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【so.】伊村 正乃[3時間目]

 生物室を出て、つぐちゃんまこちんと3人で教室へ戻る途中、前を歩いていた橋本忠代と委員長の堀川国子が話している内容について、聞くともなく聞こえてしまった。どうやら年末の事件について、田口吉美の犯人説という噂があるという話だった。噂なんて真に受けるような物ではない。しかしあの出来事以来、自分なりに考察を続けていた事ではあったので、その噂の信憑性について考えてみることにしよう。ちょうど体育の石堂先生が通りかかり、委員長に「次の体育は小ホールで卓球」と伝えていた。それが聞こえた僕やまこちんは嬉しく思ったが、つぐちゃんは考え事でもしているのか聞こえていないようだった。

 卓球はトーナメント方式でやるらしく、くじ引きで決められた相手は橋本忠代だった。ちょうどいい、さっきの噂について意見を聞いてみる事にしよう。

「橋本さんさ、さっき生物の後で委員長に話してるの聞こえちゃったんだけどさ」

 ラケットを弄びながら、試合をする前に話しかけた。

「田口さんがやったと思う?」

 橋本忠代はクラスでも5番以内に入ってくる頭脳の持ち主だと僕は評価している。質問の意図が分かったのか、すぐに返事が出来ないでいるらしい。

「君と同じであの自殺の真相を知りたいとは思ってるんだけど、田口さん説はミスリードな気がするな」

 そう言うと僕はサーブを放った。ラケットには当てたが球は明後日の方向に飛んでいった。

「ひとつ違和感を感じてる事があるから教えてあげよう。終業式の日の朝、死体を発見したのは」

「やまちでしょ」

「そう。大和さんが最初に教室に来て、死体に駆け寄って確認して、すぐに先生を呼びに走ったって話だよね」

「自分にはそんなこと出来そうもないから、やまちはすごいなーって思った」

 そう、普通なら美談で済むところなんだ。

「大和さんって、そんなこと出来そうなタイプ?」

「え?」

「典型的な“女子”だよね。仮に一番に発見しても、腰抜かしてそうな感じ」

「つまり?」

「大和さんの他に、誰かもう一人いたんだと思う」

 橋本忠代は神妙な面持ちで聞き入っている。頭の中で情報を整理しているのだろう。その間にも卓球の試合は行っていて、僕の方が有利に試合を進めている。

「伊村さんは、終業式の前の日、4時間目の体育の後に何があったか知ってる?」

 前の日? たしか外でサッカーをして授業が終わった日じゃなかったか。

「その日は…着替えてすぐ弓道部の部室へ行ったからね。何かあった?」

 油断したところ、思いっきりカットしたサーブを打たれたらしく、返せなかった。思わず舌打ちしてしまう。

「あの日、残っていた人だけ知ってることがあるの」

 そこからの話は興味深かった。全く知らない事実だった。ヘアピンがなくなったと郷義弓がパニックを起こした事。残った皆で手分けして探したけど見つからなかった事。やがて昼休みが終わって散り散りになった事。翌日の郷義弓の自殺の動機が不明だった為、それを解き明かすのに大きく寄与しそうな情報だった。僕は知的興奮を覚え受動に徹する事で、卓球の球筋を追う運動に純化して、一度は押されかけた試合を再び有利に進める事も出来た。

「ありがとう。興味深い話だった」

 遂に勝利した僕は、意気揚々と次の対戦相手を確認しに行った。相手は津田満瑠香。バスケ部の一員でアホな奴だ。くじ運でシードにいるだけで、あっさり倒せる相手だろう…そう油断したのがまずかったのか、僕はサーブが入らなくなった。

「チッ」

 ミスを重ねれば重ねるほど、そして決めたサーブを悠々返されるほど、僕の苛々は高まり、落ち着いたプレーが出来なくなっていって負けてしまった。

「それじゃ」

 冷静を装ったものの、こんな奴に負けた自分に腹が立った。気を静めなければいけない。この程度のことで感情を乱してはいけない。僕はつぐちゃんの姿を探すと、トーナメントから敗退した連中と一緒にいる彼女を発見したので声をかけた。

「つぐちゃん、試合しよう」

 そしてつぐちゃんと楽しく試合をしながら、橋本忠代から得た情報について、じっくり考えることにした。元々は、仲の良かったように見えた田口吉美との間に何かあったのかと勘繰っていた。だが前日に田口吉美は休んでいた。特にいじめのような物は存在しないはずだし、家庭の事情なのか何なのか、そこだけが分からなかったんだ。
 それにしても「知っている事を全て教えてほしい」と言いながら、ヘアピンの事については触れもしなかった、面談での三条先生のやり口には大いに不信感が募った。一体どういうつもりだ。

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