【so.】大和 栞蔓[3時間目]
教室に戻ると、委員長が次の体育は小ホールで卓球だと連絡した。この寒い中、グラウンドでやるのは嫌だなと思っていたから有り難かった。
「今日は寒いから暖房の効いた小ホールで卓球だ。喜べおまえらー。って、何だ少ないな今日。まぁいいや。トーナメントやるぞー」
体育の石堂先生だけが元気良さそうだ。くじ引きをしたら、私の対戦相手はナオになった。
「面談さ、終業式の朝のこと聞かれた?」
顔を合わすなりナオはそのことを聞いてきた。
「聞かれたけど、確認だけだったよ」
「ワタシのことは?」
「言ってないって」
「じゃあ、やまちのお手柄になって良かったね!」
にっこり笑うナオ。じつは12月の終業式の朝、ちょっと早めに登校しようとしたら、下駄箱のところでナオと一緒になって、2人で死体を発見したのだ。腰を抜かしてへたり込んで動けないわたしに対し、脈を取ったり呼びかけたりした後、先生を呼んでくるよう指示までしてくれたのがナオだった。わたしが「ひとりで見つけたことにしたらいい」って、「その方がみんなに尊敬される」って、上手いこと乗せられてしまった思いはある。たしかにみんなや先生からは労いの言葉をかけてもらったりしたけれど、警察から事情聴取されたのが嫌だった。こうなるのを見越して、ナオはわたしに押し付けたのかなと邪推したりもした。大きな負債を抱え込んだみたいな、誰かにあの日のことを聞かれる度に、後ろめたい思いがするんだ。
「やる気ゼロだけど試合しよっか?」
上手い下手の物差しから逃げるように、やる気ない素振りのナオと卓球の試合をした。わたしも別にルールを知ってて軽く試合が出来る程度の腕しかないけど、ナオははっきり下手だった。
ナオと別れてトーナメント表を見に行くと、次の相手は川部さん。近くの卓で荘司さんと立っていた川部さんに声をかけた。
「川部さんよろしく~」
のりんに勝ったくらいだからそこそこ出来るのかと思っていたら、メッチャクチャ強くて驚いた。わたしは1点も取れずにこてんぱんにやられてしまった。卓球ってスポーツは、階級と実力が比例しないんだろうか。
「川部さんつよーい。今度教えてよ」
そう言ってトーナメントから脱落したわたしは、誰か話し相手になってくれそうな暇な人はいないかなと見回した。のりんは正恵と打ち合っていたし、イズミンとつだまるも試合をしていたから、ちょうど良さそうな集まりが見当たらない。そして意外なことにヨシミがタイラーとかなり激しい打ち合いを演じていたから、側でその試合を眺めることにした。ヨシミが卓球上手いことにまず驚いたし、タイラーがものすごいキレで球を拾う姿は笑っちゃうくらいに意外だった。
鬼気迫るようなスピードでタイラーに勝ったヨシミの次の相手は、イズミンになった。なかなか面白い対決になったなと思って、引き続き側でその試合を眺めることに決めた。ヨシミは何かを早口で口走ると、イズミンに向かって球を叩きつけた。えっ。これ、試合?と思う間もなく、ヨシミは一方的に叫びだした。
「あたしが黒幕って何よ。あたしがやったってこと?」
そして次々にラケットで球を、ノーバウンドでイズミンめがけて打ちまくる。
「どういう事だよ! 答えろよ!」
「何の事かわかんないんだって! ほんとに!」
片手で顔を覆いながら、イズミンは必死でそう言った。
「もし今度変な噂流したら、ただじゃおかねーからな」
そう言って立ち去るヨシミに、石堂先生が恐る恐る声をかけた。
「ど、どっちが勝ったんだ…?」
「私の負けでいいです」
そう言い捨てて壁際に腰掛けるヨシミ。こういう誰も寄り付かない所に声をかけに行くのがポイントアップでしょ。わたしは隣に腰掛けた。
「ヨシミ強いんだねー」
あくまで言い争いには触れず、それまでの戦いについての感想を述べた。
「負けたよ」
見向きもせずにそう言われると、さすがに次の言葉をかけるのは憚られた。それでそのまま決勝戦になったイズミン対川部さんの試合を遠巻きに眺めていたら、割とあっさりとイズミンが負けてしまったようだった。川部さんの勝利に、自然と拍手が巻き起こる中、ヨシミがポツリと呟いた。
「次の授業って何?」
わたしに聞いてるのか。えっと、次は選択だ。
「次はね、選択授業」
何も言わず、乾いた拍手をするヨシミ。分かっちゃいるけど、こうやって顔色を窺いながら渡り歩くのもなかなかに窮屈だ。
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