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12月4日の手紙 最愛海外文学④

拝啓

X(Twitter)のタグ、#私の最愛海外文学10選に刺激を受けて、自分の好きな海外文学を語る記事の最終回です。
前回までの記事はこちらです。

さて、9冊目はこの本です。



トーベ・ヤンソン「ムーミンパパ海へ行く」


ご存知ムーミンの原作シリーズ、その最終巻である「ムーミン谷の11月」をX(Twitter)に、あげたのですが、よくよく思い出してみると1番好きなのは「ムーミンパパ海へ行く」の方でした。
ムーミン一家がパパの思いつきで、孤島に出かけたのが、「ムーミンパパ海へ行く」、そしてその間に起こったことが、「ムーミン谷の11月」なので、全く関係がないわけではありません。
「ムーミン谷の11月」はムーミン一家を求めてやってきた人々が、ムーミン一家の不在をどうやって埋めるのかというお話で、それまでのシリーズと違う、少しビターな味わいの作品です。
皆、ムーミン一家の温かいもてなしを期待してきたのに、ムーミン谷にいるのは、同じようなことを期待してやってきた人々なので、期待通りにはならず、もやもやするさまが描かれます。
一方、「ムーミンパパ海へ行く」は、ムーミンパパのひらめきから、地図にはハエのフン程度で表記される島へムーミン一家が移住するお話です。
ムーミン谷での暮らしと島での暮らしは大きく違い、ムーミン一家のメンバーもこれまでにない感情が湧いてくる様子が描かれます。
陸地を広げようと海に石を落とすパパ、灯台の壁にムーミン谷の庭に生える植物を書き続けて、その中に入ってしまうママ、1人で秘密基地を作ろうとするムーミントロールトロール、唯一リトルミィだけは変わらず、リトルミィのままであったような気がします。新天地を求めてやってきたのに、ムーミン一家は少しずつ、不安定になってきます。
暴風雨が吹き付ける灯台の中で過ごす一家の描写は、子ども向けの作品というよりは、ホラーとミステリといった感じです。
ムーミンの原作はもともと日本人がイメージするよりもずっと、大人でドライで哲学的なのですが、「ムーミンパパ海へ行く」と「ムーミン谷の11月」は特にそういう作品です。
そんな、「ムーミンパパ海へ行く」は個人的には特別な一冊なのは、
子どもの頃寝る前に、繰り返しこの本を読んでいたからです。
ムーミン一家は、島へ移住する際、必要な荷物を検討して、船に積み込みます。
子どもの頃、眠れない時は、その真似事をするのがお決まりでした。
米、塩、砂糖、樽に入れた水、果物の砂糖漬け、ジャム、どっさりの小麦粉、イースト、油、塩漬けの肉、ベーコン、ツナの缶詰、干した野菜、トマトの水煮、乾燥した豆やきのの、それから何がいるでしょう。毛布や裁縫道具、本も何冊かは持っていきたいところです。鉛筆とノート、色鉛筆もあるといいかも知れません。
書かれているものではなく、子どもなりに知っている保存食品を頭の中で並べて、荷造りをする想像をしていました。
眠れない時にこの想像の荷造りをすると不思議とよく眠れたものです。
もし、それでも眠れないと、島の灯台までたどり着いたところを想像し、古びた灯台の丸い部屋に荷物をどうしまうのかを考えていました。
今考えると灯台の部屋が外見そのままに丸いわけはないのですが、子どもなので、くすんだ白い壁に丸いへやだと思い込んでいました。そこに棚や貯蔵庫はあるのだろうか、ないなら木箱ごと積んだりするのも良いだろうと想像していたのです。
見たことがない、北欧の海とそこに浮かぶ小さな島、暴風雨にさらされても立っている灯台。
自分の知っている世界には存在しなかった場所に行くための想像をすることが、眠りを誘ってくれるのは何とも不思議なことでした。

トーベ・ヤンソンの人生を描いた映画によれば、トーベ・ヤンソンは晩年、女性のパートナーと小さな島に住んでいたようです。
「ムーミンパパ海へ行く」の島の描写は、その体験からもきていたのでしょうか、それとも、トーベ・ヤンソンの憧れの島だったのでしょうか。

いずれにせよ、海外文学が与えてくれる喜びというものは、そういうものだと思うのです。
これまでに全く体験したことも、見たことも聞いたこともない場所へ、つながる扉を持つような喜びです。
文字さえ読めれば、子どもでも、1人で海や山を越えて、フィンランドの小さな島に降り立つことができるという素晴らしい喜びは、鬱屈とした現実を生き延びる糧となりました。
いつか、生きてその地へ行くことを望むことを希望と言わずして何と言いましょう。
希望は必要なひと、誰にだって開かれているべきです。

この喜びそして希望が、後の世代にも届くように、海外文学を楽しみ、買い支え、感想を発信していく必要を感じます。

さて、あと1冊。10冊目を何にするべきか悩んでいました。
アジアの作家が入っていないので劉慈欣の「三体」にするべきか、
それともあまりの格好良さに息も絶え絶えになった、サリンジャーの「ナインストーリーズ」にするべきか、
はたまた、
ミステリ好きな端緒となったコナン・ドイルの「シャーロックホームズの冒険」にするべきか、
繰り返し読んだ一冊、ヒュー・ロフティングの「ドリトル先生と緑のカナリア」にするべきか、悩みます。
決めきれないのです。
この中では、サリンジャーの「ナインストーリーズ」が1番思い入れがあり何度も読んだと思うのですが、どうしても決めきれません。
(多くの人と同じく、「バナナフィッシュにうってつけの日」と「テディ」が好きです。)
また、こうして書いてみると自分の読む海外文学が、イギリス文学に偏っていること、
アフリカ文学やアジア文学には手をつけてないことがわかりました。
より好みせず、もっと幅広い海外文学を嗜んでいきたいものです。
まだ読んでない本は山のようにあるので、
ひとまず、今のところは10冊目は、空白としておきます。
10冊目は、これから読む本になることでしょう。




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