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【so.】田口 吉美[1時間目]

「おはよう!」

 またいつもの大声で現代文の逸見が入ってきた。ワタシの席は最前列の右から二番目だから、必要以上の音量にいつもウンザリしている。さらに逸見はチョークを強い力で、黒板に殴りつけるみたいにして文字を書くから、砕け散ったチョークの破片が粉になってワタシの机の方まで飛んで来る。いつもわざとらしく咳き込むんだけど、意に介さないところがまたムカつく。今もまた、やたら難しい2文字の漢字を書き殴った所だ。

「新藤、これなんて読むか分かるか?」

「どう…もう?」

「お前の好きな食べ物系の言葉だ」

「パン!」

 さっちんの即答に思わず頬が緩む。さっちんはソフトボール部に所属しているから舐められることもなく、面白いデブキャラとして確固たる地位を築いている。

「レモンと読む。今回からはこの小説を取り上げることにする」

 最前列で嫌でも目につきやすい席だから、いちおう教科書を開いてみた。だいたい、秋くらいにやった席替えでこの席になってから、気を抜けなくてイライラする。

「じゃあまず誰かに読んでもらおう。今日は12日だから…12番の神保」

「はい」

 遠くでジンさんが立ち上がって朗読を始めた。席替え前は右隣にジンさんが座っていて、分からないことを聞いたらすぐに教えてくれたから助かっていた。今はナオが座っている最後列の左端、窓際の席は最高だったのに。橘公園を歩く人の姿や路面電車、遠く海の上を往く連絡船や貨物船をぼんやりと眺めるのが楽しかった。今は右に曽根、右後ろには委員長、左にもじゃ、後ろにタイラーと、Bチームに囲まれた感があって落ち着かない。左後ろにのりんがいるのは唯一救いではあるけれど、斜め隣っていまいち話をしづらいから困る。そんなのりんとも、サトミの自殺があってから、なんだかギクシャクしているような感じがある。まあもともと親友ってものではなかったけれど。笑って話しながら裏で唾吐いてるみたいな、そんな関係。

「そこまで」

 ジンさんが朗読をやめて、逸見がまた大きな声で喋り出した。

「この筆者はどういう人物だと思われるか? はい、平」

「は、廃墟マニア?」

 意味わかんねえ、なんだよそれ。そんな話だったのこれ? 数行目を通してみたけれど、難しい言葉ばかりでよく分からないから読むのをやめた。

「そんな余裕のある人物だと読み解けるか? 自暴自棄になっていて、どこか死の気配を秘めているんだな」

 死の気配…。サトミにそんなものは全く感じなかったんだけどな。ワタシが学校を休んだ前の日に何かあったのかと思って、何人かに聞いてみたけれど、みんな口を揃えて何もなかったと言うだけだった。

「次は、埋田に読んでもらおうか」

 後ろの方で埋田が朗読を始めた。サトミが仲良かったから、山浦や埋田とも少しは話したりもした。のりんたちは嫌ってたけど、ワタシはそこまで山浦や埋田を嫌いに思ったことはなかった。モードなファッション誌を貸してもらったり、外国の音楽を教えてもらったり、そういうのは嫌いじゃなかった。自分とは系統が違うけれど、カッコイイ物を沢山知っていて良いなって思ってた。そんな接点が持ててたのも、やっぱりサトミが結びつけてくれてたからで、今年に入ってからまだ一言も交わしていないはずだ。

「ではこの時主人公は何を思ったか? じゃあ、岡崎、分かるか?」

「お金が欲しいんだなあ みつを」

 正恵がスベって、教室がシーンとした。

「過去と現在の嗜好について、対比の連続。これは、自分が変わってしまった事に対して抗えない、やはり自棄の感情があるんだな」

 ああ、暗くって興味を持てない話だな。もっと楽しい話をやってくれたら少しはやる気も出るっていうのに。

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