【so.】岡崎 正恵[3時間目]
部室でジャージに着替えながら、パソコンのスクリーンセーバーを解除した。先月の終業式前日に私の撮った写真が表示された。
「それ、いつの写真?」
たまきちゃんと何か話して遅れてきたアヤリンが、制服を脱ぎながら尋ねた。
「これさ、朝、栗原が開いて見てた私の写真」
「栗原…?」
「なんでかなあ?」
「いやあ、分からない」
「そうだよね」
「どんな写真?」
アヤリンは画面を覗き込んで何枚か見ていたけれど、首を傾げてマウスから手を放した。
「不思議だね」
「ね」
アヤリンが教えてくれなかったら、危うくグラウンドへ行くところだった。小ホールで卓球だと聞いて、少し気が楽になった。参加者全員でトーナメントをするとかで、くじ引きをしたら私の相手はひろ子ちゃんになった。
「私さ、小学校の時、卓球クラブだったんよ」
ひろ子ちゃんと、小学校の頃を思い出すようにゆったりと打ち合った。こういう緩い卓球のほうが楽しいんだけどね。ひろ子ちゃんが拾えなくって失点ってパターンが多くて、そのまま私が勝ってしまった。
次の相手はイズミン。帰宅部の面々はたまに変なポテンシャルを秘めているから、人間って見た目だけで判断出来ないよなあと思うのだけれど、イズミンもまさにそう。軽く打ったサーブを鋭く打ち返されてすぐに実力がわかった。小学校で鳴らした程度の私の実力では、全然太刀打ちできなかった。
私とイズミンの試合を遠目に則子が眺めていたのに気づいて、近づいていって声をかけた。
「則子、やる?」
そう言ってラケットを構えて素振りをひとつ。則子は渋々といった感じで卓の向こう側に付いた。私たちはさっきひろ子ちゃんとやったような緩い打ち合いをしながら、当り障りのない会話を始めた。他のみんなといる時ならまだ少しは話せるけど、則子とふたりきりなんて、まず会話をする機会もなかった。だからこの時間は、お互い無言でいるよりいくらかマシなだけの時間。
「和泉強いのな」
「うん。強かった」
「ブツブツもスゲー強かったよ」
「え、川部さん?」
「そうそう」
則子が向いた視線を追うと、きびきび動く川部さんの姿があった。
「引くわー、あーいうの」
そう言って則子はサーブを放った。私はこの人の、他人を馬鹿にするような所が嫌いだから、返事はしない。それっきり、しばらく無言でラリーを続けていた。
「どういう事だよ! 答えろよ!」
突然、小ホール中にヨシミの叫びがこだました。ヨシミとイズミンが何か言い争いをしながら試合をしているらしい。怖い、怖いなあ。これでまたしばらくこのふたりの間のどちら側に付くかみたいな力のせめぎ合いが起こるんじゃないんだろうか。そういうのに気づいてもいないような振る舞いの出来るジンさんを見習いたいもんだ。
イズミンは試合には勝ったらしいけれど、見た目的には完敗だった。そして決勝戦として川部さんと試合をすることになったようだけれど、とてもそんな精神状態にあるようには見えなかった。
「イズミン、呆然としてるね」
則子は黙って頷き、試合を見守っていた。さすが決勝戦というだけあって、何人か卓の周りで見ていたようだけれど、川部さんに歯が立たない感じで、イズミンは負けてしまった。喝采を浴びる川部さんと、青白い顔をしたイズミン。則子がイズミンに声をかけた。
「ねえ、何があった?」
イズミンは答えず首を左右に振った。向こうでやまちがヨシミへ声をかけるのが見えた。これはしばらく成り行きを見守るほかないよなあ。
体育が終わって部室へ戻り、アヤリンに「はーめんどくせえー」と愚痴ってしまった。
「早く着替えた方がいいよ」
「アヤリンは今日もクールだね」
私はしばらく腰掛けた椅子から立ち上がれなかった。
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