に登壇者の一人として登場。

■制作スタッフ
カバー撮影:衛藤キヨコ
ブックデザイン:宮崎希沙 
編集:ワダヨシ

■書籍データ
価格:本体 2,200 円+税 
仕様:B5 版変形、144 ページ、オールカラー、ソフトカバー
書籍コード:ISBN 978-4-9908637-2-2 C0077
発行年月:2023 年 8 月
発行所:ferment books
Mail:info@fermentbooks.com

■ferment booksについて
横浜の「マイクロ出版社」。2023年4月、東京都練馬区より横浜市に移転。これまで『味の形 迫川尚子インタビュー』(新宿ベルクの本)『サンダー・キャッツの発酵教室』(米国発酵マスターの著書日本語版)など食に関する書籍を発行。また『発酵はおいしい!』(PIE International)などの共著者としても活躍。『フードペアリング大全』(グラフィック社)などの制作(翻訳・編集)も担当する。現在、日本酒に関する書籍、フードテックに関する書籍、麹に関する書籍なども制作中。3カ月に一度の東京・江古田のマルシェ「ろじものや」に出店。2023年10月は大阪「キタカガヤフリー」に、11月は横浜のブックイベント「本は港」第2回に出店予定。あと、ここ最近は文学フリマにも毎回出店しています。




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