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天鳥そら
2024年6月16日 18:28
「しっかり持ってるんですよ」 わかったというようにうなづいたけど、握った白い糸は細くて頼りなく見えた。しっかり持っていても、ちょっとしたことで飛んでいてしまいそうだ。 ねだって買ってもらった真っ赤な風船は、はちきれそうな僕の心と同じようにふくらんでいる。中身はからっぽなみたいなのに、空を飛ぶためのエネルギーがまんたんにつまっている。車にガソリンを入れるように、スマホを充電するように、ふわふ
2020年9月1日 18:45
「おとーた!っぽい!っぽい!」顔を真っ赤にさせた息子が唾を飛ばさんばかりに叫んでる。息子が指さす先には赤いゴミ箱が置いてあった。息子が寝る時も抱きしめて離さない、赤い車と同じ絵が描いてある。俺は困惑して妻を見た。妻も息子が何を言いたいのか分からないようだ。天井に視線を向けてあれかな、これかなと考えている。その目の動きは振り子時計の振り子のように右に左にさまよう。朝はとても忙しい。その朝
2020年8月28日 18:56
石橋の前で一人の男が鉄の金づちを持ち、とんとんとんとん叩いている。かれこれ2時間ほどだろうか。石橋のはるか下には川があるが、流れが早く落ちれば泳ぐことも大変そうだ。それよりも近くの岩に頭をぶつけて一瞬でお陀仏かもしれない。丈夫そうな石橋ができたのは30年ほど近く前。劣化しているとまでは言わないが、ヒビが所々に見えてどうにも不安で仕方がない。向かい側に行くにはこの石橋を渡るしか方法はなく、渡りた
2020年1月26日 10:08
いつもひとり。いつまでひとり?恋人つくらないの?「気が向いたらね」いつなら気が向くの?「一生向かないかもね」じゃあ気が向くまでそばにいて良い?「あなた酔狂ね」呆れたような顔で振り向いて面倒くさそうに笑った。そうかもね「勝手にしたら」しばらく黙っていたらうつむいて、しくしく泣きだした。去年の今日、兄貴は死んだ。兄貴の命日。兄貴の恋人。俺の憧れの人。背をなでてやれな
2019年6月11日 18:58
「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます」大通りから離れた場所に洒落た一軒のブティックがある。町は大きく変わったようには思えないものの、小さな変化が積み重なり、公共交通機関はAIが安全に取り仕切っていた。普段は家から一歩も出ずに買い物をしていた美恵子は、店舗まで足を運べばもらえるというスカーフを目当てにやって来た。「本当はいつも通り、家で買い物したかったんだけど」「大変申し訳