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Taylor Swiftの"エンドゲーム" :『The Eras Tour(Taylor's Version)』評

一国のGDPに影響を与えるほどの、音楽史に残る規模のワールドツアー『The Eras Tour』を敢行中の Taylor Swift(テイラー・スウィフト)。そのコンサートフィルムが、昨年の劇場公開に続いて3月14日にディズニープラスでも配信が開始されました。


「これまでのアルバム(The Eras)をそれぞれ振り返る壮大なセットリスト」がメインコンセプトの同ツアー。それはまさに、Taylor Swift 監督による『The Swifties: Endgame』だ。アベンジャーズの敵はサノスだったが、Taylor Swift の敵は Scooter Braun(スクーター・ブラウン)と音楽業界なわけである。


Scooter Braun との確執を一旦おさらいしておくと、『reputation』(2017) まで Taylor Swift のマネージャーであった Scooter Braun は、彼女の了承なく、アルバムの版権を売却してしまったのだ。これに対して Taylor Swift は、自らの版権を取り返すべく、2021年4月にリリースされた『Fearless(Taylor's Version)』を皮切りに再レコーディングバージョンの制作に取り組んでいる。


パンデミック明けのワールドツアーのテーマとして、1枚のニューアルバムをひっ下げたコンセプトツアーではなく、自身のキャリアを振り返るコンセプトにしたのは、過去の作品を半ば強制的に追想させられたことにも起因しているのは間違いないだろう。

実際に敢行されているステージは、全40曲以上、3時間半にもわたる破天荒なセットリストになっている。それももちろん、ヒット曲ばかりの Taylor Swift がキャリアを総括するステージをやろうと思ったらそれくらいのボリュームにはなる。

映画業界にとって2023年はハリウッドストライキの年だった。劇場で回す新作が無い未曾有の状況になったところに、Taylor Swift と Beyoncé のコンサートフィムルがその穴を埋めることになった。さまざまな年齢層のファンにアプローチできる全キャリアを振り返るコンセプト、パンデミック直後の市民のコンサートに対する渇望、インフレによる必然的なセールスの増加、世界中の劇場でコンサートフィムルを回せる状況、これらの偶然が全て重なった結果が『Taylor Swift: The Eras Tour』のグローバル現象化だ。

Renaissance: A Film by Beyoncé (2023)

ちなみに、本物のコンサートよりもコンサートフィルムの方が満足度が高いと噂(私はそう思ってます。)の『Renaissance: A Film by Beyoncé』(2023) のコメントを Filmarks に書いてあるのでそちらも併せてどうぞ。↓↓結構的を得たこと書いてると思います。


2023年の映画業界について付け加えると、昨年は『Oppenheimer(オッペンハイマー)』(2023)、『Barbie(バービー)』(2023) の年でもあった。これらの映画はどちらもSNS上で非常に盛り上がり、北米を中心に「どちらを先に観るか?」などとトレンドになった。結果、パンデミックとストライキによって遠のいていた劇場への客足を伸ばすこととなった。どちらも映画作品として非常に優れているのはもちろんだが(私も鑑賞済み)、久しぶりに劇場に足を運ぶという「体験」がキーポイントになっていた。U2 を皮切りに、ラスベガスの Sphere(球体型複合アリーナ)が話題を呼んだが、それも音楽コンサートに行くというよりも、「体験」しに行く感覚の方が近いだろう。

U2 in Vegas Sphere

つまり何が言いたいかというと、『Taylor Swift: The Eras Tour』も「体験」の場だったのだ。


"Lover" Era

Miss Americana & the Heartbreak Prince
Cruel Summer
The Man
You Need To Calm Down
Lover
The Archer *配信で追加


ミス・アメリカーナこと Taylor Swift。これは2020年に公開された Taylor Swift のドキュメンタリーのタイトルでもありました。こちらも必見。

リリースから数年遅れで大ヒットを記録した「Cruel Summer」を大冒頭にもってきての観客とシンガロングとは、大したもんです。カメラワークが神がかっていると噂だった「The Archer」も、配信版では追加されています。

"Fearless" Era

Fearless
You Belong With Me
Love Story

私にとっての今ツアーのハイライトはすでにここです。ダンスが苦手な Taylor Swift は、基本マイク1本で歌っているときの動きが3パターンくらいしかないのですが、だからこそ「Fearless」でアコースティックギターを弾きながらクルクル回っている瞬間がたまらなく愛おしく感じます。これら3曲はミレニアム世代とZ世代の中高時代のアンセムだったんだと、強く実感しました。3分のラブポップソングは一番書くのが難しいと思っている身としては、わずか19歳でこれらを書き上げてしまった才能にひれ伏すしかありません。

"evermore" Era

willow
marjorie
champagne problems
tolerate it

パンデミックアルバム第2弾『evermore』より。このアルバムは『folklore』の姉妹アルバムとされているので、セットリストでは一緒にしても問題なかったと思いますが、贅沢に4曲も。「tolerate it」では宴卓を施してドラマ仕立てに。

"reputation" Era

…Ready For It?
Delicate
Don't Blame Me
Look What You Made Me Do

闇落ち期こと『reputation』Era。個人の感想にすぎないですが、ここでの Taylor Swift のパフォーマンス力はちょっと見劣りますね、、陳謝。

"Speak Now" Era

Enchanted
Long Live *配信で追加

先に述べたように、ステージ演出、衣装、振り付けといった、パフォーマーとしての魅力はそこそこの Taylor Swift ですが、やはりギターをもって歌ったときのナラティブの盛り上がり方はズバ抜けていると思います。

"Red" Era

22
We Are Never Ever Getting Back Together
I Knew You Were Trouble
All Too Well (10 Minute Version)

「22」と「We Are Never Ever Getting Back Together」のダンサーたちとのわちゃわちゃ感に、高校の文化祭の出し物感を感じました。通常アーティストのコンサートだったら目玉曲になるである、尺10分の「All Too Well (10 Minute Version)」でさえもサラッと演奏してしまいます。忘れたくても忘れられない2人の日々を綴ったこの曲は、壮大な3時間半の映画のモノローグシークエンスと言っていいでしょう。

"folklore" Era

the 1
betty
the last great american dynasty
august
illicit affairs
my tears ricochet
cardigan *配信で追加

私が一番好きなアルバムです。このアルバムがなかったら、私はパンデミックの2020年を生き延びていませんでした。このアルバム(と『evermore』)が彼女のキャリアにおいて異端なのは、MCでも語られているように、複数のキャラクターが登場したり時間が行ったり来たりするフィクション作品であるという点です。それを視覚化したのが "folklore" Era のステージセットになっています。

"1989" Era

Style
Blank Space
Shake It Off
Wildest Dreams *配信で追加
Bad Blood

もっとも王道でポップな Era です。「Style」の1番のサビの、Taylor Swift を横から捉えたショットが最高なのでぜひ注目してみてください。

Surprise Set

Our Song
You're On Your Own, Kid


"Speak Now" Era で述べましたが、座ってピアノを弾くか、立ってギターを弾いているときの方が演出も曲も映える気がします。

"Midnights" Era

Lavender Haze
Anti-Hero
Midnight Rain
Vigilante Shit
Bejeweled
Mastermind
Karma

最後に最新作です。大団円ですね。

エンドロール後に「I Can See You」、「Maroon」、「Death By A Thousand Cuts」、「You Are In Love」も追加されています。


Taylor Swift の次回作もすでに予告されています。『The Tortured Poets Department』というタイトルで2024年4月19日に発売予定です。タイトルやアートワークから想像するに、直近数作のようにリリックに重きが置かれたフォーク/シンガーソングライター的なアプローチになると思われます。もし『folklore』並みに良い作品だったら、たぶん全曲和訳します。

The Tortured Poets Department (2024)


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