【小説】人・殺兎事件

 小説投稿サイト『破滅派』に短編小説を投稿しました。
 https://hametuha.com/novel/86332/

題名:「人・殺兎事件」

あらすじ

 公園で、地面に絵を描いて遊んでいた兎を、主人公「俺」が誘拐する。

執筆年

2022

冒頭

 あ、あ、あ、あ、と声を上げながら動き回る者たちの姿を、丹念に見分けようとしたところで、それらは結局、白っぽい、耳の長い、足の短い、しっぽも短い、兎に毛の生えたような生き物でしかないのである。もっとも、兎にだってもともと毛が生えていることを思えば、要するに、俺が眺める先にある場所に飽きるほどたくさんいる生き物は、どれも一つ残らず、兎でしかないのである。その場所とは――公園だ。
 広い。そして遊具はない。広場のような公園である。山のようにいる――兎どもが。白い兎たちは、ある部分では身を寄せ合い、別の部分では1匹で、思い思いに遊んで、公園が、公園としての役割を果たす手伝いを、知らず知らずのうちに行っている。役割とは、その全体を通じて、「遊ばれる」ということである。
 公園全域に、うさぎたちの、兎どもの、鳴き声が、泣き声が、響き、鳴り、渡っている。
 あ、あ、あ、あ、あ、あ。
 あ、あ、あ、あ、ああ、あ。
 俺は、彼らの声に紛れながら、そのうちの1匹に近づいた。
 その兎は仲間と遊ぶのが嫌いらしく、公園の隅で、つまらなそうに、地面に絵を描いていた。俺は、その絵を眺めた。
 「これはなんの絵だい」
 兎は俺を見て、微笑んだ。「山です」
 俺は兎と向かい合っていたので、絵はむしろ谷のように見えたのだが、兎がどれだけうまく絵を描いているかを褒めるには、そんな感想を挟むべきではないと思い――思ってもいないことを口にした。
 「いい絵だね。とても、山、って感じがするよ」
 兎は得意そうな顔をした。「絵を描くのは得意なんです」
 「他にも絵を描いているのかい?」
 「よく描きます。でも、描いた絵は、全部時間が経つと消えてしまうんです」兎は少し悲しそうな顔をした。
 地面に描いているのだから、時間が経てば消えるのが当たり前である。そんなことをわざわざ悲しむとは、よほど利口ではない兎なのだろう。
 よし、この兎にしよう――と俺は思った。馬鹿な兎ならば1匹消えたところでなんの損にもならないだろう。
 兎の信頼を得るべく、俺は作り話を始めた。「僕もね、絵を描くのが好きなんだ」
 兎は、意外そうな顔をした。
 「僕の家には、絵を描くための道具がたくさんあるんだ」
 兎は、羨ましそうな顔をした。
 「絵を描く道具がたくさんありすぎて、誰かにあげようと思っていたんだ」
 兎は、物欲しそうな顔をした。
 「誰か、いい心当たりはないかな?」
 兎はもじもじと体を動かした。「あのう……僕ではだめでしょうか」
 俺はわざと意外そうな声を出した。「へえ! 君が!」
 兎は恥ずかしそうにした。「僕も、絵を描くのが好きなので……もし譲っていただけるのなら……」
 「ふむ! 君がねえ」俺は、どちらが立場が上かをわからせるために、高圧的な視線を容赦なく兎に浴びせかけた。
 俺の視線の中で、兎は溺れそうになった。「あの、ご迷惑でなければ……どうか……」
 「ふん! まあいいでしょう」俺はもったいぶって、はじめから思い描いていたとおりにことが進むのに満足しながら、いずれにせよ最後は告げるはずだった言葉を告げた。
 兎は、いずれにせよ最後はそう告げられていたのだとも気づかぬ様子で、ホッとした。
 「では、僕の家まで来てくれ。絵を描く道具を、君に見てもらいましょう」
 「今からですか?」
 「善は急げだよ」
 「しかし、わざわざお邪魔するのも……」
 「急がば廻れだよ」
 「しかし、あのう……」兎は言いづらそうに言った。「知らない方についていくのは、どうも……」
 「もう、知らない方じゃないでしょう」俺は優しい口調で言った。「僕たちは2人共、絵を描く仲間同士じゃないか。水臭いことを言うなよ、君」
 絵を描く仲間などというものを持ったことがないであろう兎は、俺の言葉に感銘を受けたらしい。「はい、そうですね!」と元気に答えた。簡単なものである。
 「じゃあ、行こうか」
 「ちょっと待ってください。仲間に言ってきます」
 「その必要はないよ。すぐ近くに行くだけさ」
 「でも、心配すると思うので……」
 「誰も君の心配なんかしないよ」俺は兎の心をえぐるような言葉を告げた。「さあ、行こうか」
 兎は悲しそうな顔をした。「そうですね……。確かに心配されたことはないですね……。描きあげた絵をふまれたことは数え切れないほどありますが、心配されたことは一度もないですね……。一緒に絵を描こうと誘って断られたことは何度もありますが、心配されたことはないですね……。山を描いて谷のようだと罵られたことはたくさんありますが、心配されたことはないですね……」
 「君が不必要な兎だからだよ」
 あ、あ、あ、あ、あと兎は言った。何か悲しいことを思い出しているらしい。
 俺は兎が誰にも告げずに公園を離れる決心をしやすくなるよう、励ました。「でも、そんなゴミクズ以下の存在価値しかない君でも、然るべき道具で然るべき絵を描けば、みんな驚くかもしれないよ」
 兎の顔が少し明るくなった。「こんな僕でも、みんなに驚いてもらえるでしょうか」
 「もちろんだとも。でもそのためには、みんなに知られないよう、こっそり動かないとね」
 兎は嬉しそうにした。簡単なものである。
 「では、行こうか」
 俺達は他の兎に見られないよう、公園を抜けた。[…]


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