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第21回髙瀬賞応募作品 15首連作

「図鑑日和」 戸似田一郎

柔らかい光が部屋を明らめて図鑑でも読む日和となった
いくつかの図鑑に父の翳がある 忘れていたから思い出すこと
四十年前の地点で終わっている「歴史」に歴史は輝いており
連絡船の写真の粗さ 樺太はもうないけれど行くことはできる
灰色の放水車から放たれる水にも虹はかかるのだろう
国鉄は乗り物図鑑の真ん中で超特急の秘密を明かす
直感を信じた幼い僕たちが〈観光バス〉で目指した稜線
カットインされる記憶の左手に見えますあちらが地獄谷です
外海は宇宙の碧さその縁を銀針(ニードル)となって電車は進む
「こーずです」国府津(こうづ)の駅に理由などなくて季節になれば梅の香アウトロがストリングスで完璧になった 父とは二度と会えない
ゾウがいた公園だからゾウがいた公園を示すゾウの記念碑
ダイソーで三百円だったイヤホンのLの側から聞こえなくなる
夕焼けに赤く染まった記憶には緘口令が敷かれはじめる
どれだけの血脈湛え献血のバスはゆっくり駅前を去る


今年は最終選考の俎上にこの連作がのぼることはありませんでした。
また来年がんばります。

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