【so.】橘 ひろ子[3時間目]
トイレに行ってから教室で体操服に着替えると、廊下でタイラーともじゃが待っていた。
「部長とそねちゃんは?」
「そねちゃんは体調悪いとか言ってどっか行っちゃった」
「保健室かな。部長は?」
「なんかー、和泉さんと行っちゃったー」
「じゃあ行こっか」
ひんやり冷える廊下から、暖房の効いた小ホールに入った時は生き返る心地がした。体育の石堂先生は寒さなんて関係ないくらいに今日も元気で、大きな声を張り上げていた。卓球のトーナメントのくじ引きが行われて、私の相手は岡崎さんになった。
「私さ、小学校の時、卓球クラブだったんよ」
岡崎さんは自信満々といった雰囲気で、試合では私相手に手を抜いてくれたようだった。まったりとしたラリーを続け、私がことごとくミスして失点し試合が終わった。岡崎さんはクラスでは中心グループに属しているような人だけれど、気さくに誰とでも話すから、さわやかな人だなといつも思う。
「負けた人は他に負けた人と試合してなー」
先生が言う。誰か負けたような人…と見回すと、隣の卓にいた新藤さんが手招きしていた。
「ひろ子ちゃんさー、腹減らない?」
ゆるーいサーブを打ちながら、新藤さんが聞いてきた。
「私はまだだいじょうぶ」
「そうかー。今日はハセベのパンが売りに来る日でしょー? もー朝から何買おうかずっと考えてるわー」
「あ、朝から?」
新藤さんはソフトボール部だから朝練があるとはいえ、何か食べてこなかったんだろうか?
「まず調理パンだとカレーパン、グラタンデニッシュ、ソーセージドッグ、ハムサンド、ちくわチーズ、ジャーマンポテト」
矢継ぎ早に挙げられるパンの数々。それを聞いていると思わずお腹が減ってきそうだ。
「菓子パン路線だとメロンパン、アンパン、スペシャルサンド、フルーツサンド、二色パン、チョコドーナツ、シュークリーム…どれが良いと思う?」
「いくつ食べるの?」
「5つ」
「えええ」
それまでずっと続いていたラリーが、私の所で止まってしまった。急いで球を取りに行き、走って戻った。
「そんなに?」
「食べられるんだもん」
新藤さんは、かははと笑ってサーブをした。
「わたしは2つでお腹いっぱい」
「2つじゃおやつにもならないよ」
見た目通りのすごい食欲だ。
「いやーびっくりした。さっちん見てた? 川部さんつええわ」
中島さんが悔しそうにやって来た。
「ハセベのパン?」
「言ってないだろ。まだパンのこと考えてんのかよっ」
いつもの2人の掛け合いが始まってしまったので、私は「それじゃ」と言ってそこを離れた。田口さんと打ち合っていたタイラーの卓の側で、もじゃがそれを眺めていた。私が近づいていくと、それに気づいたもじゃが話しかけてきた。
「ヒロさんもう負けたのー?」
「もじゃもでしょ」
「ばれたか。それがね、相手がタイラーだったから楽勝かと思ったんだけどね」
「タイラー強いの?」
「一切手抜きなし。中国人かと思った」
「意外だなぁ」
そして目の前では確かに、田口さんとすごい打ち合いを繰り広げるタイラーの姿があった。
「でもタイラー負けそう」
確かにタイラーは田口さん相手に劣勢で、そのうち負けてしまった。
「タイラーすごい! よく頑張ったよー」
もじゃがタイラーの肩をぽんぽん叩いた。悔しそうなタイラーをなだめながら、私たちは壁際に腰掛けた。
「ねーねーこの後さー、ジョーサンの所に行ってみない?」
もじゃはすごく良い事を思いついたみたいに、嬉しそうに私とタイラーに提案してきた。
「何で?」
「好きな人とか付き合ってる人とか、聞いちゃえばいいんじゃない?」
「いきなりー?」
「わからない所があるからとか何でも理由つけて行っちゃえばいいんだよ」
「ええー」
嫌がってるんだか、まんざらでもないのか、いまいちタイラーは分からない。
「私はいいや」
「ヒロさんノリ悪いなー。じゃあ後でどうだったか教えてあげるね!」
もじゃが1人で盛り上がってるなあって思った。
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