【小説】やつら

 小説を書きました。
 題名:「やつら」


 横並びになっておけば、痛覚を刺激されずにやり過ごせそうだった……ベルトコンベアの上に降り注ぐ針の一本一本を、受け止める表面積をなるべく大きくしておけば、全体としては針にぶつかりやすくなるものの、自分が突き刺される確率はむしろ下がるのだと、誰かが発見して以来、俺達は、互いの右手と左手を固く握り合い、離れ離れにならないよう、ただ気を遣いながら並んでいる。上から眺めればさながら俺達は、誰かが一列に石を並べて描いた線のようだっただろう。不揃いで不格好で、暇な者が戯れに蹴り飛ばすくらいしか役に立ちそうな場面のない、道に転がる、誰も気に留めない鉱物の群れであるかのような外見を、ベルトコンベアを眺める誰かに向けてさらけ出し、せめて自分だけは痛みを覚えまいとしながらも、俺達は皆、残念ながら、道端の石ほどの「硬さ」を持ち合わせていなかった。
 俺達は柔らかいのだ。針を上から投げつけられれば、ひとたまりもなく、激痛に体を貫かれる羽目になる。
 俺達は、一人ひとりが、次第に自分へと近づいてくる仲間の苦痛の声に恐れをなし、身をこわばらせ、せめてもの「硬さ」を得ようとあがいてみるのだった。無駄な抵抗に全力を振り絞る俺達の姿は、ベルトコンベアの上から眺めれば、たまらなく面白いものだったに違いない。
 それにしても一体誰が、俺達をこうして効率よく苦しめようと思いついたのだろう。
 「なあ、おい、俺達は一体全部で何人いるんだろう?」俺は、右のやつに声をかけた。
 右のやつは、恐怖で汗をびっしょりかきながら、つまらないことを聞くなと言いたそうな顔で俺を一瞥すると、「さあな」とだけ言った。短い言葉を吐き捨てることで、さほど恐怖を感じていないかのように見せたい下心があるらしい。
 俺は更に、話しかけた。「なあ、お前も本当は怖いんだろ?」
 右のやつは、汗まみれの左手に力を込めた。「怖くねえよ!話しかけるな!」
 少し遠くから、この世のものと思えないほど痛そうで苦しそうな声が聞こえた。仲間の一人がまた刺されたらしい。先程からこうした声は、全て右から聞こえてくる。このペースで順に行くならば、おそらく俺より先に、俺の右手を握っている、右のやつが刺されることになるだろう。
 「なあ、俺より先に刺されるのは多分お前だよ」と俺は言った。
 右のやつはガタガタ震え、「うるさい!」と怒鳴った。俺の的確な指摘の内容を直視するのでなく、それを言った俺に対して怒りをぶつけることで恐怖を紛らそうとしているのだろう。
 また悲鳴が聞こえた。また右からだ。本当に、こうして手をつないでいることに意味はあるのだろうか。激痛を感じずに済んだ者など、いた事があるのだろうか。
 「なあ、針で刺されたら痛いだろうな」と俺は言った。
 右のやつは、少し震えると、ヨロロロと音を立てた。失禁したらしい。柔らかそうな音だ。こいつが針を跳ね返しそうな雰囲気は微塵もない。小便を出すときまで、柔らかさを醸さずにいられないのが俺達の宿命なのだろう。
 「なあ、刺される瞬間はびっくりするだろうな」俺は言い続けた。「覚悟していた痛みと、実際に感じる痛みのギャップはすごいだろうな。俺達がどれだけ覚悟しても無駄なんだろうな。味わうことになる痛みは、絶対に、俺達の心構えではどうにもならないほど強いんだろうな。覚悟しても覚悟しても、刺された瞬間の痛みはどうにもならないんだろうな。刺された1秒後の痛みは、もっとすごいんだろうな。どんどん痛くなるんだろうな。俺達がどれだけやめてほしくても、絶対、痛みはどんどん広がっていくんだろうな。これから感じることになる痛みから、俺達は絶対逃げられないんだろうな」
 「もうやめてくれえ」右のやつは涙を流し始めた。ホタホタ、ホロホロと音が鳴った。
 「なあ、お前も怖いんだよな?」と俺は聞いた。
 「怖いよお。堪忍してくれえ」
 「じゃあさっき、なんで怖くないって言ったんだよ」
 「強がっただけだよお」
 「俺に話しかけるなとも言ったよな」
 「怖かったんだよお。もうやめてくれえ」
 「相手が言った内容に反論するのではなく、問答無用で黙らせようとしたわけだよな、お前は」
 「悪かったよお」右のやつは、その場しのぎのような謝罪をした。
 「許せねえよ」俺は吐き捨てるように言った。
 右のやつは、泣きながら黙った。
 「ねえ、ちょっといいですか」俺の左のやつが話しかけてきた。
 「なんだよ」
 「私達はこうしてしっかりと手と手を握り合っているわけですが、こうしておけば針に刺されづらくなるっていうのは、やっぱり少しおかしいんじゃないですかね?」
 「どこがだよ」
 「いえ、確率の問題として、やはりおかしいと思いますよ。私達は一体、何人いるんでしょう?」
 「どういうことだよ」
 左のやつは、呆れた顔で俺を見た。そして「もういいですよ」とだけ言って、俺の左手を振りほどいた。
 「あっ」と俺は声を上げた。
 その瞬間、俺の右のやつが、大きな音を立て、上から何本も垂直に落ちてくる針に突き刺された。
 実に痛そうな音だった。

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