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「かわいい、おはしには旅をさせろ!」

なくなる、おはし

「ロータ、まだ残ってたのか」
「あ、先生」と両手で何かを素早く隠す。
「どうした、ロータ。何か隠し事か」
「先生には関係ない」
「はっはん、先生の誕生日が近いからって、サプライズでも考えているんだろ」
もし、それが本当だったら、それを言っちゃう先生どうなんだろう・・・
と思いながらロータは、手をどけた。
「ああ・・・おはし、か」と机に置いてある、おはしを手に取ろうとする。
「だめ」
と、先生の手を払いのけた。
「痛っいよ、ロータ、叩くなって、いつも言ってるだろ」
と、おはしに目が留まる。
「その、はしって・・・」
「そう、今日戻って来たの」

ロータはよくモノをなくす。つい一秒前に置いたものがどこにいったかも忘れてしまう。クラスのみんなで探すのが日常茶飯事なのだ。
最近では、みんな慣れてきたのか、指示するもの、探すもの、ロータに質問するものと分かれて、効率よく探せるようになってきた。

でも、このおはしは、まあ、よくなくなる。
この前なんか、斜め後ろの席のシホちゃんの筆箱に入っていた。
なぜ、そんなところに入っていたのか、ロータはもちろん、クラスのみんなも、先生も分からない。
なので、当然といえば当然なのか、堂々と、2年3組七不思議のひとつに認定されたばっかりだ。

「戻ってきたのか。よかったなあ」と、肩に手を置き、
「じゃあ、そろそ・・・」
「たぶん、冒険しに行きたいんだと思う」
え、と言う間もなく、
「この、おはし旅に出させようと思うんだ!」
と、真っ直ぐな目で先生を見てくる。
夏に入ろうかという日差しの中、少しずつロータの後ろで影が伸びていく。

「え・・・旅?」
「うん、このおはし、よくなくなってた、じゃん」
「そうだね」
「他のなくなったものと違って、ボクから離れたところから見つかること多かったでしょ?」

「そういえば・・・」と、視線を天井に向けた。
シホちゃんの筆箱以外にも、黒板消しクリーナーの中にも入っていたし。もう異次元の話なのは確かだ。

「そのおはしが、変なところで見つかるのは、冒険や旅がしたくて飛び出した感じなのかな」
「うん、そうだと思う、だから」
「だから?」
「今、旅支度を手伝ってあげて、お別れの挨拶をしてたんだ」
「そうだったのか。言ってくれれば、みんなも残ってくれたはずだよ」
と、先生は、みんなが探している様子を思い浮かべた。

「そうだね。でも、これはボク一人で送り出してやりたかったんだ。男として・・・」
「でも、先生に見つかっちゃった」とはにかみながら、ロータの目には、うっすらと透明の膜が広がっている。

「先生、出ていこうか」
「いいよ、先生も一緒に見送ってよ、でも、みんなには内緒だよ」
「わかった。先生とロータの二人の秘密だ」と、先生は小指を差し出した。
その小指を、おはしでつまむ、ロータ。
「指切りげんまん、嘘ついたら、おはし千本のーます、指切った!」
「おい、ロータ、針千本より辛そうじゃんか」
「嘘つかなきゃいいんだよ」
「そりゃそうだけどさ・・・」
先生は、おはし千本、口に入れるのをイメージしたせいか、あごを両手で抑えながら、口をパクパクさせている。まるでムンクの叫びのよう。
「先生何しているの。鯉のマネ?」
「いや、おはし千本入るかな、と思って」
「入るわけないでしょ」
ロータも一緒にマネしながら、冷静に突っ込んだ。

筆箱から、街の蕎麦屋さんの、紙でできた割り箸入れを取り出して、その中におはしを入れるロータ。それをおでこにあてて、ロータは何かブツブツ言っている。不思議そうに見守る先生。

「これで、よし、と」先生に、おはしを渡すロータ。
「先生も挨拶して」
「別れの挨拶か、いや旅立つから、贈る言葉だな」
先生は一回咳払いをし、手に力入りすぎてか、ブルブルしている。
おでこにあてて、先生は話し出した。
「・・・えー、本日はお日柄もよく・・・」
ロータは目を細めた。先生はビクっと肩を震わせた。
「おはしさん、いや、おはしくんかな。今までロータがご飯食べるの手伝ってくれてありがとうね。おはしくんがいないと・・・いなくなること多かったけども、ロータは手でご飯を食べないといけない状態になってました。とても助かったよ」

ロータは目を瞑って、下を向いている。
「おはしくんは、どうして旅立ちたいのかな?ロータのそばにいるのが嫌なのかな?・・・そっか。ロータを強い男にさせたいんだね」
「違うよ、先生・・・ボクが、強く大きな、おはしにさせたいんだよ!」

ズキューン、っと先生の心を何かが貫いた。
「・・・強く大きな、おはし・・・」
自分の前に立ちはだかる筋骨隆々のおはしを思い浮かべ、恐怖する先生。

「かわいい、おはしには旅させろ、って言ったじゃん!」

先週の国語の授業の時、確かに「可愛い子には旅をさせよ」の話はした。
「それはだな・・・」
「だから!」
「ごめんごめん。その気持ちが大事なんだよな」
「そう」ロータはおはしを手に取り、
「僕だって、別れるのは辛いよ」
先生も、おはしを見つめる。
「意思を尊重したいじゃん」
「ロータ、難しい言葉、知っているなぁ」素直に感心した。

「茶化さないで」
「ごめん。・・・覚悟はできたんだな」
「うん」
ロータは男の顔になっている。先生は自然と涙ぐんできた。

ロータは、机の上に、おはしを置く。
おはしの横には、大粒の水たまりができ始めている。
ロータは鼻水をすすりながら、
「じゃあね、今度会うときは、どんな重いものにも屈しない、大きなおはしになってきてね」

旅に出た?おはし

名称未設定のデザイン

次の日、ロータの机の上には、おはしがなかったので、事務員さんが落し物として持って行っちゃったかと思ったが、落し物入れにはなかった。

ロータになんとなしに聞いてみたが、ちゃんと旅立ったと言ってくる。
昨日、おはしを残して、一緒に帰ったんだが、途中で戻って来たか聞いてみたが、そんな女々しいことはしてないと。

「ということは、本当に旅立ったんだな・・・良かったぁ」
不思議と胸をなでおろすことができた。


それから数年間、ロータのおはし風の、「何か」を先生は目にすることとなった。見つけるたびに、成長している姿を見ることができてうれしく思ってた。
他の先生のおはしから始まり、事務員さんの鉛筆だったり、校長室にある掛け軸の上下の棒だったり、運動会の棒倒しの棒だったりと。
こんなこともあった。

いつも学校内でしか、おはしを見ていなかったのだが、過去に一回だけ、学校の外で、しかも、先生のうちで見かけたんだ。

先生の奥さん体調崩しちゃったときに、先生が赤ちゃんにご飯を食べさせようとしたんだけど、いつも使っているスプーンがなくなっちゃったんだ。
赤ちゃんは、お腹すくと目一杯泣くんだけど、その時は泣かなかったんだよ。

不思議に思って、振り向くと、赤ちゃん、ロータのおはし風のスプーン握っていたんだ。しかも、めっちゃ嬉しそうに、キャッキャいいながら。
あれには、本当にびっくりしたね。寝ていた奥さんも起こしちゃったし。

なんだろうね、ロータの優しさを感じたよ。ロータとおはしは似た者同士なのかもね。

次の日、奥さん元気になって、昨夜のこともう一度話したら、覚えてないっていうし。スプーンもいつものスプーンに戻ってたし。
でも感動しました。
ロータのおはしは、確実に色んな経験を積んでいるようだった。

もちろん、他の人にはこれらが、ロータのおはしだと分かる由もないけど。

強くて大きくなって帰って来た、おはし

ロータも最高学年、6年生になりました。
今日は、ピカピカの1年生に給食を振舞ってあげる日です。

ロータは給食当番のリーダーです。
前に出て、大きな声で誘導します。
「さあ、みんな、こっちから一列に並んで、順番に料理をもらっていってね」

ロータも、おかずの前に立って、1年生が来るのを待ってます。
「お兄ちゃん、お願いします!」
「オッケー。どれがいい?」
寸胴鍋を覗き込むように男の子は、指をさした。
「これと、これと、これ!」
「わかった、これと・・・」
ロータの右手には、どんなに重いおかずにも屈しない、大きなおはし、そう「菜箸」が握られていました。

「お兄ちゃん、ありがとう!」
「おかわりもいっぱいあるからな!」

サポートしていただけるように、精進する所存でございます!