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【so.】中島 来未恵[3時間目]

 体育は寒いからとかいう理由で、小ホールで卓球。石堂は部活の時は罵声を浴びせまくるくせに、授業の時は女子受け狙っているのか甘いと思う。卓球はトーナメントをやる事になって、くじ引きを行った結果シードになったから、1試合目は同じくシードになったつだまると立ち話をしていた。

「卓球、得意?」

「分かんないけど、球技ならそこそこやれると思う」

 私はラケットを振りながらそう言った。

「誰と当たりそう?」

 トーナメント表を見ると、井上さんノリカの勝者と対戦する事になっている。

「私は、井上さんかノリカかな」

「そりゃーノリカでしょ。あたしは、橋本さん伊村さんだけど」

「読めないな」

 それで試合を眺めていたら、私の相手はノリカになった。私は軽く柔軟体操をしてラケットを構え、ノリカを見据えた。けれどなんだかノリカの表情が冴えない。

「だいじょうぶ? 保健室行く?」

「体は大丈夫だから」

「じゃあ、悩み事かな?」

「…う、うん…そう」

 それで形だけ試合をしながら、ノリカの悩みを聞いてみた。

「誰かに相談してみた?」

「まだ誰にも」

「私で良ければ相談乗るよ。これでも口は堅いんだから」

「ありがとう」

 でもそれっきりノリカは次の言葉を発しない。これはまだ心を開いていないな。卓球台の上はゆるいラリーが続いている。

「じゃあせっかくだから、私から今の悩みを言うね。実はすっごく好きな人が2人いるんだけど、どちらも同じくらい好きだから、決められないんだ」

「キミちゃん…意外」

 やっとノリカは目を合わせてくれた。

「ひょっとして…ノリカも好きな人がいる?」

 そう言って返したレシーブに、ノリカはまったく動かなかった。

「…わかる?」

 ノリカの顔は真っ赤だった。これは随分と真剣な悩みなんだな。

「ノリカにとって、その人はどういう存在なの?」

「存在…」

 そう言ってしばらく考えこんでしまったノリカ。

「自分にとってのアイドル…かな」

 アイドル! アイドル!? これはまさかの?

「イニシャルは?」

「え、それは…」

「聞きたい」

「分かっちゃうよ」

「誰にも言わないから言っちゃって」

「…M.J.」

 それを聞いた瞬間、私の脳内のヤニーズ辞書がフル稼働し、ヤニーズジュニアで韓国人の周明佑(ジュ・ミョンウ)の検索結果を弾き出した。

「確かにカッコイイ。気持ちはわかる」

「でしょ!」

 ノリカは嬉しそうに言った。なんて事だ。ここにもジュニアに恋する乙女がいたとは。しかもミョンウ君なんて、なかなか通好みな所を選ぶもんだ。

「しかもカッコイイ中に可愛さもあるんだよね」

 私は目を閉じ、ミョンウ君の顔を思い浮かべながらしみじみと言った。

「分かってくれる?」

「分かるよ。同志じゃない」

 ノリカの顔がぱっと明るくなって、でもすぐにうつむいてしまった。

「どうしたらいいかな…」

「悩んでたって解決しない。すぐに行動だよ」

 私も光兄弟の存在を知った時、すぐにファンクラブに入ったもんな。今じゃ会報誌は擦り切れるほど読むし、ほんと入って良かったよ。

「そうよね。ありがとう!」

「よし、試合しようか」

 ニッコリ微笑んだノリカといい試合をした。1セット取られたけど、なんとか私が勝利した。

「キミちゃん、また相談乗ってね。頼りにしてる」

 ノリカは晴れ晴れとした表情で去っていった。なんだか良いことをしたみたいだし、思わぬヤニーズ同志を発見できたしで、私もすごく晴れ晴れとした気分だ。
 次の対戦相手は川部さん。これまでに2人に勝ち上がって来たみたいだけれど、私もノリカに勝ってちょっとやる気が出てきた。

「川部さん、マジでやっていい?」

「では私も」

 それで試合を始めてみたら、ものすごい上手い。体の動く限り頑張ってみたけれど、まったく歯が立たなかった。

「川部さん、びっくりした。すごいわ!」

 川部さんの健闘を称えて私はさっちんの所へ向かった。

「いやーびっくりした。さっちん見てた? 川部さんつええわ」

「ハセベのパン?」

「言ってないだろ。まだパンのこと考えてんのかよっ」

「パンがないならケーキを食べればいいとか言われたらさー、どっちも食わせろ!って思うよね」

「だから何の話だよっ」

 そんなやり取りをしていたら、傍らにいた橘さんは呆れてどこかへ行ってしまった。さっちんはずっとパンパン言ってて面倒くさい。途中、タグっちゃん和泉が揉めて、ちょっとみんながピリピリした感じになったから、さっちんと2人でダラダラと喋っていた。

「キミ、なんか嬉しそうじゃん」

 教室へ戻る時にさっちんに指摘されて気がついた。ノリカが同志と分かった嬉しさが、自然と顔に出ていたようだ。

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