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てのひらから伝わる愛

ヒトの手は、ふしぎなチカラを持っています。落ち込んでいる時にふと背中に添えられたぬくもりに励まされることや、一緒にがんばりましょうと固く交わした握手にこの上ない安心感と信頼感を覚えることがありますよね。

『ふれる。』その一瞬で、頭や心が認識するよりもはるかに早く、あらゆる情報が感知されます。肉体には微弱な電流が流れていて、気の合う人・波長が合う人にふれられると、心地よい感覚がお互いの体内をやわらかく巡り、おだやかな気分になっていくのです。実際、人間に限らず動物においても、ふれあうことで癒やしホルモンと呼ばれるオキシトシンが分泌されて、ストレスや痛みが軽減することがわかっています。

反対に、イヤな相手や本能的に警戒するべき人物にふれられて、全身の毛が逆立つような経験をしたことが誰しもあると思うのですが、それはまさに電気信号が逆流するように危険を察知して、身体がNO!と敏感に反応したということですね。

皮膚感覚というのは想像している以上に繊細で、そして正確であり、もちろんとても重要なのです。ふれているものによって心の状態が大きく左右されていることは、実はあまり認識されていないし、ある意味恣意的に無視されていたりもします。一部では色眼鏡で見られることもあるようですが、自然志向の人が綿や麻や絹の服を好んで身につけるのは、なにか宗教的な思想にかぶれているからなどではなく、絶妙にどこかがしっくりこない形に仕立てられた化学繊維の服を着ていると、単純に心が落ち着かないからではないでしょうか。

不自然に機能性を高めた生地で作られた細身の服で全身を覆われている。それだけでもストレスなのに、さらに今はマスクが四六時中顔に当たっている。せめて天然素材でと思ったら、効果がないから不織布にしなさいとお達しが出される始末。敏感なほっぺたがずーっとザラザラのものになでられ続けてるなんて、不愉快極まりないに決まってます。そりゃあ社会のあちこちがギスギスしてしまっても致し方ないんじゃないかと…一刻も早くマスク生活にサヨナラしたいなぁ、とつくづく思う日々です。

ほっぺ

『手当て』という言葉があるように、元来人々は手を使って皮膚から心を癒やしてきました。孫からおばあちゃんへの肩たたきも、「痛いの痛いの飛んでいけー!」も、仲直りの握手も抱っこもみんな、ふれあいによる癒やしですよね。悲しみに打ちひしがれている人や、事故や災害などのPTSDに苦しんでいる人に、ゆっくりふれて撫でるマッサージを数週間に渡って受けてもらうと、ほぼ全員が笑顔を取り戻したそうです。

身体心理学者の山口創教授が書かれた「手の治癒力」という本はわたしの愛読書のひとつですが、その中でセルフケアについても詳しく述べられています。親密な人とのスキンシップと同じように、自分でも自分を癒やすことができるのです。頭やおなかが痛い時にそこを押さえるのも、不安を感じて自分を抱きしめるように二の腕をさわったり頬を包み込んだりするのも、自分をいたわるための無意識の働きだということです。

そして、全身の触覚を解析する脳のシステムのなかでも手、特に指先が占める割合はとても大きく、やわらかく肌ざわりのいいものをさわっていると心も優しくなるし、皮膚が温かくなると心も温かくなるんだそうです。ほわほわの赤ちゃんや動物を撫でるだけで、幸せホルモンがあふれて癒やされていく。誰しもそういう実感があるのではと思います。愛を受け取ることも、送って伝えることもできる、他者との、そして自分の身体感覚との絆を結んでくれる、てのひらに備わったチカラ。

ハンド

わたしも時には自覚的に、時には無意識にしょっちゅう自分のどこかにさわっているのですが、最近ふとパン生地がこねたくなり、数年ぶりに強力粉と酵母を購入して、パンを焼きました。(ちなみに過去に何度か小麦粉の害や血糖値スパイク、中毒についてなどの記事を書いたこともあり、基本的にはあんまり食べないほうがいいよーと思ってはいるものの、昔は1日4食(?)パンでも平気で、友人とパン屋さん巡りをして冷凍庫にみっしり詰めていたくらいのパン好きだったことをここに白状します。)

料理教室のインストラクター時代や自分でお店をやっていた頃、パン生地をこねたり丸めたりしている時間が特別に好きでした。少し前にYouTubeのおすすめに上がってきた料理系の投稿のなかに、とても素敵な空気感でゆったりとパンを焼いている方の動画があり、何本か拝見しているうちにあの幸せなてのひらの感覚を思い出して、久しぶりに生地にさわりたくなったんです。

カフェで出していたパンは、酵母を最小限にしてほとんどこねず、低温でじっくり時間をかけて発酵させる方法のもので、そのやり方のおいしさを知ってからはベーグル以外はほぼそれで焼いてました。今回の生地も温度としては温かいものではなくひんやりタイプだったのですが、水分がかなり多いリュスティックにしたので、しっとりした手ざわりを心ゆくまで堪能し、そしてやっぱりパン生地の気持ちよさに癒やされました。

頼りなかったデロデロの生地が、少数精鋭の酵母ちゃんの健気ながんばりでゆっくりゆっくり発酵し、時間をかけてぷくぷくと呼吸をしているのが愛おしく、オーブンの中で立派な姿に育っていく様子を見届けていると、大切に扱わなければといつも思います。雑誌のインタビューなどで職人の方が「パンは我が子同然」と言ってることがありますが、パンを焼く人ならあの感覚はわかるはず。手塩にかけて愛情を注いで育てた、可愛い存在なんですよね。

てのひらを使って柔らかいものを丸めることは、癒やし以外にも脳にさまざまな刺激が与えられ神経が発達するという効果があります。集中力が増して感覚も研ぎ澄まされ、頭がよくなるということです。優しい気持ちになれて心が安定し、脳にもいい影響があって、悲しみやストレスも消えていくなんて、最高じゃないですか?

そば打ちや陶芸にハマる人も多いですが、パン作り未経験の人にパン生地をこねてもらうワークショップ(パン教室とは別のアプローチで)も、結構需要があるんじゃないかと思うくらい、癒やしの効果をあらためて感じました。ささくれた気分を丸めたい人や、胸の痛みに心がざわざわしている人は、パンを焼いてみるのはいかがでしょう!てのひらで生地と会話をしているうちに、少しづつ癒やされ満たされていくに違いないと、そう思います。

お福分けのひとしずくをありがとうございます!この波紋を大きく広げていきたいと思います。