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【小説】真神奇譚 第十話

 「しっ、誰か外にいるぞ」小四郎はそう言いながら身構えた。眩次もお雪もほぼ同時にその気配に気が付いていた。お雪がそっと格子から外を覗くと一人の犬が辺りを嗅ぎ回っているのが見えた。月を覆っていた雲が一瞬途切れて辺りを照らした。
 「門爺じゃないか。どうしたのこんなところまで」お雪の素っ頓狂な声がお堂の中に響いた。
 「やはりここじゃったか。まだまだわしの鼻も捨てもんじゃなかろう。それともう名乗ったんだから門爺はやめてくれ」五郎蔵はニヤリと笑った。
 「お主ら、これから語らずの滝に行くのであろう。ならば行く前にわし話を聞いてはくれぬか」皆の顔を見渡す五郎蔵の顔からは笑いは消えていた。
 「お聞きしよう」そう言うと小四郎はお堂の隅に腰を下ろした。眩次とお雪も小四郎にならって座った。
 「この話は小四郎さん、あんたと二人だけでしたいのじゃが」
 「眩次は言うに及ばずお雪さんももう私の仲間だ。一緒に聞かせてやってくれぬか」五郎蔵はしばらく考えていたが決心したように顔をあげた。
 「良いでしょう。ここまでくれば一蓮托じゃ」そう言うと五郎蔵は話し始めた。
 「これから行く語らずの滝は我々オオカミ一族に関わる秘密の場所じゃ。本来ならオオカミ以外はもちろんよそ者にも話してはならんのだが、わしももういつお迎えが来ても良い歳だ。わしの最後の望みを叶えて欲しいのじゃ」五郎蔵は振り絞るように言った。
 「語らずの滝にはニホンオオカミだけが行ける言わば隠れ里の入り口がある。その昔、大口真神がオオカミ以外は出入り出来ないように結界を張って目くらましを掛けたのじゃ。その結界は今も隠れ里を守っておる。この前人間に写真を撮られたオオカミがいただろう。あれは恐らく結界を抜けて出てきた若いオオカミなのじゃ。すぐ結界の中に戻ったから人間がいくら探しても見つかるわけがない」
 「では結界の中の隠れ里には今もオオカミが暮らしているのか。五郎蔵さん今すぐ私たちをそこへ連れて行ってください」
 「旦那良かったですね」じっと聞いていた眩次も小四郎に駆け寄った。
 「もちろん連れて行くがついては小四郎さんに頼みがある。わしを隠れ里に連れて行ってほしいのじゃ」五郎蔵は小四郎の眼を見据えて言った。
 「それは構わぬが何故だ。自分で行けばよいではないか」小四郎は訝しげに尋ねた。
 しばらく五郎蔵は答えずに黙っていたが振り絞るように言った。
 「わしは結界を越えられないのだ。わしは純粋なオオカミではない。何回も試しては見たがどうしても越えられない。恐らくこれが最後の機会じゃろう。隠れ里をこの眼で見なければ死んでも死にきれん。わしの最後の望みなのだ。わしは仲間の姿を一目見てから死にたいのじゃ。お主と一緒ならばもしかして結界を越えられるかもしれん」五郎蔵の声は遠吠えとなり辺りに悲しく響き渡った。
 「しかしわしは掟を破った。しかも本当のオオカミではない。よしんば隠れ里に潜り込めたとしてもどのような仕置きを受けるかわからん。小四郎さんにも害が及ぶやも知れん」
 「事情は分かった。私も仲間に会うためにここまで来たのだ。話を聞いて               このまま帰る訳にはいかん。わたしの出来ることは何でもやらせてもらう。今すぐ結界の場所まで案内してくれ」
 「眩次よ長い間世話になったな私は行くことにする。達者で暮らせよ。お雪さん短い間だったが世話になった」珍しく小四郎が小さく頭を下げた。
 「よしてくださいよ旦那。あっしも連れて行って下さいよ。その結界とやらは越えられないにしても旦那が仲間のところへ行くのを見届けない訳にはいきやせんよ」
 「あたいも行くよ。ここまで来て水臭いじゃありませんか」
 「すまんな。しかし今の話では向こうはもろ手を挙げて歓迎してくれそうでもないからな。それでも良いのか。」
 「もちろんでさ、ねえ姉さん。まだ役に立つことがあると思いやすよ」
 「そうか」そう言うとおもむろに小四郎は立ち上がって大きく伸びをした。
 「では五郎蔵さん行くとしましょうか」五郎蔵は小さく頷くと先頭に立って歩き始めた。


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