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【so.】郷 義弓[3時間目]

 自分の席に座ってまた眠ってしまったらしい。遠くの方で委員長の大きな声が聞こえていたように思う。次の体育の場所が小ホールだって繰り返していた。外じゃないなら寒くなくって良いなって思うんだけど、今こうやってまどろんでいるヌクヌクした感覚が心地良いから起き上がろうって気も起こらない。だらけてるな、私。


「一番怖いものってさあ、なに?」

 和泉ちゃんが問いかける。ご飯を食べながら、のりんが「幽霊」と答える。つだまるちゃんが「あたしも」と同意した。

「親かなー」

 私が言うと、ヨシミちゃんがハハハと笑った。

「確かにサトミのご両親、怖いよね」

 小さい頃に私の家に泊まりに来たことがあるヨシミちゃんにとって、灯りを消してふたりでずっとおしゃべりしていたら、私のお父さんに叱られてしまった事がずっと忘れられないらしい。
 ヨシミちゃんとは家が近くて、同じ幼稚園に通っていた頃からの幼馴染だ。ふたりとも同じヨシミという名前だから紛らわしいっていうことで、いつからか私は苗字のサトと名前のヨシミを混ぜ合わせてサトミと呼ばれるようになった。本当の名前はヨシミちゃんに取られちゃったけど、私は私だけの名前を手に入れられたから、全然嫌な感じに思ったことはない。私の本名を知った人は、なぜ私がサトミと呼ばれているかが分からなくて混乱するらしいけれど。

「ワタシはゾンビとか気持ち悪いヤツが怖い」

 ヨシミちゃんがそう言って、分かる分かると言っていたら、近くでご飯を食べていた伊村さんが「人でしょ」とだけ言って去っていった。

「何あいつ。きんもー」

 和泉ちゃんたちがそんなことを言う中で、確かに人が一番怖いなって、その時初めて思ったんだ。あれはいつのことかなあ。みんな夏服を着ていた気がする。今年かな、去年かな。分からない。

 静かな時間が漂っている教室の前のドアがすっと開いて、体操服姿のノリカちんが中へ入ってきた。ノリカちんは自分の席の上に畳んであった制服を手に取ると、そのまま窓際まで歩いていき、ジンさんの机の上に置いてあった制服と置き換えてしまった。スカートや上着のポケットに手を入れて、一心不乱に中身を入れ替えている。口で呼吸する音が聞こえる。一体何の目的で、こんな奇妙なことをしているんだろうか。ノリカちんはジンさんの制服を自分の席の上へ置くと、そのまま教室を出て行ってしまった。あまりに夢中で、私がいたことにも気がついていないようだった。
 頭の中に巨大なハテナがくるくる回っている。何か犯罪的な行いではないよなあ。制服を交換して、でもポケットの中身は戻して…って、まったくわけが分からない。ジンさんには黙ってた方がいいのかなあ。判断に悩むことが増えてしまった気がする。参ったな。

 そのまま座ってぼんやりしていたら、チャイムが鳴ってみんなが帰ってきて、着替えを始めてしまった。ああ、3時間目もサボってしまった。これを無気力というのか、やる気が全然起こらないのだ。私は頬杖をついて、みんなが着替えている様子をただ見つめている。ジンさんもノリカちんも着替え終わってしまった。つくづく今日の私は全然ダメだ。自分で自分が嫌になってしまう。
 溜息を漏らしたら、一番前の席の井上さんが私に気づいたみたいで、心配そうに近づいてくるのが見えた。

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