見出し画像

【so.】山浦 環[1時間目]

 教室を出て、三条のいる地理準備室へと歩き出した。奴が前の方を歩いているのが見えるけど、追いつかないようにゆっくりと歩いた。三条が準備室に入って、そのドアの前で私は立ち止まると、しばらく待ってからノックした。

「どうぞ」

 中から声がして、私はドアを開けて中に入った。部屋の奥にある机の前で、三条はこちらを向いて立っていた。

「出発は明日か?」

「はい」

 私は傍らにあった折り畳み椅子を引っ張ってきて腰掛けた。

「ホームステイ先の家族と仲良くな」

「はい」

「戻ってくるんだろ?」

「わかりません」

 私は三条の言葉尻に被せるように返答をする。三条がいつまでも本題を切り出さないことに少しイライラしてきていた。

「休学扱いにしておくからな」

「これが面談なんですか」

「いや、それは後で聞く。一応お前は今日までだからな。本当にみんなに知らせないのか?」

「伝えたい人には伝えたから、もういいです」

「同じクラスだろう?」

「同じクラスならみんな仲間なんですか」

 私はクラスにいるのが今日までで、明日にはイタリアへ留学することを、サエ栗原と、死んだサトミにしか話していなかった。

「あのなあ山浦」

「私の仲間は登校拒否になって、もう一人は自殺しました」

「…郷のことか」

「その話なんでしょ」

 三条はため息をつくと、隅にある冷蔵庫の扉を開けた。

「何か飲むか?」

「いりません」

 三条は、アイスコーヒーの缶とヨーグルトの飲み物のペットボトルを取り出して、机の上に置いた。

「好きな方飲んでいいぞ」

「いらない」

「じゃあコーヒー貰うな」

 三条は缶コーヒーを開け、ゴクリと音を立てて飲んでから、あらたまって言った。

「みんなに聞いてることだから、山浦にも聞くけど」

 三条は椅子を持ってきて、私の前に置いて座った。ノートを開いて膝に乗せると、ペンを持って顔を上げた。

「12月21日の月曜日、4時間目の体育の後、教室に残ってたか?」

 きた。私はつばを飲んだ。

「はい」

「他に誰がいたか覚えてるか?」

「私、郷さん、埋田さん、あとは運動部の人が数人と、福岡さんのグループ」

「その時、何があった?」

「郷さんが、自分のヘアピンが無くなったって言うから、みんなで探しました」

「それで?」

「だいぶ探したけど見つからなくって、昼休みが終わったら運動部の人らと福岡さんたちのグループは帰りました。最後は私と埋田さんと郷さんで、廊下とか色々探しました」

「見つかったのか?」

「見つからなくって、結局、帰りました」

「ヘアピンが見つからなかったのはなんでだと思う?」

「盗まれたから」

「誰に?」

「そんなのわからないけど、あれだけ探しても見つからなかったんだから、誰かが盗んだとしか考えられない」

「だから自殺したと思うのか?」

「幼なじみの田口さんに、小さい頃に貰って大事にしてる物だったらしいです」

「らしいな」

「先生、これ事件ですよ」

 三条は答えず、しばらくノートに書き込みながら、顔も上げずにこう言った。

「そのヘアピンだけど、あったんだよ」

「え?」

 どういうこと? 言っている意味がよく分からない。

「郷が死んだ時、着てた制服のポケットに入ってたんだ」

「嘘! 何回も確認したのに!」

「出てきたんだ。通夜の時に田口に確認したら、間違いなかった」

「どういうことですか」

「クラスで窃盗はなかった。事件じゃなくて、事故だ」

「はあ?」

「なくしたものをないない言って大ごとになっちゃったから、それが恥ずかしかったのかもな」

「そんなことあるか!」

 私は叫んで立ち上がっていた。

「あんた本気でそんなこと思ってんの?」

 あれだけ探してなかったんだ。持ってたゴメンみたいなオチがあるわけないし、そんなくらいで死ぬような子じゃない。大きな夢だって抱えてた。だいたい、何度もポケットは確認したんだ。

「俺は郷じゃないから真相は分からないけどな、ヘアピンは見つかったんだ。盗まれたわけじゃないんだろ」

「ふざけんな! そんな理由で死んでたまるか!」

 私は座っていた椅子を蹴り飛ばした。

「山浦、落ち着け」

 三条は慌てて席を立った。

「うるっさい! やっぱりあんたクソ野郎だ!」

「おいおい、俺が悪いのか? 俺のせいか?」

 私は少し泣いていたように思う。年末から抱いていたモヤモヤが全部爆発して、その遠因だと思う三条にぶつけなければ気がすまなかった。

「全部あんたのせいだ! この学校もクラスも何もかも、大っ嫌い!」

 そう言い捨てて私は地理準備室を飛び出した。

 足早に廊下を歩き、教室の後ろのドアから中へ入った。そのまま最後列にあるサトミの机の脇に立った。

「絶対敵をとってやるからね」

 机の上に置いてある菊の花を見つめながら、そう呟いた。私自身に言い聞かせるように。

 それから大和の机の脇まで歩いて行き、「行っといで」とだけ告げると、私は自分の席へと戻った。

 私はスマホを取り出すと、メッセージングアプリのFILOを立ち上げ、栗原にメッセージを飛ばした。

「授業終わったら話したい」

「ジョー、マジクソ」

「終わってる」

 三条への怒りは収まらず、立て続けに送信していた。

「わたし次の時間、生物係だから実験の準備しなきゃ」

 栗原は返事が遅い。それにしては速く帰ってきたから、さらに返事を返した。

「じゃー私も手伝うよ。その時話そ」

「わかった」

 私は相槌の代わりに、最近お気に入りな鹿のルーニーというキャラクターのスタンプを送ってスマホをポケットへ入れた。
 教科書をとりあえず開いてみたけれど、朗読させられているサエが、どこを読んでいるのか分からない。適当にページをめくりながら、現代文の授業も、この後の授業も、今日でお終いなんだと気づいたら、少し感傷的な気分になった。
 センチメンタルな泉と怒りのマグマが心のなかでうねっていた。なんとか最後に真相を暴いてやりたい。けれどそれには時間が足りない。それならせめてそのキッカケでも起こして去りたい。思わず爪を噛んで、何か良い案はないかと考えを巡らせていた。

次の時間

前の時間


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?