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ヴェネツィア 暗闇ホテル

ある夏、ちょうどパリに駐在していた友人と、ミラノで待ち合わせて北イタリアを数日旅行したことがある。

一人の時は、2つ星や3つ星のホテルだけど、そのときは彼女のためにミラノとヴェローナ、ヴェネツィアの4つ星ホテルを予約した。
ミラノのホテルの朝食は、ちゃんとハムやら卵のある簡単なバイキングでちょっと感動。
いつも朝ごはんはイタリアらしく、コルネット(クロワッサン型のパン)とカプチーノだったので。

ヴェネツィアを訪れるのは二度目で、一度めはバックパッカーのようなものだったから、運河や広場から離れた安ホテルに泊まった。
受付のお兄さんが美形で、すごく大きな指輪をしていたのを妙に覚えている。

今回予約した4つ星ホテルは運河沿いで、楽しみにしていた。

明るいうちにヴェネツィアに着き、荷物を預けて夕食をとってからホテルに向かうが、あるはずのホテルが見当たらない。
よくよく見てみると、ホテルの建物に明かりがついていなくて、前の通りは賑やかなのに、そこだけが真っ暗な状態。
嫌な予感がして受付に行ってみると、やはり停電だという。

日本だったらお客には平謝りなのではと思うが、そんな謝罪はない。
「長年このホテルに勤めているが、こんなことは初めてだ」と落胆している受付のおじさんを、客らしき男性が慰めていた。

部屋に行くにも階段が真っ暗なので、受付で懐中電灯を借りようとするが、無いという。暗闇のなか、なんとか自分達の部屋に辿り着き、運河に面した窓を開け、街灯の明かりを部屋に入れる。

暗過ぎて、何もすることがないのでバスルームの窓も開け、薄明かりのなか、お風呂に入った。

運河の水の音、ポポポポ・・と船がゆく音。観光客のざわめき。
お湯につかりながら、そんな音を聞いて、ぼーっとしていた。

翌朝は快晴で、テラスで朝食をとる。
ホテルは何事もなかったかのように動いていた。

時がたってしまうと、その時その町で何を見たのか
多くのことが、頭の中の記憶の森から抜け落ちてしまう。
ただ、この時の、薄暗いバスルームから見た運河の水の流れと
船が行く長閑な音だけは、はっきりと思い出せる。

photo by KAORI K. (photofran),  venezia 1988


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