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「しんぱい」から「しんらい」へ。人事制度「WAA」が問いかける働き方のパラダイムシフト

長引く新型コロナウイルス禍を経て、私たちをとりまく仕事や生活のスタイルは大きく変わりました。
その象徴的なひとつが「働き方」の変化でしょう。リモートワークの急速な普及によって、満員電車に揺られることなく、どこにいても仕事ができる環境が“あたりまえ”になりました。

実は、今(2021年)からさかのぼること5年前の2016年に、ユニリーバは「WAA」という人事制度を導入。以来、働く場所や時間を社員が自由に選べる新しい働き方を提唱・実践してきました。今では社員全員がこのWAAを活用して、思い思いのワークスタイルを実現しています。また、その新しい働き方の文化は企業の枠を超えた広がりをみせています。

「リモートワークでは部下が働いているかどうかわからない」「同僚の顔がみえないと仕事ができない」といった“あたりまえ”を変え、新しい働き方の文化を社内外に広めているWAAの取り組み。推進役を担ったユニリーバ・ジャパン・ホールディングス 取締役人事総務本部長の島田由香に、この5年間の歩みを振り返りながら、「“あたりまえ”を変える」ためのTipsを紹介してもらいます!

きっかけはトップの一言「なぜ通勤ラッシュがあるの?」

ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社
取締役 人事総務本部長
島田 由香

仕事内容:ユニリーバ入社後、R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て取締役人事総務本部長就任。社内外でWAAを拡めるために奔走。

――まず、あらためて「WAA」についてご説明をお願いします。

「Work from Anywhere and Anytime」の略で、働く場所・時間を社員が選べるワークスタイルの仕組みです。上司に申請すれば、理由を問わず、自宅やカフェ、図書館など会社以外の場所でも勤務できます。
具体的には、平日の5時~22時の間で、社員が自由に勤務時間や休憩時間を決めることができます。たとえば、次のような働き方がWAAでは可能になります。

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――WAAの導入は2016年とのことですが、そもそも、導入のきっかけは何だったのでしょうか?

前社長のフルヴィオ・グアルネリが、着任して早々、日本人の働き方を目の当たりにして「なぜ皆、毎日夜遅くまで働くの?」「なぜ日本には通勤ラッシュがあるの?」と私に聞いてきたんです。
私も日本人の働き方には疑問を感じていたので、「私も変えたいんです……」と言ったら、「それなら変えよう!」と。そこからわずか4カ月というスピードでWAA導入に向けたプロジェクトを立ち上げ、全社員に発表しました。

「会えないと話せない」思い込みを外すマインドセット

――イタリア人の前社長には、満員電車に揺られてオフィスに通勤し、毎日残業する日本人の働き方は“あたりまえ”にみえなかったのですね……。

でも、当時の社員にとってはそれが“あたりまえ”。だから、WAAのプロジェクトを発表した当初は不安や不満の声がたくさん上がりました。「チームのコミュニケーションがとりにくくなるのでは?」「チームワークが発揮できなくなるのでは?」「サボる人が出たらどうするんだ!」などなど……。

でも、「リアルで会えないとコミュニケーションがとれないの?」とよくよく考えてみると、そんなことはありません。話したければ、オンラインチャットでも電話でも、コミュニケーションの手段はいくらでもありますよね。問題は会えないことではなく、「会えないと話せない」という思い込みだったんです。

WAAの推進のためには、社員、特にリーダーであるマネジャー層の思い込みを外すこと、つまりマインドセットが必要だ――そう考え、マネジャー向けのトレーニングと、誰でも任意で参加できるトレーニングを用意しました。

トレーニングの内容は、単なる制度の紹介や運用方法だけでなく、社員一人ひとりのマインドセットに重点を置いたものです。WAAをきっかけに、どんな人生を送りたいのか。そのためにはどんな働き方をしたいのか。そのことを自らに問いかけ、自分で選択してほしいと社員に伝えました。

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――実際にWAAを運用してみて、いかがでしたでしょうか?

スタートしてみたら、本当に何の問題も起こりませんでした(笑)。「会えないと話せない」というのはやっぱり思い込みだったんだ、ということに社員一人ひとりが気づき、マインドセットが進んだことで一気に普及していったんです。

WAAが定着するにつれて、社員一人ひとりにも「自分はどう生きたいのか」を考え、その生き方に合わせて働き方を自ら考え、選択する文化が浸透していきました。中にはこんなユニークな働き方を実践している社員も出てきましたよ。

<WAAによる働き方の一例>
・予約がとりやすい平日昼間の時間帯にテニススクールに行く
・年末年始の混む時期を避けて帰省、実家から仕事
・妻と一緒に0歳の双子の育児をしながら在宅勤務
・飛び石連休中、旅行先から30分だけ重要な会議に参加
・平日の昼間に休憩をとって副業
・会社の提携する地域でワ―ケーション。漁港で朝食をとり、海の見えるシェアオフィスで仕事!
(※現在はコロナ下で実現できていない事例もあります)

社内から社外へ、WAAの輪が広がる

――WAAは社内だけでなく、社外に与えるインパクトも大きかったようですね。

プレスリリースの発表当日から取材が殺到して……企業・団体の人事担当者からの問い合わせの電話も鳴りやまない状態でした。その、後10回以上にかけて社外向けのWAAの説明会を開催し、400社以上に参加いただきました。

2017年1月には、WAAのビジョンに賛同する人なら誰でも参画できるコミュニティ「Team WAA!」を立ち上げました。現在ではSNSのグループに2,000人を超えるメンバーが登録しています。原則として毎月1回、集まれる人が集まり、Team WAA!メンバー限定のセッションを開催しています。

さらに、同年7月にはユニリーバ式ワーケーション「地域de WAA」を導入し、地方自治体と提携してにワーケーションのオフィスを設ける取り組みを開始。さらに2020年7月には、誰でも、どこからでもユニリーバの仕事ができる副業人材募集プラットフォーム「WAAP」を導入しました。

WAAが普及した「5つの要因」

――WAAが提唱した新しい働き方の文化が社外へと広がって、さらにWAAそのものも進化しているんですね。この5年間を振り返って、ここまでWAAが広く普及した要因は何だったとお考えですか?

大きく、次の5点に整理されると考えています。

➀テクノロジー
➁「ビジョン」からスタートしたこと
➂リーダーのコミットメント
④成長のマインドセット
➄仕事の明確化

「➀テクノロジー」は言うまでもありませんね。遠隔でコミュニケーションがとれる技術があってはじめてWAAは実現します。特にコロナ後はリモートシステムが発達しましたね。

「➁『ビジョン』からスタートしたこと」はとりわけ重要なファクターです。長時間労働、生産性の低さといった課題ばかりにフォーカスすると「何のためにするのか」という本来の目的を見失い、制度を導入すること自体が目的になってしまうことがあります。
目的は、すべての社員がいきいきと自分らしく働き、豊かな人生を送ること。WAAはその実現のための手段にすぎません。そのビジョンをトップマネジメント全員が共有し、社員に伝えられたことが成功の一因だと感じています。

「➂リーダーのコミットメント」は先ほど言ったとおり。前社長のフルヴィオの強いコミットメントがあったからこそ、4か月という短期間でプロジェクトを立ち上げ、推進することができました。

「④成長のマインドセット」は私たちがよく使う言葉です。何か新しい取り組みをしようと決めたときに、できない理由を100も200も並べ立てることもできれば、「どうしたらできるのか」に意識を向け続けることもできます。どちらを選ぶかはその人次第ですが、後者を選んで、見つけようと意識すれば、できる方法もまた100も200も見つかるものです。WAAの根底には、この前向きなものの見方、すなわち「成長のマインドセット」があります。

最後に「➄仕事の明確化」。単に、仕事に対する職務記述書があるということではなく「あなたに何が期待されているのか」を上司が明確にし、部下にとっても「自分が何をすべきなのか」が明確であるということを意味しています。これが不明確だと、たしかに部下が常に目の届くところにいないと、上司も落ち着かないかもしれませんね(笑)。

”あたりまえ”を変えるためのTips

――ところで、一般的に「人事」と聞くと保守的なイメージがありますが、WAAのような取り組みを推進するユニリーバの人事(HR)部門にはどういうカルチャーがあるのでしょうか?

「人事=保守的」というイメージも、もしかしたら「思い込み」かもしれませんよ(笑)。

文化というものは形容詞で表現できます。ユニリーバHRの文化を形容詞で表現してみるとこんな感じでしょうか?

オープン、明るい、元気、新しい、忙しい、みんなで、チャレンジする

もちろん人事には、大切な情報を適切に管理する、毎月の決まったプロセスを正確に継続する、といった「守り」の姿勢は必須です。でも、「守り」だけではWAAのような取り組みは生まれません。「守り」と「チャレンジ」の両方のマインドが大切ですね。

――CAERUプロジェクトのテーマは「“あたりまえ”を変える」です。“あたりまえ”を変えるために大切なことは何ですか?

大きく、4つあると思います。

①メタ認知力(客観的に自分や自分たち、状況や事象を俯瞰・観察できる力)
②想像力/創造力
③気づく力(①の結果を②と照らして、Gapに気づく力)
④行動力(Gapに対してアクションする力)

“あたりまえ”がすべて悪いとは思いません。ですが、“あたりまえ”に慣れすぎてしまうと、本当だったらもっとやれること、もっと広がることがあるのに、それに気づけなくなり、その可能性を狭めてしまいます。これほどもったいないことはありませんよね。だからこそ、世の中や自分自身の中にある“あたりまえ”を客観的に観察するメタ認知力や、想像力/創造力が必要なんです。

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新しい働き方は「性善説」で運用しよう!

――再びWAAの話に戻ります。長引くコロナ禍をきっかけに、他社・他業界でも、リモートワークやワ―ケーション、副業の推奨など、働き方や雇用のありかたが大きく変わってきているように感じます。

非常にいいことですよね。場所や時間にとらわれない働き方や、パラレルワークが“あたりまえ”になっていってほしいですね。

――WAAを通じて新しい働き方を発信し続けてきた島田さんから見て、こういった新しい働き方の気運が“あたりまえ”として定着していくには何が必要だと思いますか?

リモートワークやワ―ケーション、副業といった制度を導入して「はい、働き方改革です」ということにはなりません。繰り返しになりますが、私たちがめざすのは、すべての人がいきいきと働き、健康に、楽しく豊かな人生を送ること。だからこそ、制度の導入をきっかけに、社員一人ひとりが自分自身の「生き方」を本質的に見直すこと、すなわちマインドセットが求められるんです。WAAのロゴも、制度とマインドセットの2つの車輪でバランスを取りながら走る自転車をイメージしています。

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同時に、部下を管理するマネジメント層にとってもマインドセットが求められます。それは「性悪説」から「性善説」へのマインドセットです。

せっかくの制度も、性悪説に立って「社員がサボるのではないか?」などと社員のことを疑っていると、ルールばかりが増え、結果的に使いにくいものになってしまいます。

――リモートワークでも、ずっとリモート画面を繋ぎっぱなしにして社員を監視している事例もありますよね……。

必要なのは「心配」ではなくて「信頼」です。信頼して、社員一人ひとりに任せる。何かが起こったら、そのときにきちんと対応すればいいんです。

WAAを導入してからの5年間、ユニリーバではこれまで何の問題も起こっていませんし、会社としても順調に成長しています。それは圧倒的な性善説に立って運用しているからにほかなりません。
「しんぱい」から「しんらい」へ。「ぱ」を「ら」に変える。これが本当の働き方のパラダイムシフトだと思っています。