【so.】三条 宗雄[1時間目]
ノックの音に「どうぞ」と声をかけると、ドアを開けて入ってきたのは山浦だった。
「出発は明日か?」
「はい」
山浦は準備室の補助椅子に勝手に腰掛けた。
「ホームステイ先の家族と仲良くな」
「はい」
「戻ってくるんだろ?」
「わかりません」
「休学扱いにしておくからな」
「これが面談なんですか」
「いや、それは後で聞く。一応お前は今日までだからな。本当にみんなに知らせないのか?」
「伝えたい人には伝えたから、もういいです」
「同じクラスだろう?」
「同じクラスならみんな仲間なんですか」
「あのなあ山浦」
「私の仲間は登校拒否になって、もう一人は自殺しました」
「…郷のことか」
「その話なんでしょ」
ふう、と俺はため息を吐いて冷蔵庫の扉を開けた。
「何か飲むか?」
「いりません」
俺は自分用にアイスコーヒーの缶と、ヨーグルトドリンクのペットボトルを取り出し、壁際にある机の上に置いた。
「好きな方飲んでいいぞ」
「いらない」
「じゃあコーヒー貰うな」
音を立ててプルトップを開けてアイスコーヒーを口に含んだ。ホームルームの前から暖房は入れておいたので、心地良い冷たさだった。
「みんなに聞いてることだから、山浦にも聞くけど」
俺は自分の席から椅子を引いてきて、山浦の前に配置して座った。ノートを開いて膝に乗せ、ペンを片手に顔を上げた。
「12月21日の月曜日、4時間目の体育の後、教室に残ってたか?」
山浦がつばを飲み込んだのが分かった。
「はい」
「他に誰がいたか覚えてるか?」
「私、郷さん、埋田さん、あとは運動部の人が数人と、福岡さんのグループ」
「その時、何があった?」
「郷さんが、自分のヘアピンが無くなったって言うから、みんなで探しました」
「それで?」
「だいぶ探したけど見つからなくって、昼休みが終わったら運動部の人らと福岡さんたちのグループは帰りました。最後は私と埋田さんと郷さんで、廊下とか色々探しました」
「見つかったのか?」
「見つからなくって、結局、帰りました」
「ヘアピンが見つからなかったのはなんでだと思う?」
「盗まれたから」
「誰に?」
「そんなのわからないけど、あれだけ探しても見つからなかったんだから、誰かが盗んだとしか考えられない」
「だから自殺したと思うのか?」
「幼なじみの田口さんに、小さい頃に貰って大事にしてる物だったらしいです」
「らしいな」
「先生、これ事件ですよ」
埋田も同じことを言った。形だけは山浦の言うことをノートに取りながら、その日の放課後に残っていた生徒にだけ伝えていることを伝えた。
「そのヘアピンだけど、あったんだよ」
「え?」
無表情だった山浦が、初めて怪訝そうな顔をした。
「郷が死んだ時、着てた制服のポケットに入ってたんだ」
「嘘! 何回も確認したのに!」
「出てきたんだ。通夜の時に田口に確認したら、間違いなかった」
「どういうことですか」
「クラスで窃盗はなかった。事件じゃなくて、事故だ」
「はあ?」
「なくしたものをないない言って大ごとになっちゃったから、それが恥ずかしかったのかもな」
「そんなことあるか!」
山浦は叫んで席を立った。
「あんた本気でそんなこと思ってんの?」
「俺は郷じゃないから真相は分からないけどな、ヘアピンは見つかったんだ。盗まれたわけじゃないんだろ」
「ふざけんな! そんな理由で死んでたまるか!」
山浦の蹴りつけた補助椅子が転がって、本棚にぶつかって停止した。
「山浦、落ち着け」
俺も思わず席を立った。
「うるっさい! やっぱりあんたクソ野郎だ!」
「おいおい、俺が悪いのか? 俺のせいか?」
山浦は目に涙を浮かべながら、俺を睨んで言った。
「全部あんたのせいだ! この学校もクラスも何もかも、大っ嫌い!」
ふうふう息を吐きながら、怒りで顔を真っ赤にした山浦は部屋を出て行った。どうして俺が悪者にされなきゃいけないんだ。どうして俺の関与していない事故についてキレられなければいけないんだ。
憮然として窓の外を眺めているとドアをノックする音がして、振り向いたら開いたドアから、大和が顔を覗かせていた。
「おう、入れ」
「失礼します」
大和を椅子に座らせようとして、その椅子が本棚の前で転がっていることに気がついた。
「これに座ってくれ」
元あった位置に椅子を置くと、大和は浅めに腰を下ろした。
「これ、飲むか?」
机の上に置いたままのヨーグルトドリンクを見せると、大和は「ありがとうございます」と笑ってそれを受け取った。俺は飲みかけのアイスコーヒーを飲み干すと、大和に向き直った。
「みんなに聞いてることだから、大和にも聞くけど、12月21日の月曜日、4時間目の体育の後、教室に残ってたか?」
「はい」
そして山浦の言っていたこととだいたい同じ内容を語った大和だったが、昼休みが終わると橋本とバドミントン部の練習に行ったため、その後のことは知らないようだった。
「で、次の日の朝だけど、第一発見者はお前だよな?」
「は、はい…」
嫌なことを思い出させるようで可哀想だけれど、一応聞いておかなければいけない。
「早めに教室に来たら、郷が首を吊って死んでた。それで俺の所まで知らせに来てくれた。それで合ってるな?」
「そうです」
「その時、ポケットの中を確認したりしたか?」
「まさか…そんなこと出来ません」
「だよな。うん、実はな、ポケットの中にヘアピンがあったのが、後で分かったんだよ」
伏し目がちだった大和が顔を上げ、不思議そうな表情で俺に尋ねた。
「みんなで探したやつですか?」
「ああ。通夜の時に、田口に確認してもらった」
「どういう…ことですか? 意味が分からない」
「ヘアピンは誰かが盗んだと思ってたか?」
「あれだけ探して見つからなかったんだから、それは…」
「でも、出てきたんだ」
「はい…」
「つまり、盗みは、なかった」
「えっと、言ってる意味がよく…」
「事件じゃなくて、事故だ」
「そうなんですか」
「そうだろ? あったんだから」
「はあ」
「他に、何か知ってることはないか?」
「いえ、全部話しました」
俺は壁の時計に目をやった。もうすぐ1時間目が終わろうとしている。
「よし、じゃあそのジュースはあげるから、チャイムが鳴ったら教室に戻れな」
「はい」
大和はヨーグルトドリンクのキャップを捻ると、少しだけ飲んでまたキャップを締めた。これで面談は全員済んだことになる。大和の語ったことをノートに書き記しながら、レポートにまとめる作業の煩雑さを思い、ため息が出た。
「お疲れ様です」
大和がそう言うと、チャイムが鳴った。はっとして顔を上げると、ペットボトルを片手に立ち上がった大和が後ろへ向くところだった。
「失礼します」
こちらに微笑んでドアを閉める大和の姿が、妙に心に焼き付いた。俺は思わず下唇を噛んだ。
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