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【so.】三条 宗雄[3時間目]

 ドアをノックして「失礼します」と言って曽根が入ってきた。俺はスマホを机の上に置いて立ち上がった。

「悪いな、急で」

 返事はなかったが、きっと来ると思っていた。

「いつもです」

「ごめんごめん」

 念のためドアの鍵を掛けると、冷蔵庫を開いて曽根に尋ねた。

「何か飲むか?」

「いらないです」

 曽根は愛想なく答えると、準備室の壁際に置いてあるソファの真ん中に深く腰を沈めた。

「面談は終わったんですか?」

「ああ。それでちょっと聞きたいことがあったんだ」

 俺は冷蔵庫の中からコーラを取り出すと、飲みながら机まで戻り、コーラを置いてスマホを手に取った。裏サイトを再び表示すると、曽根の隣に腰掛けてスマホを渡した。

「何ですか?」

「君らのクラスの、裏サイト、ってやつ」

 曽根は無表情でスマホを受け取ると、人差し指を画面の上で滑らせては、画面をじっと見つめている。幼さと気だるさが入り混じって、妙に色気を感じさせる横顔だった。

「…で?」

 初めて俺を見た曽根は、眉一つ動かさずそう言った。

「誰が書いてるかとか、分かるか?」

 そう聞き返したら曽根はもう一度スマホを見つめていたけれど、画面から顔を上げ、スマホを持ち直すと差し出してきた。

「違うカーストの人たちのことは、よく分からないんで…」

 分かればラッキーぐらいの考えで尋ねたから、どうでも良かった。それよりも、こちらへ向いた曽根の唇を間近で見ると、縛り付けていた煩悩が炸裂するような思いがした。

「そうか。ありがとう」

 差し出されたスマホを受け取るやいなや、そのまま曽根に抱きついてしまった。ソファへ横に倒れこんだ曽根の上から、髪や頬から背中に腿へと、手の平を滑らせてはその肉感を感じていた。

「曽根、好きだ」

 耳元でそう囁いて、自然と呼吸が早くなる。だが制服は脱がさない。服を脱がすと一気に一人の女としてしか見られなくなってしまう。俺と曽根の間にある制服が、男と女という認識を諌めて、教師と生徒という関係性を忘れさせずにいた。
 曽根は行為の最中、必ず目を閉じる。怖いのか、その方が興奮するのか、前に聞いてみたけれど「そうですか?」とトボケられて以来聞いていないから、どちらなのか分からない。
 靴とズボンと下着を脱ぎ捨てて、ソファからはみ出した片足で踏みしめた床は冷たかった。俺は夢中で進行する。首筋からいい匂いがする。曽根のまつ毛は長い。

「はぁぁ」

 曽根の吐息が力をくれる。今日こそ冷凍マグロを解凍してやるといつも思っているのだ。2ストロークの呼吸が早まる。

「曽根、卒業したら! 結婚しよう!」

 動きに合わせて声を上げる。なまじそうなってもいいなと思う。トンネルの出口が迫ってきたから、俺は慌てて急ブレーキを踏んだ。

 こんな関係になってどれくらい経つんだっけ。曽根の母親から中学の時の話を聞かされて、そういう目の開いている子なのだと認識してからだ。それとなく誘ってみたら嫌がらなかった放課後。夕日が酷く赤い日だった。

「良かったよ」

 俺は片付けをしながら、曽根の太ももを撫でて言った。返事はないが、いつもこの時間が一番怖い。だいぶ前になるが、一度だけ、曽根が突然泣き出したのだ。その時はうまく収まったけれど、あれ以来注意はしているつもりだ。

「寒いですね」

 起き上がった曽根は、着衣を直しながら、窓の外を眺めて言った。

「曽根、さっきの、裏サイトのことな…何か分かったら、教えてくれな」

 一応それが用事だったんだということを印象付けたかったから念押しをした。チャイムが鳴っていつの間にか3時間目が終わってしまったことに驚いた。

「先生、また」

 曽根は素早く部屋を出て行った。涙がなくて良かった。俺は掃除機を出して、ソファや床を丹念に掃除した。何の痕跡も残らないように。

 机の上に置いたままの飲みかけのコーラを口にすると、すっかり炭酸が抜けて味気ない砂糖水になっていた。

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