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超短編

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スクロールは1回か2回程度の超短編です。
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#超短編小説

影二つ 【超短編小説】

影二つ 【超短編小説】

資産家の入婿が温泉芸者と親しくなりやがて入婿は家を追放される。男は女を背負って海に入りそのまま沖に歩いて行って心中する。海辺でドラマのこのシーンを思い出すぼくの隣にはさっき駅のベンチで知り合ったぼくの孫ほどの年格好の少女がいる。こんな寂しい海岸に寂しい独りの影が二つ並んだのは偶然だろうか。

忘れ物 【超短編小説】

忘れ物 【超短編小説】

彼は図書館が好きだという。
しかし書棚の本を手に取ることはない。

彼はカフェが好きだという。
しかし独りでコーヒーを飲むことはない。

彼は好きなはずのものに欲が起こらないのだ。

それは彼が大事な忘れ物に気が付かないからだ。

自分の本音という忘れ物を。

真夏のこと 【超短編小説】

真夏のこと 【超短編小説】

蝉時雨の読経は絶えることなく少女の登る石段は果てしない。土用の午後の油照りに彼女は敢えて、今生は縁を得なかった上人の奥津城にたどり着きたかった。一足毎に彼女の肉体の重さは動悸の疼きと共にはらりと落ち、やがて苔生した碑の前に透明なものが端座した。

距離五メートルの火花 【超短編小説】

距離五メートルの火花 【超短編小説】

彼が私鉄k***線を好むのは、女性のお客と目が合う頻度が首都圏各線でもっとも高いと思うからだ。その一秒にも満たない火花はむろん即座に虚しく消え去る。彼は一瞬の戦慄に男女の関係の始まりから終わりまでを想像した。今日は十五分間に火花が四回、いずれも距離五メートルほど。

動物愛護 【超短編】

「蜘蛛って日本にいるのはほぼ害虫じゃないのにイメージだけで殺されるよね」
「真実よりもイメージなのよ、浮き世ってそんなもの」
「ガラスコップをかぶせて閉じ込めてから外に逃がしてやろう」
「それなのに人口減らし政策の方はやめないのね」
「蜘蛛はおれに反対って言わないもん」

胡散臭い所帯 【超短編】

おれの持論は、恋愛は一夜の芝居だってことだ。最高のいい男といい女を演じきって最高の舞台にするんだ。それなのに、なぜかアイツとは楽屋でいっしょに暮らそうなんて気分になっちまったんだよな。だからせめて胡散臭い所帯に見えるように気取ってるんだ。長い芝居になったもんだぜ。

魔法使いの不満 【超短編】

魔法使いの不満 【超短編】

 入手の困難が満足感を高める。だから人類は不満が大切で大切でしようがない。不満を抱きしめて暮らすことが希望の綱だ。そして不可能な理想にこそラブコールだ。不満が好きな人類のためにこの世はお誂え向きにできている。われわれ魔法使いがめったに呼ばれなくなったのも道理だ。

都合の良い口実 【超短編】

都合の良い口実 【超短編】

「人間は破壊の陶酔にとても弱いのです。どこかで破壊に走る口実を望んでいます。誰かによそ者、敵というレッテルを貼れれば遠慮なく走り出せます」
老人は運命を覚悟した表情で続けた。
「あなたはとても都合の良い口実を見つけたのです。相手がどんな人か、品定めの必要すらない口実を」

街の声 【超短編】

街の声 【超短編】

...では街の声を拾ってみます。

「賢そうな人よりも純粋な人がいいです、どこに連れてゆかれるかなんて、わからないのは同じじゃないですか」

「今の仕組みをやたら変えない人ですね、訳あってこうなってるんですから」

「これ、編集かけるんでしょ?カメラ映りにしか興味ないよ」

議論という慣習 【超短編】

議論という慣習 【超短編】

宇宙人が書いたものらしい報告はこう続く。
......不思議なことに人間は議論が大切だと言う一方で、自分の結論は議論を経ても滅多に変えることはない。議論は腕力や投票という議論以外の手段で勝敗が決まる。そして負けた方は結論を変えるわけではなく沈黙するだけである。......

浜風の未練 【超短編】

浜風の未練 【超短編】

 その街に足を踏み入れた彼は初めての街とは思えない懐かしさを感じた。彼はその感覚の原因が何か気になってしようがなかった。いつものようにしばらくあてもなく歩き回ってからコンビニで珈琲を飲んで店の外に出た瞬間、彼はああそうか、と自分でも驚くような声で独り言を発した。海の潮風が街場のそのあたりまで流れていた。風の匂いだ。それはあの夜の匂いだ。今は行方もわからない恋人の黒髪が自分の胸元で揺れる様子が彼の脳

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夜霧のような忘却 【超短編】

夜霧のような忘却 【超短編】

 日が暮れるにつれて先程まで夏の黒ずんだ山体を木々の合間に覗かせていた浅間の峰からひんやり湿り気を帯びた霧がひたひたとこの山荘の窓辺に降りて来た。彼は暗記する程読み返した彼女からの手紙の束を暖炉に投じながら胸中の未練が紫の夜霧のような忘却に溶け去ることを願った。

売られたハンドバッグ 【超短編】

売られたハンドバッグ 【超短編】

 僕だって元はブランドの新作のハンドバッグで白手袋の店員に買主のベントレーまで恭しく運ばれたんだ。それから二度ほどパーティに連れてゆかれたかな。あとはクローゼットで何年も埃を被ってから売られてきたってわけだ。でも今だってけっこう小洒落た袋物のつもりで頑張っているんだ。

運命の王子 【超短編】

運命の王子 【超短編】

叔父の国王に疎まれた王子は言った。
「物事は起きるか起きないか、それは運命が決める」
「僕が反乱すればそれが運命の決めたことだ」
反乱は失敗に終わった。
彼は館のバルコニーに立ち国王軍の嘲笑を浴びながら最期に言った。
「諸君、これが僕の運命、そしてこの国の運命なのだ!」