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so.

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「so.(エスオー)」は、女子高のとあるクラスの一日の間に起こる出来事を、様々な時間、それぞれの視点から綴る群像劇です。
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2016年8月の記事一覧

【so.】山浦 環[4時間目]

【so.】山浦 環[4時間目]

 3時間目の終わりを告げるチャイムが鳴って、休み時間に入った。屋上には私だけ。誰も屋上に上がってこないことを祈りながら、美術部の宮原先生にFILOでメッセージを送ることにした。今の間に美術室まで行って話せたらいいんだけど、次が選択授業だから、普通なら私も出るはずの美術の授業をサボりづらくなってしまう。

「せんせ、同じクラスの子が、美術部を見学したいって言ってんだけど、いい?」

 宮原先生は数少

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【so.】山浦 環[3時間目]

【so.】山浦 環[3時間目]

 チャイムが鳴って3時間目が始まっても、私と栗原は生物準備室の物陰で、しばらくじっと隠れていた。

「どうして手伝ってくれる気になったの?」

 無理に頼み込んだのは私だけれど、栗原が嫌がりもせずに引き受けてくれるとは思ってなかったから、尋ねてみた。

「今日、何かあげられそうな物がなかったから」

「はは、ありがとう」

 何かプレゼントをくれるつもりだったのか。そんな気を使わなくたっていいのに

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【so.】山浦 環[2時間目]

【so.】山浦 環[2時間目]

 現代文の授業が終わると、私は素早く廊下へ出てロッカーへ行き、生物の教科書とノートを掴んで教室に戻った。ちょうど席を立った栗原の後についていくように歩き出した。

「許せない。ジョーのクソ野郎」

 廊下へ出て、ついついさっきの怒りから愚痴ってしまった。栗原は生物係だから、次の時間の観察を準備しなければいけない。その邪魔にならないように手伝いながら、私は栗原に協力を求めることにした。

「栗原にも

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【so.】山浦 環[1時間目]

【so.】山浦 環[1時間目]

 教室を出て、三条のいる地理準備室へと歩き出した。奴が前の方を歩いているのが見えるけど、追いつかないようにゆっくりと歩いた。三条が準備室に入って、そのドアの前で私は立ち止まると、しばらく待ってからノックした。

「どうぞ」

 中から声がして、私はドアを開けて中に入った。部屋の奥にある机の前で、三条はこちらを向いて立っていた。

「出発は明日か?」

「はい」

 私は傍らにあった折り畳み椅子を引

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【so.】郷 義弓[4時間目]

【so.】郷 義弓[4時間目]

「ここにいるの?」

 近づいてきた井上さんから小声で聞かれ、私は黙って頷いた。

「なんか…ダメだー私…」

 こんなことをぼやかれても困ってしまうだろう、井上さんは曖昧な表情で「またね」と言って、手を振って行ってしまった。次は移動教室だから、みんなそれぞれの科目の道具を持って出て行ってしまう。誰も私のことを気にも留めない。私、別にいじめられるような覚えはないんだけれど。

 がらんとした教室の

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【so.】郷 義弓[3時間目]

【so.】郷 義弓[3時間目]

 自分の席に座ってまた眠ってしまったらしい。遠くの方で委員長の大きな声が聞こえていたように思う。次の体育の場所が小ホールだって繰り返していた。外じゃないなら寒くなくって良いなって思うんだけど、今こうやってまどろんでいるヌクヌクした感覚が心地良いから起き上がろうって気も起こらない。だらけてるな、私。

「一番怖いものってさあ、なに?」

 和泉ちゃんが問いかける。ご飯を食べながら、のりんが「幽霊」と

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【so.】郷 義弓[2時間目]

【so.】郷 義弓[2時間目]

 井上さんが出て行ってしまって、教室には私ひとりが残っている。整然と並んだ机と椅子で作られる格子の無機質さからは、とても10分前まで全ての席に生徒が座っていたような痕跡は感じられない。
 チャイムが鳴って、2時間目の開始を識る。生物室で生物の実験らしいけれど、気乗りしない。そして相変わらず眠い。だから私は席を立つことが出来ないでいる。私ってこんなに不真面目な生徒だったっけ。すごく覚えているのは一度

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【so.】郷 義弓[始業前]

【so.】郷 義弓[始業前]

 眠い。
 まだ誰も来ていない教室の一番後ろ、自分の席に座りながら、シンプルにそう思った。本当に眠い時の、色の付いていそうな息を吐きながらあくびをした。涙まで出てくるくらいの大きなあくびだ。
 窓の外の方へ目を向けて眺めてみる。名前の知らない広葉樹の枯れた枝が風に揺れている。その上にセキレイが止まっていて、尾を上下に揺らしている。あの動きはどれだけ眺めていても飽きない。一度手に乗せてじっくり観察し

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【so.】栗原 信子[4時間目]

【so.】栗原 信子[4時間目]

「栗原さん、ホットティー飲む?」

 どぎまぎしながら歩いていたら、後ろを歩いていた埋田さんに突然声をかけられた。足を止めて振り向いたら、缶の紅茶をひとつ差し出されていた。

「余っちゃったんだ。貰ってくれると助かる」

「ありがとう…」

 ホットティーと言うからさぞ熱いんだろうと警戒しながら右手で缶を受け取ると、ぬるかった。そう思うと同時に埋田さんに「冷めてるでしょ」と言われたから、思わず「う

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【so.】栗原 信子[3時間目]

【so.】栗原 信子[3時間目]

「どうして手伝ってくれる気になったの?」

 たまきが小声で尋ねた。生物準備室に隠れているわたしとたまきは、チャイムが鳴ってもしばらくはじっとしていようと決めていた。

「今日、何かあげられそうな物がなかったから」

「はは、ありがとう」

「騒ぎになるよね」

「間違いなくね!」

 そしてふたりでニヤっとした。

「あ、そういえば栗原さ、月山さんのFILOのアカウント知ってたら教えてくれない?

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【so.】栗原 信子[1時間目]

【so.】栗原 信子[1時間目]

 ホームルームが終わって、面談に呼ばれたたまきが出ていった。わたしも先週に面談をしたけれど、郷さんについて知っている事は殆ど無かったから、何か原因に思い当たることはないか?と聞かれても、答えられる事は殆ど無かった。
 そんな話をたまきにしたら、三条先生から前日の事を教えられなかったかと聞かれた。埋田さんがそういう話をしたらしくって、わたしを相手にその話はしなかった事を随分訝しがっていた。

「おは

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【so.】栗原 信子[始業前]

【so.】栗原 信子[始業前]

 幼馴染のたまきが明日からイタリアへ留学してしまう。それなのに何もしてあげられることが見当たらない。一応わたしは写真部なんだし、思い出の写真のひとつでも渡してあげられたら良いんだけれど、普段カメラを持ち歩かないからそんなストックがない。日頃から首元に一眼レフを下げている部長の岡崎さんの姿勢には、ただただ感心する。
 それでも写真部の活動では、たまに課題で写真を提出させられるから、わたしが撮った写真

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【so.】伊村 正乃[4時間目]

【so.】伊村 正乃[4時間目]

 「このクラスに必要なもの」というお題で書き初めをするらしい、新年最初の書道の時間。「新年」とか「賀正」とかしょうもない言葉を書くよりは余程良いが、こんな投げっぱなしのお題に皆面食らっている様子だ。僕は壁から突き出た柱の前に道具を広げて腰を下ろして考え込んだ。
 郷義弓の通夜に行った時のことを思い返すと、僕がトイレへ行った帰り、三条先生が田口吉美を呼び出して、何かを郷義弓の持ち物か尋ねていた場面が

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【so.】伊村 正乃[3時間目]

【so.】伊村 正乃[3時間目]

 生物室を出て、つぐちゃんとまこちんと3人で教室へ戻る途中、前を歩いていた橋本忠代と委員長の堀川国子が話している内容について、聞くともなく聞こえてしまった。どうやら年末の事件について、田口吉美の犯人説という噂があるという話だった。噂なんて真に受けるような物ではない。しかしあの出来事以来、自分なりに考察を続けていた事ではあったので、その噂の信憑性について考えてみることにしよう。ちょうど体育の石堂先生

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