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続:人間は生まれない(+哲学)

哲学(史?)を独学で勉強し始めたころ、私はある直観を抱いていた。ある意味では、「知性」が現れ始めていた時だったかもしれない。

その時、こういう記事を書いた。

「人間」という存在についての、不確かさ、不安定性について、なんとなく書いたもの。確か、プラトンやアリストテレス辺りを勉強した時に、頭の中に勝手に蓄積されていった、直観のようなものを、可視化したものだ。

宇波彰さんの『ラカン的思考』というものを読んでいた時、生物としての人間と、考える主体(?)としての人間に区別をつけるこの考えが、この本のある文章に一致していると、私は感じた。

思考しない状態の主体は、まだ主体であるが、思考すると同時にその主体は存在しなくなる。言語を使うこと自体が、すでに主体をその言語が作るル・サンボリックに組み込むことだからである。(宇波彰、2017、28)

私は、この思考しない状態の主体と、思考した途端にいなくなる「欠如としての主体」という区別を、完全に同一というわけではないが、行っていたのかもしれない。

そう思える文章を、私の記事から引用したい。

まず、2020年2月26日に書いた「人間は生まれない」という記事より

元来から、つまり生まれたときから「主体性を持った人間」など存在しないということになるということだ。では私たちが生まれたときは、一体何者なのか?それは生物学的な「ヒト」であるのみで、それ以外のものではありえない。この地球には、「ヒト」であっても「人間」ではない者は多く存在する。だから、「人間は生まれない」。「人間」は後天的な存在であると考えた方が自然に思える。

無理やりかもしれないというのは承知の上で言おう。

人間という生物に、その時々においての区別があると、私は「人間は生まれない」という記事で言わんとしていた。そしてこの記事では、「主体性を持った人間」というのが、生物としてのヒトとは異なると書いてある。

『ラカン的思考』にある、考えようと思った瞬間に、主体が消えるという、その時々で、人間の様相が変化するという点では、私の以前の記事の内容は、『ラカン的思考』と似ているのではないかと感じた。

そして奇遇なことに、「ラカン」という人物は、構造主義の影響を受けている。『ラカン的思考』の中にも、そのような旨の文章があったことも覚えている。そして先ほどの引用した「人間は生まれない」という記事も、実は私が構造主義について勉強していた時に書いた記事だったことを思い出す。

偶然にしては、面白い一致だなぁと感じた。

そして、また人間は、また別の意味で、その時々によって異なる様相を呈すということを、2020年3月11日に書いた記事「人間は常に人間ではない」において書いている。

その文章を引用する。

おにぎりを食べている時は、私はニンゲンになっている。自分の身の安全を確保しようとしたり、集団に属そうとしたり、自分の存在を認めてもらう時は、私は「人」になっている。そして、哲学的な問いについて考えている時は、私は「人間」になっているのだ。

『ラカン的思考』の中の、「思考しない状態の主体は、まだ主体である」という文書は、まさに私の書いた記事の中の「おにぎりを食べている時は、私はニンゲンになっている。自分の身の安全を確保しようとしたり、集団に属そうとしたり、自分の存在を認めてもらう時は、私は「」になっている。」に似ていると思うのだ。

より簡潔に書くのならば、「思考しない状態の主体は、まだ主体である」=「ニンゲン・人」生理的・社会的欲求を充足したがる者としての)ということである。

哲学的な問いについて考えるとき、言ってしまえば、「思考する」時に、人間はまさに最大の人間性を発揮しているのであり、同時に「主体」を欠いてしまっているということではないだろうか。


思考における主体の欠如こそ、人間性の最大発揮というわけかな?


と、少々強引にまとめてみた。


とにかく言えることは、私も、或いはラカンも、「構造主義」的なパラダイムに囚われているということでもあり、人間の不安定性について注目していることであり、「私」もしくは「人間」という存在に大きな問題提起をしているということではないだろうか。

以前の書いた記事を呼び起こしながら、今読んでいる本の内容を整理するために、ほいっとこのような記事を書いてみた。昔の私(はいないが)と、今の私、そして遠い昔(多分)の偉人の思考が、つながる。そんな気がする真夜中であるのです。

人間は、「言葉」や「言語」によって、自分を殺しもするし、主体が消えることもあるし、考えることもあるし、世界を構築することもある。「言葉」ってやっぱ奥深いなぁという浅はかな印象をここに残しておこう。


今日も大学生は惟っている。


引用文献

宇波彰.2017.ラカン的思考.作品社


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