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息子に紡ぐ物語

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1男1女の子供を持つ平凡なサラリーマンと、父で作家の「長谷部さかな」は、不思議なキッカケから毎日メールをやりとりすることに。岡山県の山奥にある見渡す限りの土地や山々はどのように手…
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2022年8月の記事一覧

【293日目】順天堂大学付属浦安病院

【293日目】順天堂大学付属浦安病院

ご隠居からのメール:【順天堂大学付属浦安病院】

夕方、順天堂大学浦安病院への入院手続きをすませ、いよいよ入院生活を体験する身分となった。ベッドに寝転がった体のは点滴のチューブが三、四本つながれている。

発熱外来では軽症の診断だったが、大学病院の医師の診断では、中等症IIだったので、驚いた。熱は38度9まで上昇し、その後、酸素投与やステロイド投与などの点滴治療を中心とした治療をほどこされた。その

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【292日目】保健所による調整

【292日目】保健所による調整

ご隠居からのメール:【保健所による調整】

コロナ陽性が確認されたときは、軽症なので、当分は自宅療養、入院の必要はないとのことだった。午後になって市川保健所から電話が入り、パルスオキシメーター(血中濃度酸素濃度測定器)の数値が基準値の95%を下まわっていることから、ご希望であれば順天堂浦安病院への入院を調整するという申し入れがあった。あくまでも保健所からの指示や要請ではなく、患者本人の希望による自

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■【より道‐97】戦乱の世に至るまでの日本史_時代を超えた因果応報「嘉吉の乱」

■【より道‐97】戦乱の世に至るまでの日本史_時代を超えた因果応報「嘉吉の乱」

鎌倉から室町の中世時代を学ぶことで、ご先祖様のターニングポイントを想像できるようになってきました。

平安時代末期の「以仁王の挙兵」。鎌倉時代末期の「船上山の戦」。そして、足利義満(よしみつ)の謀事「明徳の乱」では長(長谷部)一族が同族同士で戦った様子がうかがえます。

そして、我が家の「家系図」をみると、その後の中期から後期にかけては、長谷部信明さん、そして長谷部義行さんが、室町時代を過ごされて

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【291日目】意識もうろう

【291日目】意識もうろう

ご隠居からのメール:【意識もうろう】

体温38度3へ上昇。意識もうろうとなり、何か話そうとしてもロレツがまわらなくなる。白旗をかかげて、タクシーで虎ノ門浦安クリニックの発熱外来を訪れることにした。この判断は、私自身が下したものというよりも、市内に住む長女の意向が強く反映されている。

実は、私はすでにエンディング・ノート(遺書)を書いていて、その中に、「万一の場合でも、救急車を呼ぶな」という一条

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【290日目】高熱

【290日目】高熱

ご隠居からのメール:【高熱】

ついに体温が38度に達した。37度台で推移しているうちは、平然としていたが、さすがに38度になると、周章狼狽、うろたえる、今までほとんど経験したこともない未知のゾーンに入ってきたのだから、今や令和四年の私の症状はすでにまともではない。

日常生活とはまったく関連のない唐突な話だが、高熱から熱河作戦を連想した。熱という言葉からの単なる連想に過ぎないが。

<<<次回の

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【289日目】ガマン強い

【289日目】ガマン強い

ご隠居からのメール:【ガマン強い】

私は自分がガマン強いほうだと自覚している。しかし、この期に及んでもまだ自然治癒に期待をこめて、病院へ行こうとしないのはガマン強いというより、融通のきかない頑固ジジイの性格というべきかもしれない。

まさか、自分がコロナ陽性になるとは思いもよらないことだった。日本人にはコロナに感染しやすい人と感染しにくい人との二種類があり、自分は後者に属すると、何の根拠もなく、

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■【より道‐96】戦乱の世に至るまでの日本史_時代を超えた因果応報「嫡子断続」

■【より道‐96】戦乱の世に至るまでの日本史_時代を超えた因果応報「嫡子断続」

■四代将軍と五代将軍

第三代将軍・足利義満(よしみつ)は、有力大名であった土岐氏、山名氏、そして南朝勢力を衰退させることで南北朝合一を果たしました。その後、「応永の乱」で西国の有力大名・大内氏まで弱体化させると、足利義満(よしみつ)は自身に「太上天皇」の尊号が贈られないかと、朝廷に対して働きかけを行ったそうです。現代でいうと、明仁上皇と同じ位ですね。

1408年(応永十五年)足利義満(よしみつ

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【288日目】コロナ陽性

【288日目】コロナ陽性

ご隠居からのメール:【コロナ陽性】

発熱外来でPCR検査を受けた。結果はコロナ陽性と告げられ、ガクゼン・・・・・・。

私はもっぱらステイホームで暮らしている。自分がコロナに市中感染するとは想定外のありえないことだった。しかし、コロナ陽性が確認されると、私は統計上は、コロナ感染者である。統計の世界の単なる一数字になってしまったのだ。

人間には二種類あり、あちら側にいるのは健常者、こちら側にいる

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【287日目】咳

【287日目】咳

ご隠居からのメール【咳】

私はぜん息という基礎疾患を持っているので、日ごろから咳には敏感になっている。かかりつけのクリニックでは、咳ぜん息とアレルギー性鼻炎の合併症という診断を受け、処方箋に基づいて二種類の薬を毎日服用しているが、あまり効果はない。医師の口ぶりからおしはかると、どうやら老人の咳は完治する可能性はなさそうだ。

およそ三年間、服用を続けているが、改善の兆候が見られないので、最近は、

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【286日目】大雪

【286日目】大雪

ご隠居からのメール:【大雪】

大雪が降った。足が滑るから外出はひかえたほうがよいと家人に言われたが、隣町の歯科医で予約をとっていたので、定期健診を受けてきた。往復にはバスを利用している。乗客の誰かから空気感染したか、エアロゾル感染、あるいは接触感染した可能性もないとはいえない。

夜、はげしい咳込みの発作が起こった。

返信:【Re_大雪】

82歳の高齢で、コロナ感染していたら、大変だね。咳は

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■【より道‐95】戦乱の世に至るまでの日本史_義満の謀事「応永の乱」

■【より道‐95】戦乱の世に至るまでの日本史_義満の謀事「応永の乱」

周防・長門・石見・豊前・和泉・紀伊などの守護大名であった大内義弘は、足利義満の2歳年上で、いちばんの家臣でした。

全国行脚するために安芸の厳島神社へ参拝にも随行していますし、九州探題の今川了俊と共に九州平定のために挙兵しました。また、1391年(明徳二年)に起きた「明徳の乱」で活躍した翌年には、南北朝合一の仲介役までしています。

そのような忠義を尽くした大内義弘を足利義満は追い込み「応永の乱」

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【285日目】市中感染

【285日目】市中感染

ご隠居からのメール:【市中感染】

近所に住む友人とイオンの喫茶店でコーヒーを飲みながら約一時間にわたり歓談した。

その間、三十分以上、マスクをはずしていた。喫茶店には客の数が多く、換気はよく行われているとはいえ、空気やエアロゾルの飛沫は飛びかっていただろうと思う。

その後、整骨医でマッサージをしてもらった。所要時間は約四十分間。マッサージ師ともマスクをはずして会話した。また、日の出公民館の図

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【284日】疫病の日本史

【284日】疫病の日本史

ご隠居からのメール:【疫病の日本史】

人類の歴史をふりかえってみると、狩猟や漁撈を中心に暮らしていた大昔、日本でいえば、縄文時代には感染症は大流行していない。少人数で野山や海浜で動物を狩り、魚介類を採捕する暮らしでは、いわゆる三密(密閉・密集・密接)にはなりにくい。

弥生時代になって、農耕社会へ移行すると、人口が増加し、三密にもなりやすくなったが、周囲を海に囲まれた島国なので、外国と接触する機

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【283日目】初詣

【283日目】初詣

ご隠居からのメール:【初詣】

数年前まで、初詣は成田山新勝寺まで出かけていたが、最近は地元の豊受神社で一時間ほど並ぶことにしている。成田山新勝寺なら五時間以上、並ぶところだ。

豊受神社の御祭神は、豊受姫大神である。「古事記」によれば、天照大神はこの神から五穀の種子を受け、神産巣日神は、この神から五穀・養蚕の道を受けたという。五穀豊穣の食物の神だから、太平の時代の初詣にはふさわしい。

今年の冬

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