ハロウィンの翌朝

この世界には売れ残りという概念がある。

ハロウィンで子供にお菓子を配ったり、パーティーでお菓子を出したりするとき、誰の手にも取られず、翌日まで余ってしまうお菓子が存在する。

2020年のハロウィンは、シェアハウスに住む同居人たちがパーティーを開いてくれて、僕もそれに参加した。

彼らが数日前から準備していたのは知っていたが、実を言えば、コスチュームを準備するやる気がまったくなかった。

というのも、友人のキノコ博士が、予定よりも早く日本に帰ってしまっためである。

彼に協力してもらって、今年は"うる星やつら"の"ラムちゃん"の衣装を作る予定で、楽しみにしていた。

ちょうど2か月前に、海藻のように鮮やかな緑色に髪を染めていたので、ラムちゃんという選択肢はもってこいだった。

来年、僕の髪が何色になっているかはわからないし、せっかくラムちゃんができるチャンスを大切にしたかった。

ビキニを着るなら痩せなきゃなぁー、どんなデザインにしようかなぁー、なんて考えていたが、キノコ博士が帰ってしまったので、衣装を作ることはできなくなってしまった。

期待していたことができなくなったとき、時間はあっという間に流れてしまう。

結局、私は当日の昼に化粧品を買ってきて、3時間かけて、紫と緑で、タコの触手のイラストを顔に描いた。

初めてのフェイスペイントだけど、案外上手くいって、パーティーに来てくれた人達にも好評だった。

なんだかんだ、当日はパーティーを楽しむことができていた。

パーティーの翌日の朝、思ったより早く目覚めた。

何人かのお客さんは酔いつぶれて、二階の部屋でくたばっていた。

リビングの床は汚れて、飲みかけの缶ビールが転がり、テーブルの上では昨日の料理の余りが、オレンジ色のカボチャの横で、カピカピになっていた。

キッチンの照明はパーティーのために緑色の電球に付け替えられていて、僕は深夜の病院の様な光の下で、冷凍の餃子を8個ほど茹でてポン酢で食べた。

何か甘いものが欲しくなって、チョコレートが無いか探した。

しかし、テーブルの上のかごの中には、Skittlesというお菓子しか残っていなかった。

昨日はM&M'sやReese'sのチョコレートが大量にあったのだけれども、その中でもSkittlesだけが残っていた。

Skittlesとは、M&M'sの様な見た目をしたカラフルなチューイングキャンディで、アメリカでは色んなお店に並んでいる。

安くてポピュラーなお菓子で、レジ横でもよく目にする。

何度か食べたことがあるけど、余り好みの味ではなかった。

"アメリカ内ではそれなりに支持を得ているお菓子なんだろうな"と認識していたが、この売れ残りっぷり、どうやらそうではないらしい。

いろいろな疑問が浮かぶ。

なぜ、売れ残る程度の実力しかないこの不人気お菓子を、私は色んな所で目にしてきたのか?

"何か優れた能力があるわけでもないけど、なぜか人脈があって有名な人物"、そんな性格をSkittlesに感じた。

僕は日本の駄菓子で育ったので、"アメリカで育った人が持つアメリカの駄菓子に対しての感覚"を知らない。

だから、アメリカで育った人がSkittlesに対して、どのような意識をもっているかを、体験として得ることはできない。

思い返すと、アメリカに来る前にも、僕はSkittlesに二度出会ったことがある。

一度目は、佐賀のコストコで出会ったSkittles。

もう一つは、シンガポール旅行で出会ったSkittles。

どちらも、自分の日常とは異なる時間と空間で出会っており、その時のSkittlesは、"異国の知らないお菓子"という第一印象を僕に与えた。

Skittlesさんも、そう意識したり演出していた訳でなないだろうけど、やっぱり、ハイチュウさんや果汁グミさんの様な慣れ親しんだお菓子に比べると、どうしても華やかでおしゃれな印象を受けた。

それから数年たって、実際にSkittlesさんの国に来てみても、Skittlesさんはいろんなところで活躍していらっしゃった。

"あの人色んな人に慕われているけど、僕はなんか合わないんだよね。"が、Skittlesさんに対する印象だった。

しかしである、この"ハロウィン売れ残り事件"で、私の中にあったSkittlesさんに対する"違和感"は確信に変わる。

"あれ、Skittlesさんって、別に凄い人じゃないんだ。"

"Skittlesさんのことが苦手な人って、僕以外にもけっこういるんだ。"

僕は、一気に、一瞬で、Skittlesさんに対して、ネガティブな印象を持ってしまった。

買い出しなんかで、いくつかのお菓子を買う時に発生する、"とりあえずこれも買っとくか枠"に上手いこと収まった存在がSkittles氏なのである。

しかし、"なんか僕は合わないんだよねSkittlesさん"から、"知名度は高くてもファンは少ないSkittlesさん"に認識が変化した途端、Skittlesさんに同情を覚えた。

ニューヨークで孤独に暮らす自分と、華やかだけど友達は少ないSkittles氏を重ねてしまった。

それで、Skittlesをかごから出して、袋を破いて、何粒か口に入れた。

やっぱり、不味い。


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