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【so.】堀川 国子[1時間目]

 今日も「おはよう」の大声から逸見先生の授業が始まった。力強くチョークで殴りつけるように、黒板には「檸檬」という字が書かれた。レモンって、漢字検定何級くらいで書かされるのかしら。

新藤、これなんて読むか分かるか?」

 いきなりお笑い担当に当てるのね。

「どう…もう?」

「お前の好きな食べ物系の言葉だ」

「パン!」

 どっと笑い声が起こったけれど、私はパンって漢字でどう書くんだったか、そっちの方の疑問が湧いてきた。見たことはあるけれど、どんな字だったか…麹という字を書いてみて、なにか違うと思って消しゴムを探した。あれっ? ペンケースの中身を全て出してみても、消しゴムが見つからない。直前にいつ使ったか、消しゴムを使った場面を頭に思い浮かべてみると、昨晩に自分の机で予習した時に使ったのを思い出せた。ペンケースに戻し忘れて、そのままなのか。しょうもないミスを犯したことがすごく悔しい。幸いにもこの時間はたいして消しゴムを使う場面はなさそうだから乗り切って、授業が終わったら購買まで消しゴムを買いに行こう。
 気持ちを切り替えて教科書の「檸檬」のページを開いた。神保さんが当てられて、朗読を始めた。聞き取りやすい、良い朗読だ。

 ある程度の所で朗読を止めて、先生はまた誰かに当てるつもりのようだ。

「この筆者はどういう人物だと思われるか? はい、平」

 私の隣でぼんやりしていたタイラーは、慌てて教科書から顔を上げて答えた。

「は、廃墟マニア?」

 何それ。全然おもしろくない。だけどその後、先生が見解を述べたから、これは大事とすぐにノートに書き写した。こういうのがテストに出るのよね。危ない危ない。

「次は、埋田に読んでもらおうか」

 埋田さんが朗読を始め、なおも授業は続いていく。山浦さん大和さんが入れ替わりに面談に行ったらしい。先週に私も受けたけれど、私の知っていることなんていくらも無かった。全員から証言を取るように校長先生に言われてるのだろう。それで事故ってことにして有耶無耶にしたいんだろう事はなんとなく想像ができた。三条先生は案外小物だと思う。

 授業が終わって、ひとまずカバンから財布を出して教室を出た。購買は1階にあるから、3階から降りなければいけない。廊下の角を曲がると、前の方を、校舎の中なのにコートを着込んだ福岡さんが小走りに進んでいくのが見えた。そういえば授業中も膝にコートを掛けて寒そうにしていたのが、隣のタイラーの向こうにちらっと見えていた。風邪かしら。インフルエンザとかを撒き散らされたら大変。どちらにせよ、自己管理が出来ていない証拠よね。
 福岡さんが保健室に駆け込むのを遠目に見ながら、私は購買で消しゴムを買った。今日一日のつなぎだし、なんでもいい。一番小さい物を買って、教室へと引き返した。
 考えてみれば、次は生物室で実験だったはず。用意を持ってから出れば直接行けたのに。今日の私はどうも抜けていて、自分自身にイライラする。気を引き締め直さないと。

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