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02:家出モジャコとウミネコ(ハマチの章)

「もう……家に帰りたーーいっ!」
 田辺悟(たなべ・さとる)は日本海のまっただ中で泣きながら絶叫した。
「おっ、ついに音を上げたなっ!」
 島根県出雲市(しまねけんいずもし)の釜浦(かまうら)漁港から出港した巻き網漁の漁船の上で、中年オヤジが小学五年生の悟を指差しながらガハガハと大笑いしている。
「うっ……気持ち悪い……」
 すると、作業していた漁師の一人が他の漁師を押しのけるように悟の前にやってきたかと思うと、悟の細い腕をつかんでグイグイと引っ張った。年齢は悟の父親ぐらいだ。ただでさえ東京の小学五年生で、もやしっ子代表の悟は半ば引きずられるように怖ろしい形相の漁師に連れて行かれる。
「きゃー、海に捨てないでー。ごめんなさい、ごめんなさーい!」
「おーい、ヌコさん。お手柔らかになぁ〜」
 呑気に中年オヤジ・海野月生(うんの・つきお)が手を振ってみせた。
 ヌコさんと呼ばれた漁師は悟をつかんでいた手を離し、代わりに悟にロープを持たせた。巻き網に繋がっているロープだ。
「ほえ? 何すか、これ?」
 終始無言の仏頂面……彼は、ジェスチャーで「手伝え」と言っているのだ。それもヒョロヒョロの小学生に!
「ボ、ボクも……やらなくちゃいけないんですかぁ〜」
 悟は、仕方なくロープを引いてみたが、重いのなんの。とても自分が手伝っているとは思えなかった。ロープを触っているだけだ。涙が自然に溢れてくる。
「な……なんで……こんな目に……」
 急に自分の頭に圧を感じた。顔を上げると、自分を引きずった仏頂面のヌコさんが悟の頭に手を置いている。仏頂面のままだ。そして、その手をグリグリっと回した。顔を見ると無言で悟に頷いてくれた。
(あ、慰めてくれたんだ……意外と優しいのかな……てか、言葉通じてんだ)
 初対面の時から何だかすごく怖い顔をして、口も聞いてくれないから嫌われてるんだと思っていた。
「悟ぅ〜! ほら、頑張ってロープ引かねーとハマチも揚がんねーぞ!」
 海野がまだガハガハと笑っている。
 悟は疲れと恐怖と吐き気で朦朧としながらも海野への怒りが湧いてきて、こめかみに「怒りしわ」が寄ってきた。
 そもそも……海野月生……このオッサンの口車に乗ったのが間違いだった。
 数時間前に新幹線の中でこの真っ黒に日焼けした中年男性に出逢った時には、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのだ。
「ボクは……フツーに家出してきただけなのにっ!」
 ……フツーじゃねえだろ、それも。
 悟自身はもうそんなことどうでもいいぐらい「巻き込まれて」いた。
 巻き網漁だけに……。

   * * * *

「ボウズ、一人旅たぁカッコイイなぁ!」
 新幹線の隣の座席に座った中年男性は明るく元気に話しかけてきた。
「ボウズじゃないよ。名前あるし……ボウズってやめてよ」
 見た感じは害もなさそうだし、明るい元気なオッサンだろう。どうせヒマだし、まぁいいか……。
 そう思って悟は返事した。
 悟が家出してきた理由はいろいろあった。普段から口うるさい母親。ガミガミ怒ってばかりだが、一番イヤなのは……。
 ——ママが自分ばかり怒ること。何かにつけて、いとこの翔太とばかり比べること。
 悟の母と翔太の母は姉妹だ。悟の母は、姉には負けたくないらしい。
(幸子おばさんはすごく優しい人なのに……何でボクのママは自分のお姉さんに一人で敵対心を燃やしてるんだろう。とばっちりもいいとこだよ!)
 悟は不思議でしょうがないが、翔太と比べられると無性に腹が立ってくる。
(どうせ、ボクは翔太みたいに勉強も運動もできねーよ!)
 頭に血が上っていた悟は勢いに任せて、新横浜から新幹線に飛び乗ったのだ。
 だが……いかんせん、無計画すぎた。
「おいおい、悟……アテもないのに新幹線に飛び乗ったのか?」
「ダメ?」
「ダメも何も……普通はおばあちゃんちが関西にあるとか文通相手に会いに行くとか目的地があるだろうに……」
「ブンツーって何?」
「なにっ? 文通も知らんのか! イマドキの小学生はロマンがなくて可哀想だなぁ……まぁ、いいか。しょうがないガキだな……」
「まさか、オジサン……ボクを連れ戻しに来た人なんじゃ……」
 中年男性は、ガハハと高笑いしていた。
「家出ついでに、オレと男の旅をしないか。どうせ、目的地もないんだろ?」
「オジサンと……『男の旅』?」
「オレはこういうもんだ。すげー怪しい者だぞ」
 そういうと、『魚食コラムニスト・海野月生(うんの・つきお)』と書いてある名刺を悟に渡した。何者かなのかも「オレに会ったが『うんのつき』だぞ」というギャグのどこが面白いのかも全然分からなかったが、「家出大作戦」を邪魔して家に連れ戻そうという気配は感じられない。何よりも、親のいない場所で「自分に」名刺をくれた大人の男の人は初めてだった。グッときた。
 子供扱いされない「男の旅」に興味をひかれた。
 だが、「車掌さんが来た時に親子のフリで誤魔化せるかも!」と小学生の浅知恵が働いたのも事実だった。
「オジサンはこれからどこ行くの?」
「悟……鰤(ぶり)って知ってるか?」
 質問に答えてない……と思いながらも悟は鰤が何であるか頭を巡らせた。
「魚の鰤のこと? 回転寿司で食べたことあるかも……」
 海野はニヤッと笑った。
「そんなもんじゃなくてな、ものすごく旨いハマチを食いに行くぞ!」
「オジサン……今、鰤って言わなかった? 魚、変わってね?」
 これまた、嬉しそうに手を打って、海野は大笑いし始めた。
「お前、まだ知らないかっ! そうか、そうか!」
 何かは分からないが、馬鹿にされているのが分かって、悟はムッとした。
「鰤はなぁ、出世魚なんだよ。大きさで呼び方が違うんだ」
「出世? 偉くなるの?」
「昔、武士は出世すると名前が変わったり、肩書きが新しく付いたりしたんだ。それと同じように、成長して大きくなると体の大きさに合わせて、呼び名を変えてるんだよ」
「おぼえるの、めんどくせー!」
 海野はまたガハハと笑って、著書だという『海のごちそう百科』の「ぶり」のページを悟に見せた。
「その土地、その土地でまた呼び方が違うんだ。これから行く島根も関東と全然違う名前で呼ぶ。出世の頂点・鰤は同じだけどな」
 海野が指差すところには、島根県での出世経過の呼び方が書いてあった。

 10〜20センチ前後は「モジャコ」。
 20〜30センチ前後は「ツバス」または「ワカナ」「ショウジンゴ」。
 30〜40センチ前後は「ハマチ」。
 40〜60センチ前後は「メジ」。
 60〜70センチ前後は「マルゴ」。
 そして、70センチ以上は「ブリ」。

「島根! これから島根に行くの?」
「おお! 長崎や北陸のブリも極上だが、島根のブリ、ハマチもいいぞお〜。脂がのっててなぁ。寿司で食うのもいいが、ブリしゃぶにして……しゃぶしゃぶすると……ああっ! たまらん、ヨダレが出てきた! それに……ちょっと顔を見たい人もいてな……」
 悟は呆れた。同時に羨ましく感じた。大人は食べたいものがあれば、平日でも遠いところでも一人で勝手に行っても怒られないんだ……。会いたい人がいればすぐに行けるんだ……。
「行ったら悟も山ほど食べられるぞ。ブリ食べて間違いなしだ!」
「そういえば、幸子おばさんもお魚は栄養たっぷりだから食べると頭が良くなるって言ってた。それに血がサラサラになるし、アトピーにもいいって……」
「その通り! エイコサペンタエン酸とドコサヘキサエン酸の働きは素晴らしい!」
「栄子さんがペタペタどこさ行くって何?」
 テンションの上がってきた海野に悟はもうついて行けなくなってきた。
「オジサン、昼間からビール飲んでるでしょ。お酒くさーい!」
「列車の旅には酒は欠かせないぞ。そして、酒のつまみは女川の笹かまぼこなんじゃ!」
 悟は海野から受け取った笹かまぼこ「吉次」を食べながらツッコんだ。高級和紙のような袋には「宮城県牡鹿郡女川町」「高政」と書いてある。
「なんで宮城県の名物を東海道新幹線の中で食べてんだよ。オジサン、ヘンだよ!」
「むっ、これは来る時に宮城のアンテナショップでごっそり買ってきたんじゃ。ちょこざいな小僧め。ガキのクセに……お前はまだモジャコだ! 『家出モジャコ』だー!」
「しーっ! オジサン、しーっ!」
 その時、車両入口のドアが開いて、車掌が入ってきた。
 悟は身を固くした。
「悟、お父さんの財布を預けておくから、車掌さんに言って、お父さんと同じ行き先の切符を買いなさい」
 そう言うと、海野は財布を悟に渡しながらニッと微笑む。
「まったく……しょうがないなぁ。急に、一緒に行きたいなんて、ついてくるんだから」
 とっさに悟は察知して、真顔で返したが……いかんせん、棒読みだった。
「お、お父さん……ちゃんと駅弁買ってよ。それに、ボクの分まで笹かま全部食べちゃやだよ」
 車掌が去った後、海野が悟に顔を寄せて、まわりに聞こえないように小声で囁いた。
「さっき車掌に払った切符代はあとでちゃんと返せよ。どうせ、しこたま貯め込んでたお年玉でも持ってきてるんだろ?」
 ケチくせー!
 でも、見透かされてる!
「さすが、家出モジャコだ。ハマチ認定までもう少しだな」
 何だよ、このオヤジ!

   * * * *

 漁が終わって、釜浦港に着いた船からまるで病人のように担ぎ出された悟に、海野は何事もなかったの如く声をかけた。
 釜浦港は近くにある十六島(うっぷるい)港に比べると小さい港だ。漁が終わると閑散とする。
「悟、腹へっただろう。おごってやるよ」
 それはまるで、近所の居酒屋に誘うような口調だった。
 そして、ヌコさんという漁師も無言で一緒に悟の体を起こしてくれた。
 海野がご馳走してくれたのは「ハマチの漬け丼」だった。
 漁港の片隅。海野はヌコさんからハマチの漬けが入ったタッパーを受け取ると、ニコニコしながらそれを開ける。自ら調達してきた丼には炊きたてご飯が盛られてあった。
 悟は見ている間にどんどん食欲が出てきた。グッタリしていたが、自然に喉が鳴り、つばが出てくる。腹まで鳴り出した。
 海野は炊きたてご飯の上に、ハマチの切り身をタッパーから取り出しては豪快に乗せていく。漬けの醤油には刻みネギも入っているようだ。上からも刻みネギをたっぷりかける。
「悟、さび抜きなんてガキみたいなこと言うなよ」
「う、うん! ボク、もうガキじゃねーもん」
 切り身の上にわさびを乗せ、白ごまと海苔をふりかけると、海野が吠えた。
「よーし、完成だ! さぁ、海を見ながら食うぞっ!」
 最初は恐る恐るハマチの切り身を口にした悟だったが、ひと口食べるやいなや、猛然と箸を動かし、ご飯をかきこみ始めた。むさぼり食うとはこのこと。
「旨いだろう。この1杯が食べたくて、わざわざココに来たような……ん? 聞いてないのか?」
 脂ののったハマチ。調味料にほどよく漬かっているため、ほかほか炊きたてご飯との相性もバッチリだ。ツーンとするわさびも気にせず、悟は無言で食べた。
「おいしい! オジサン、おいしいよ。いつも行く回転寿司の百万倍、おいしいよっ!」
「そのへんの回転寿司と一緒にするなよ。漁師直伝の漬けだれだぜ」
「トロよりおいしいよ! お魚ってこんなに旨いんだね!」
 悟の隣でずっと無言のヌコさんが、悟の頭をグリグリと撫でた。
「ヌコさん! ヌコさんがハマチを漬けたの? ものすっごーく旨いよ!」
 その途端、ヌコさんの表情が戸惑ったように見えた。目線が所在なげに泳ぐ。
「また食べたいなぁ。家に帰ったら作ってもらおうかなー」
 何気なくつぶやいた悟に海野の喝が飛んだ。
「これぐらい自分で作れ! いいか、悟……旨い物には貪欲になれ。自分で手に入れるんだ。何でも用意してもらえると思うなよ!」
 ビビる悟にそう言い終わると、海野はヌコさんに向き直り、急にトーンを下げた。
「ヌコさん、この『モジャコ』に漬け丼の作り方を教えてやってくれよ」
 ヌコさんは相変わらずむっつりしていたが、のそのそと立ち上がり、ズボンの尻のあたりからごそごそと何かを引っ張り出そうとしている。尻のポケットから出てきたのは小さな「手帳」だった。何の変哲もないよくある黒い手帳。よれて、曲がってしまっている。ヌコさんはそれに黙って何かを書き込み始めた。
「よかったなぁ。教えてもらえるぞ。オレにも後で見せてくれよ」
「あっ、これが秘伝のレシピってヤツだね。カッケー!」
「お前が言うと何でも軽くなるなぁ。 秘伝が台無しだ」
 悟と海野が軽口を叩いている間にヌコさんがレシピを書き終えたのか、その小さな手帳ごと、ぐいと悟の前に差し出した。
 そして……。
「持っでいげ……」
 それだけポツリとつぶやいた。
 悟は「あ……喋った」という思いと同時に、東北弁のような濁音に違和感を感じずにはいられなかった。
(島根にいて、東北弁?)
 戸惑いながら、ヌコさんの勢いもあって、悟は「あ……ありがとう。ヌコさん」としか答えられない。
 怒ったような顔でその場に座り込んだヌコさんに、海野は隣の家に帰るような気軽な口調で「じゃあな、ヌコさん。また来るよ」とだけ言った。
 返事はない。
 悟と海野が港を去る時もヌコさんは座り込んで海を眺めていた。
 ヌコさんの後ろ姿が悟の心に焼き付いた。
 群れをなして飛ぶ港のウミネコたち。ヌコさんのまわりに集まるようにウミネコたちは鳴いている。ふと、一羽のウミネコがヌコさんの横にとまった。ヌコさんの顔を見上げるように小首をかしげている。

 その漁師は、海を見ていた。
 ただただ黙って……海を見ていた。

   * * * *

「オジサン、これ見て。名前が書いてあるんだけど……」
 出雲市駅から特急やくもに乗り、発車の時刻を待つ間に悟は、ヌコさんにもらった手帳を取り出し、ペラペラとめくっていた。
(ヘンな家出になっちゃったなぁ。帰ったら怒られるだろうなぁ。オジサンが説明してくれるかな。まぁ、教わったハマチの漬け丼を作ったらママも褒めて……くれないかぁ)
 後のことを考えてウンザリしながらも悟は手帳をめくった。
 「ハマチの漬け丼」のレシピはヌコさんがなぐり書いてくれたが、どうにか解読できる。他のページはほとんど何も書いてなかった。2011年のスケジュールもほとんど何も書かれていない。普段使いのように尻のポケットに入れていたわりに使っていた様子は見てとれなかった。
 ただ、手帳の一番後ろの、自分の名前や住所を書く欄には五人の名前が書いてあった。
「そこにボクと同じ名前が書いてあるんだよ。ヌコさんの子供かなぁ?」
「ああ、そうだな……」
 海野が答えたと同時に列車が発車した。
「えー! すごい偶然じゃん! 先に言ってくれればいいのに」
 五人の名前の上には住所が書かれていた。
(あれ、これ……どこかで見た地名……宮城県牡鹿郡女川町って……)
 悟は思わず立ち上がった。頭に血が上っていくのが分かる。
「オジサン! ヌコさんって……もしかして!」
「悟……その手帳の3月11日を見てみろ」
 そこには……破り取られたような跡が残っていた。
 大粒の涙が悟の目から溢れ出た。ヌコさんの姿を思い出したら悲しくて胸がつぶれそうだった。
「オジサン、なんで……なんでヌコさんは島根にいるの?」
「……生きていく為には仕事をしなきゃいけないだろ。いや、お金とかじゃないんだよ。仕事をしてないと、どうしようもなくなっていくんだよ。何か、させなきゃって思ったんだよ」
 海野とヌコさんは昔からの顔見知りだった。だから、いろいろとお節介を焼いた。知人に頼み込んで、ヌコさんを島根の釜浦港に連れて行ったのも海野だった。
「オレもどれが正解かなんて分からない。余計なお世話だと思う。でもな……漁師は漁に出ないと……な。漁師は海でしか生きられないんだよ」
 ——漁師は海でしか生きられない。
「……海を嫌いにならないの。海が……憎くないの?」
 涙と声を絞り出す様に悟がたずねた。
 海野の低い声が静かに響いた。
「それでも漁師は海に戻るんだ。それが……海の男なんだよ」
 悟は決意したかのように顔を上げ、グッと顎を引いた。
「ボク……また……また、ヌコさんに会いに行く! ヌコさんのハマチの漬け丼食べに行くよ!」
 海野はゆっくりと首を横に振った。
「しばらく、そっとしていてやれ。そうだな……お前が高校生ぐらいになったら女川町に行け。ヌコさんに会いに……今度はハマチじゃなくて、サンマを食いに。女川のサンマは世界一うまいぞ!」
「その頃はヌコさんは女川に戻ってるよね! うん、絶対に会いに行くよ。絶対!」
 海野は途端に本来のひとをからかうような表情に戻っていた。
「いや、また漁に出て、一緒にサンマを獲ったらどうだ?」
「うーーーん、それは考えとく!」
 海野は大笑いを急にやめて、悟に大きな釘を刺した。
「いいか、忘れるなよ。お前はまだモジャコだ。そして、これから中学生になる。高校生になる。毎日の生活、学校での生活……家族、友達、部活したり、恋をしたり……そうだな、アルバイトもするかもしれない。どんどん成長していく。ハマチになるんだ。そん中でな、今日のこともどんどん記憶から薄れていく。いいか……忘れるなよ。絶対に忘れるなよ!」
「う……うん、絶対に忘れない。ボク、この手帳、ずっと持ってる。そんで、いつか絶対にヌコさんに返すんだ。女川に返しに行くよ!」
 海野は無言で、悟の目の前にキーホルダーを下げて見せ、それをぐっと突き出した。
 それは小さな魚の形をしていた。白木でできている。皮のホルダー部分には、「onagawa」と焼き印が押されている。
 顔を上げた悟に海野が力強くうなずいた。
「男と男の約束だ。女川で会おう!」
「うん! 男の約束!」
 特急やくもの窓から一羽のウミネコの姿が見えた。ずっと特急についてきていたのかは分からない。減速し始めた特急に併走するように飛んでいる。悟と海野が座る座席の窓から見える位置にずっとウミネコがついてくる。海から離れた場所で、あり得ない光景だった。
 悟は必死でついてくるウミネコを見ながらハッとしたが口には出さなかった。
 あの風景が頭をよぎった。
 海を眺めるヌコさんのまわりにまとわりつくように飛び回るウミネコたち。
 一羽だけ小首をかしげてヌコさんを見上げるウミネコ。
(お前……悟だね。絶対、絶対……悟だね。うん、分かったよ、悟……)
 悟は窓から見えるウミネコに向かって、心の中で思い切り叫んだ。

 ——女川で会おう!

(ハマチの章 ◆ 終)

Photo by Hinata Uozumi

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