[悲嘆をめぐるエンタメnote]_002『ゼロの焦点』の未亡人から<巻き込まれ型ヒロイン>の行間を教えてもらった件🦋
ごきげんよう、ある未亡人です。
このマガジンでは、
エンタメ作品に描かれている喪失や悲嘆をとりあげます。
🦋2回目は、松本清張先生作『ゼロの焦点』です。
(リンク張っとこ。ウィキペディア『ゼロの焦点』)
それでは、はじめます。
この作品、
松本清張先生の原作を読んだはずなのに、
映画やサスペンスドラマでの印象がやけにのこっています。
実際、実写化されまくってますね。
ヒロイン禎子は、エンタメ専門用語でいいますと、
<巻き込まれ型主人公>です。
みるみるうちに事件に巻き込まれていき、
真相究明の旅をするなかで夫の秘密を知っていきます。
ミニ知識としては、
野村芳太郎監督版の映画で使われたラストの断崖のシーンがもとになり、
サスペンスドラマのラストのお約束(崖で犯人が告白)が出来たとされています。
この作品じたいが日本の2時間ものサスペンスドラマの原型です。
(📍ここで、先にネタバレのお詫びをしておきます📍)
すでにお気づきのとおり、わたしは、
ヒロインをのっけから未亡人呼ばわりしております。
呼ばわっておきながら、いまさらなんなのですが、
このように著名な<国民的ネタバレサスペンス>の場合、
いったいどこまでがネタバレになるのでしょうか。
わからなくなっております。
結果から言うと、
ヒロインの旦那さまはとある理由から、すでに亡くなっちゃってます。
(📍その理由だけは書かず、ミステリーにしておきます📍)
<<『ゼロの焦点』あらすじ>>
新婚旅行から十日後、禎子の夫は金沢へと出張に出かけた。
が、予定を過ぎても夫はいっこうに帰宅しない。
新妻である禎子は困惑し、夫の会社と連絡を取るが、行方がわからない。
出張先の金沢へ、夫の同僚とともに捜しに行くのだが、
自分が夫のことをよく知らないまま結婚したことに愕然とする。
最新の、映画版(犬童一心監督)は2009年公開でした。
広末涼子主演。
というわけで、
わたしのアタマの中のヒロイン像は、現在、広末涼子になっています。
メインの女優は、まさに三者三様。
過酷な経験をしてきた女性たちがもっている、
「とにかく生き抜く!」という、どっしりした空気感も素敵で、
いいバランスでした(しみじみ)。
🦋
さて。
ヒロインをつとめる禎子という女性は、
すすめられたお見合いで結婚したばかりの専業主婦です。
新婚旅行後、まだ十日ほどしか経っていません。
なりたてほやほやの新妻ちゃんの夫は、仕事の出来る広告代理店営業職。
押し出しが強く、女性にモテそう。
新妻はしあわせの絶頂にいたはずでした。
そんな彼女が、夫の失踪をきっかけに、
唐突で失礼きわまりない、理不尽な状況へと巻き込まれていきます。
しかし、このヒロインは、
愛する夫が行方不明になり、内心ではかなり動揺しているはずなのに、
驚きっぷりがそれほど外にダダ漏れてはいません。
騒ぎ立てない。そういう性格なのでしょうか。
誰かに忠告されたわけではなく、冷静さを保っています。
彼女が動揺を表出させないぶん、
わたしたちは、彼女の行間を読んで、
代わりにツッコミを入れたりする。
心配になって勝手にハラハラドキドキしたり、
つぎの展開を想像するための余白がもてています。
つまり、
巻き込まれ型のヒロインとして、
彼女は、ちょうどいい具合の行間をもっている女性なのです。
🦋
さて。
わたしはこのヒロインに、とくべつなこだわりをもっています。
わたしのこころには、ずうっと昔から<彼女>が住んでいたからです。
説明しますね。
わたしはおそろしく気がちいさいせいで、
夫と出会ったばかりの当初から、
いつでも最悪のことを想像しながら生きてきました。
自分の夫が亡くなったことを知る際に、
いったい、どんなケースが最悪だと考えられるだろうか。
最悪のケースをいつでも想定しておきたい。
いざというときに取り乱さないように、こころづもりしておきたい。
そうでないとわたしは、はしたないほどに動揺してしまうだろう。
ことあるごとに、そうおもい、おびえていました。
そして、
わたしが想像していた、
妻として夫の死を知る最悪のケースこそが、
松本清張の『ゼロの焦点』のヒロインでした。
作品が発表された時代は、1958年。
お見合い結婚が優勢で(恋愛結婚は4割弱)、
相手のことをよく知らずに所帯をもつかたも多くいたことでしょう。
妻は夫のことをどれくらい知っているのだろうか。
そもそも結婚生活にとって、伴侶の過去を知ることは重要だろうか。
そのような疑問を体現し、投げ込まれるかたちで、
この小説のヒロインは、
旦那さんの過去をじゃんじゃか知っていくことになります。
過去の女性の存在も一緒に・・・。
🦋
2時間ドラマではよく、
警察から奥さんのもとに突然の電話が入りますよね。
旦那さんが突然亡くなったというお報せです。
「えっ・・・」
奥さんが電話を持ったまま絶句するシーンがよくあります。
いまだったら、携帯に連絡が来るのでしょうか。
そう。
たいていの奥さんは絶句し、受話器をかたく握りしめます。
そのあとは、およそ3パターン。
(1)その場に崩れ落ちる。
(2)その場に立ち尽くす。
(3)その場で失神する。(しないまでも誰かに背中を支えられる)
わたしの夫は身体が丈夫ではなかったので、
つねづね、彼が出先で亡くなることを想定し、
この3パターンをつねに思い描きながら生きてきました。
すでに「未亡人の十年」をお読みいただいているかたにはご承知の通り、
わたしは性格的にそうとうボンヤリしておりますので、
迷惑をかけないよう、日頃から死の一報を受けた際のシミュレーションをし、
脳内死亡訓練を繰り返してまいりました。
しかし、実際にそれが起きたときには、愕然とし、フリーズしてしまいました。
しかも、
脳内訓練では電話での報せしか想定していませんでした。
まさかですね・・・
自分のホームページ経由で訃報メールを受信するなんて・・・。
死後1日経ってから告げられるなんて・・・。
さらに、まさか愛人が最初に夫の死に気づいたなんて・・・。
想定していませんでした。
それにかんして、ある編集者がわたしに言いました。
事実ってさ・・・2時間ドラマよりも陳腐だよね。
それじゃあ、きみ、小説のネタにもできないじゃん。
おっしゃるとおりでございます。夫に失礼だな・・とはおもいつつも、
よりによって激アツなテレビドラマファンである自分が、こんな目に遭うなんて。
いまおもえば、
怒り、取り乱し、泣きわめき、やたらめったら場当たり的に、
なにかしら暴れまわるように行動化していたほうが、
悲嘆をこじらせることなく、ひきこもることもなく生きられたかもしれません。
でも、わたしはそのようにはできませんでした。
これにかんして、さきほどあげた発言の人物が言いました。
周りにいたひとたちからは、ケロッとして見えてたんだろうなあ。
感情が先走ってるひとのほうが、人間味ってあるんだよなあ。
そういえば、
映画『おくりびと』では、棺に駆け寄って号泣する女性が描かれていました。
アカデミー賞受賞作品。
全米もあの光景をニッポンの人間味描写のひとつに認めたってことでしょうか。
しかし、わたしの人間味は、全米が認めたタイプのものとは違いました。
ここですこし、考えてみたいのです。
「かなしい」と口に出したひとだけが、かなしいのでしょうか。
卒業式で泣かないと冷たい人って言われるのでしょうか。
もちろん、そんなことはありません。
しかし、実際には、
相手が思い通りの反応をしなかったからといって、
「かなしんでない」「ケロッとしている」などと、
安易に決めつけるひとたちが多くいることを体験してきました。
なんと言われようと、
わたしの人間味は、わたしのものです。
🦋
じつは、この記事を書くために、
週末、ひさびさに、野村芳太郎監督版の『ゼロの焦点』を観ました。
見ながら、ふと、大事なことをおもいだしました。
わたしは20代の一時期、
巻き込まれ型のサスペンス作品にドハマリしていました。
ヒッチコック監督の映画作品はすべて観倒したし、
松本清張作品もほぼ読破しました。
あの時期、あれほど巻き込まれ型の設定にドハマリしたのはなぜなのだろう。
巻き込まれ型主人公がもっている雰囲気や、
行動していくうちに生じる偶然の旅情が好きなのかな。
以前は、そうおもっていました。
けれども、今回の記事を書いていくうちに、気づきました。
わたしは、
巻き込まれている主人公特有の、
驚きやかなしみの行間を読んで、体験したかったのだとおもいます。
性別だけじゃなく、かなしみにも多様性がある。
脳内死亡訓練なんてしながらも、
禎子のような巻き込まれ型ヒロインの姿から、
わたしは謙虚に、かなしみの行間を学びたかったのだとおもいます。
そして。
ここまで書いてきといてなんなのですが、
わたしはいま、
自分自身こそが巻き込まれ型ヒロインであることに気づきました。
夫を亡くしてからの自分は、
立派に、巻き込まれ型ヒロインとしてのおつとめを果たしている。
なんだかいいかんじの気づきを得ました。
3500字以上書いただけのことはあった。
よかった。よかった。
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