記事一覧
短歌人2024年5月号 掲載作品
沿線の景色が変わりスカートの下にジャージを穿く子が見える
入れ替わる数秒前のわたしたちぶつかるだろう出会い頭に
電柱の傾いている街だから忘れるためには時間じゃなくて
植栽のまばらな樹々のそのひとつをユリノキだって教えてくれた
さっきまで歩いてた道をふりかえる地図ではわからなかった高低差
恋をしている黒つぐみたちが「鏡は敵、硝子は味方」と囁いている
ありがとうございました。
短歌人2024年3月号 掲載作品
未読だと言えないままに積んでいるかたちばかりで移ろう季節
冬のことを忘れる自信があればこそ冬の遊具を泣かしてまわる
トンネルの中にみつけた区境を忘れて生きるワンダーフォーゲル
ポケットであたためていた逆光に「雑木林」ともう一度言う
万策の尽きてあかるいイエローの点滅つづく夜のあかるさ
a音やo音多めの声を出し冬の夢から醒めていくだけ
ありがとうございました。
短歌人2024年2月号 掲載作品
説得はされないままで冬になる手前をバスはバス通りへと
常夜灯 たゆたう稚魚に触れようとすればたちまち眠りにおちる
遠くから奇妙に見えた陸橋をシンプルに越え、いい夜ですね
少年は夢をみながら老いやすくマンボウは死にやすさに漂う
躊躇わず字牌を切れば寒々とロンの声にも流れる季節
詰られて夜に煮詰めて薫り立つレシピ通りのグリーンカレー
ありがとうございました
短歌人2024年1月号 掲載作品
ねむれない夜にまかせて匙の錆こそぎ落として空は明るむ
借りている傘のある部屋も借りものでそろそろ髪も切ろうと思う
暗がりを正しくおそれる 先に逝くことをおそらく信じていない
地図上の破線が示す未成線で海へ行こうとしていた夏は
ヘアピンの錆の遺った洗面台 かつての海水浴場のにぎわい
朽ちたフェンスの向こうを走る国道の向こうの地域猫が見ている
フラッシュバック 短歌12首
沖をゆくホバークラフト地上ではたくさんの蟻にお菓子を運ばせた
信じなくてもいいんだけどPARTNERって名前のタバコがあったんだよ
眠るならこれもってけよ 桃 それで、結局五時くらいまで起きてて眺めた
その役はごめんだ鷹はむきだしの急降下をしてサイレンは鳴る
ありえないグラスホッパー手の中に隠して帰った 太陽の数だけ
天啓のように天啓は対価を発生させながら濡れた床を拭き払わせる
マイルドに言って地
とこしえに 短歌5首
チョコチップクッキーに感じた友愛それからはあらゆるものに顔を探した
夜に滅んだ国の残土で埋め立てた臨海公園 そういうこともある
かわるがわる人は何かを話すけど鬱の向こう岸へとフェリーは
固めたけれど投げられなかった雪玉のとける路上の抒情を避ける
旧時代のショッピングモール「とこしえに」あなたのすべてと火を貸してくれ
初出『西瓜』第七号「ともに」欄
マダガスカル句会で作った川柳
題「バイオリン」
パトカーもバイオリンだとおもう昼
バイオリンとカスタネットの決勝戦 (これを出しました)
バイオリンを使わず5秒で落としきる
題「アトム」
タイのアトムがアトムヤムクン (これを出しました)
スマイリー・スリーマイル・メルトダウン
原子炉がお腹あたりにある男
題「カレンダー」
十月の裏に描かれた綾波レイ
カレンダーガールの夢見る森伊蔵
日めくりをめくり忘れてビックバン (
ちから 短歌8首連作
合理的な理由をもって花となり手折られることを厭わずに咲く
墨田区をトゥデイが走る意味なんて知らないけれど五月晴れの日
持ち上がるわたしのからだを持ち上げるあなたのちから 噴きあがる水
感情に触れられてしまった水槽の奥に大事にしまっていたのに
昼に見たかもめの番い心臓は静かにあなたを動かしている
じゃんけんではじめて勝ったよろこびに声を殺して咲くヒガンバナ
期待とはかけられるもの十月を不在にしない神
冬ならば 短歌6首連作
結晶のつよさとよわさ凍土には孤独な者しか立ってはいけない
流氷を砕くこころの弱さにはつけこむ古き生き物の性
晴れたならこころしてゆく守るべきものは何かと問いかけながら
いちめんの雪野原にただ鈍色の空を映してみどりの影よ
黄金の手足であれば守るべき価値はあったと笑ってあげる
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春ならば水にたゆたう質量のありかとして アンタークチサイト
市川春子『宝石の国』 アンタークチサイトさんへ寄せて
短歌人2022年8月号 掲載作品
さまざまな種類の羊をみた夢は夢ではなくて千葉県だった
涙目になりながら見るからぼやけてる荒れてるところも胃壁はピンク
山を展いてうまれた街が衰退し再び山になるまでを見せて
あれがわたしの家でも全然かまわないとサンリオピューロランドを撮るひと
牛乳で割るものすべていいもので白く塗りつぶされるいいちこ
ありがとうございました。
もこもこ川柳 五十五句 戸似田一郎
触るものみんなもこもこ傷つけた
もこもこの出荷もいよいよ佳境です
もこもこにされて財布を奪われる
誤嚥性もこもこ内閣総辞職
見せもんじゃねえぞもこもこ症候群
もこもこが混入してたと騒ぐ客
もこもこをめぐり絶縁した姉妹
もこもこを忘れてコンビニで買った
父さんな、もこもこで生計たてる。
井上が高校デビューでもこもこに
曖昧な展示もこもこミュージアム
コンビニがつぶれてできたもこもこ屋
ビーフオアもこ
第21回髙瀬賞応募作品 15首連作
「図鑑日和」 戸似田一郎
柔らかい光が部屋を明らめて図鑑でも読む日和となった
いくつかの図鑑に父の翳がある 忘れていたから思い出すこと
四十年前の地点で終わっている「歴史」に歴史は輝いており
連絡船の写真の粗さ 樺太はもうないけれど行くことはできる
灰色の放水車から放たれる水にも虹はかかるのだろう
国鉄は乗り物図鑑の真ん中で超特急の秘密を明かす
直感を信じた幼い僕たちが〈観光バス〉で目指した稜線
短歌人2022年7月号 掲載作品
くりかえす音に体を揺らしてるこどもの気持ちがほとんどわかる
でかい蜂いきなり家にやってきて殺されてしまうでかいばかりに
ひさびさに東京を歩くひさびさに盲導犬をひさびさに見る
絶対に許さない人がいたほうがいいらしいけど嘘だといいな
日高屋の熱燗うまい日高屋とつりあいのとれた生活の肌理
ありがとうございました。