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【so.】伊村 正乃[4時間目]

 「このクラスに必要なもの」というお題で書き初めをするらしい、新年最初の書道の時間。「新年」とか「賀正」とかしょうもない言葉を書くよりは余程良いが、こんな投げっぱなしのお題に皆面食らっている様子だ。僕は壁から突き出た柱の前に道具を広げて腰を下ろして考え込んだ。
 郷義弓の通夜に行った時のことを思い返すと、僕がトイレへ行った帰り、三条先生田口吉美を呼び出して、何かを郷義弓の持ち物か尋ねていた場面があった。その時は全く気にも留めなかったが、あれはなくなったというヘアピンだったのではないか? だとすると、ヘアピンはなくなっていなかったという事にはならないか? その仮説を進めるなら二つの可能性が考えられる。可能性Aは郷義弓自身が後々ヘアピンを発見し、皆を巻き込んだ行為を恥じて首を吊ったというもの。しかし少々無理筋だ。そこまでの代償を払うような事には思えないからだ。もう一つの可能性Bは、ヘアピンは盗まれたのであり、失意の郷義弓が首を吊った事に慌てた犯人が、それを戻して可能性Aのように思わせるよう仕向けているというものだ。ヘアピンが見つからない程度で払う代償としてはやはり疑問は残るものの、僕にはそちらの方が蓋然性が高いように思える。
 不可解なのは、何故一部の生徒のみヘアピン事件の事を知っていて、それを知らない人間の耳には入らなかったのか。遺書が無く、家庭の事情に因る物と推測するしかなかった事件の原因に、これほど直接的に関係していそうな出来事だ。何者かの指示によって隠匿されていたと考えない限り、納得がいかない。であれば、関係者全員が共犯の関係にあると言う事だって可能ではないのか。「皆の知っている事を話してくれ」と言いながら、知っていたであろうヘアピン事件の事を僕のようなその場にいなかった者に知らさない三条先生だってアンフェアじゃないのか。

「断罪」

 僕は大きく半紙に書き付けた。これは事件だ。誰かの手によって裁かれなければいけない未解決事件だ。

「平和」「行動」「友愛」「協調性」「真実」「理解」「断罪」「革命」

 張り出された8人の言葉たち。それを眺めた坂倉先生は、振り向くなりこう言った。

「きみたちのクラスは戦争でもやってんの?」

 面白い意見だ。確かに前の時間では田口吉美が和泉美兼を相手に戦闘を行ってはいたようだけれど。

「理由は聞かないけど、この断罪っていう字ね。ちょっとびっくりする言葉だけど、思いがこもっていて良いと思う。良い思いじゃないけどね!」

 丸を付けられて、当然だと思った。「真実」と「革命」と書いた人物とは意見が合う部分もあるなと思った。

 次に坂倉先生の出したのは「このクラスの誇れるもの」というお題だった。僕はすぐさま「無関心」と書いた。年末の地域ニュースで報道される程の事件を抱えながらそれを追求せず風化させようとするこの他者への無関心さを美徳と言わずして何と言おう! もちろん皮肉だ。他に書こうとすると、僕についての事以外書くことなどないじゃないか。

「親切」「人柄」「熱意」「なし」「平穏」「平和」「無関心」「距離感」

 再び張り出された8人の言葉を眺めた坂倉先生は「性格悪いやつがいるね」と言い、「親切」の文字に丸をつけた。フニャフニャした文字の感じといい、内容といい、これはつぐちゃんの字に違いないなと思った。

 授業が終わると、早速つぐちゃんに尋ねてみた。

「さっきの『親切』、つぐちゃんでしょ?」

 つぐちゃんは嬉しそうに言った。

「ひみつー」

「わかるよ。つぐちゃん性格いいもん」

 つぐちゃんと話しながら渡り廊下へ出ると、彼女は足を止め、校舎棟の屋上を見上げた。その視線の先を追うと、屋上から長い髪が風に揺れているのが見えた。

「飛び降り?」

 僕は嫌な予感がして呟いた。その嫌な予感のまま、長い髪の人影が中空に飛び出した。そいつが目の前に落下するより前に、僕は腰を抜かして尻もちをついていた。腰を抜かすだなんて初めての経験だ。突然、足腰の力がふっと抜けて、そのまま立っていることが出来なかったのだ。腰を抜かした僕の隣で、つぐちゃんはありったけの悲鳴を上げていた。
 目の前に落っこちた者の首が千切れて胴体と別の方向へ飛んでいく様子が、不思議なくらいにゆっくりとした速度で見えた。一滴も血が出ない所から、これはマネキンかと思った。飛び散った部品を見て、マネキンではなく、人体模型だと分かった。何者かが自殺を装って、カツラを被せ制服を着せた人体模型を落としたのだ。誰かも知らない。意図も知らない。ただ一つ分かるのは、今、その何者かは行動を起こしたという事実だった。

「グダグダ言ってねーで行動で示せよ!口だけヤロー」

 あの書き込みが頭の中を駆け巡った。行動で示す…その意味が、感覚として納得が出来た。

「あはははははは、そうだよな!」

 グダグダ言うのはお終いだ。僕が行動で示してやる。誰かの手なんて待ちはしない。断罪だ。

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