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「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」③ 龍崎翔子氏と考える“自分らしさ×利他”のデザインとは(後編)

予測不能な時代のなかで、“都市と生活者”の関係は果たしてどこへ向かうのか。
その糸口を探るため、NTT都市開発 デザイン戦略室と読売広告社 都市生活研究所が立ち上げた共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。雑誌メディア3誌の編集長との対話で得た気付きを深掘りし、新たな探求に取り組んでいます。
2021年度のテーマは、「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」。建築家・建築学者の門脇耕三さんを伴走研究者に迎え、私たち自身の意識のゆくえを考えていきます。
 
情報学研究者ドミニク・チェンさんに続いては、気鋭のホテルプロデューサー 龍崎翔子さんとの対話を実施。「利己を徹底する姿勢が、結果的に利他へつながる」という思想のもとに、ホテルのイメージを一新した実践事例から、産後ケアリゾートなど社会と向き合う試みまで。発見に満ちた対話の模様をダイジェストでお届けします。(後編)
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<対話参加メンバー>(敬称略)
 
伴走研究者:門脇耕三 
 
「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司
梶谷萌里(都市建築デザイン部)
 
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
城雄大、水本宏毅、小林亜也子
 
その他の参加者
NTT都市開発株式会社(以下NTTUD)
南塚清子、福島千賀子、鎌田理紗、天野友里亜、石川有祐美


徹底した利己の姿勢が、他者のメリットにつながる理由


門脇 これからの社会を考える上で、今やさまざまな場面で多様性というキーワードが挙げられています。龍崎さんご自身は、多様な他者が共存する方法についてどうお考えでしょうか。
 
龍崎 他者の生きづらさに想いを馳せる以前に、まず自分の生きづらさを把握することが大事だと思います。それが自分自身にとってより良い選択肢やソリューションにつながり、結果的に他者にもメリットをもたらしていく。つまり徹底して利己的であることが、究極的には社会の幸福度を最大化するわけですね。というのも、目の前にいる一人ひとりを理解して、その人が求めるものを完璧な形で提供するのは、非常にハードルが高いことです。でも、同じ社会構造の中で似たようなコンテンツに触れて感性を育んできた人間同士ですから、わかりあえる部分が必ずあるはず。だからこそ、自分の持っているインサイトや痛み……私が“渇き”と呼ぶ感覚を研ぎ澄まして、自分への解像度を上げることがすごく大事だと思っています。
 
私が中学生の頃の話ですが、メールの最後に名前を書いて絵文字を付けるカルチャーがあり、その絵文字がグループの他の人と被ってはいけないというルールがあった。同じ地域に住んで同じ制服を着ている生徒同士、絵文字が違うところにアイデンティティの拠り所を感じていました。そうやって何かを選ぶこと……逆にいえば選ばなかったことを通じて、自分自身のアイデンティティが削り出されていくわけです。
その意味で私は、社会に選択肢は多いほうが良いと考えます。選択肢に多様性がある社会を作ること、これが私たちの会社のビジョンです。というのも、選択肢が乏しい状態では、そもそも自分に何が必要なのかさえ気付きにくくなってしまう。自分自身への解像度を上げていくためにも、良質な選択体験が社会に数多く存在する状況が大切ではないでしょうか。

対話風景より。 (2022年2月23日、新型コロナウイルス感染予防対策を行いながら実施。写真撮影時のみマスクを外して撮影しています)


門脇 ありがとうございます。ここからはオンライン参加者の方からも、ぜひ意見や質問をいただければと思います。
 
NTTUD 南塚 龍崎さんご自身のさまざまな取り組みをご紹介いただいたなかで、ホテル以外にも効果がありそうなものがあると感じました。その上で、ホテルというコンテンツは龍崎さんにとって、変わることのないベースの部分になっているということでしょうか?
 
龍崎 ホテル以外にも体験設計を広げていこうとしているなかで、ホテルという空間のポテンシャルについて、まだまだ生かし切れていない部分があると感じています。ホテルの基本である「空間や時間にお金を払う」というビジネスモデルを生かしながら、まだ何か新しいことができるかもしれない。産後ケアリゾートはその一つですし、引き続きそうした可能性を追求していきたいと考えています。
 
NTTUD 鎌田 龍崎さんはホテルを日常と異なる体験消費の場と捉えていますが、一方で住まいに関してはどんな視点から選んでいるのか、住宅事業に携わる立場としてぜひうかがいたいと思いました。
 
龍崎 今は京都の町家に賃貸で住んでいますが、冬はとても寒いです(笑)。個人的に重視しているのは立地でしょうか。出張が多いので、京都なら京都駅、東京都内なら羽田空港など、ターミナルへの近さがQOL(クオリティ・オブ・ライフ)やパフォーマンスに直結するからです。あとは職住近接。通勤が楽であることは結果的にパフォーマンス向上につながります。ホテルには偶発性を求めるけれど、家には便利さを求める点で、選び方がまったく違いますね。
 
NTTUD 福島 私自身が妊娠中ということもあり、産後ケアリゾートの取り組みにとても興味が湧きました。ホテルに非日常を、自宅にはパフォーマンスを求めるとすると、産後ケアリゾートはその中間なのかなと感じます。一方で、頼る場所のない人が駆け込める場所という意味合いもありますね。
 
龍崎 いずれ自分が子どもを産むとして、親に頼るか、自宅で頑張るかの2択で考えてみて、第3の選択肢があってもいいと思ったのです。産後ケア施設の普及率は韓国では75%、台湾は40%ですが、日本では0.1%以下といわれています。しかも日本の場合、サービスも基本的には病院に準じたもので、「ぜひ行きたい」というワクワク感がかき立てられないことも認知が広がらない要因だと思います。だからこそ、ホテルの持つ非日常の感覚に、専門性や安全性を組み合わせた施設を作りたいと考えました。既存の施設のように産後の母親と赤ちゃんのためだけでなく、父親も一緒にいられる場所として、新しく始まる家族にとってキックオフになるような施設をイメージしています。

産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」のイメージ。


自分の“渇き”と向き合って、社会を“自分事”にする発想


門脇 この後は龍崎さんにお話しいただいたことを振り返りながら、メンバーそれぞれの気付きを共有し、知見を深めていきたいと思います。龍崎さん、どうもありがとうございました。
 
NTTUD 吉川 龍崎さんのお話で個人的に印象的だったのは、「何かを選択することでアイデンティティが削り出されていく」という考え方です。アイデンティティは生まれながらにして持っているものでも、自分だけで積み上げられるものでもなく、他者や社会との境界を構築していくなかで育まれていくものだと気付かされました。
そこで思い出したのが、今回の研究テーマにも含まれる、“自分らしさ”についての話です。日本思想史上では、「自分」の「自」という言葉には「自ら」と「自ずから」という二つの意味があるという考え方があるそうです。「自ら」が自分の意志で何かを行うことを指すのに対し、「自ずから」は無意識のうちになんとなくそうなってしまったというような、周りの環境も含めて“自分”が存在するという考え方です。他者に結婚の報告をする時に「結婚することになりました」と言うのにもその考えが表れていますよね。この二つが日本人の意識の根源にあるとすると、アイデンティティを意図的に「自ら削り出す」だけでなく、友達の薦めをきっかけにいつの間にか何かを好きになっているというような、「自ずから削り出されてくる」あり方にも目を向ける必要がありそうです。
だとすれば街においても、アイデンティティを「自ら削り出す」選択肢を設けるだけでなく、「自ずから削り出されてくる」ような環境づくりが重要ではないか。そのためにも、他者や街との接点をどれだけ創出できるかが、大きな意味を持つのではないかと思いました。
 
YOMIKO 城 “他者・社会の幸せ”を考える前に、まず何よりも自分に対する解像度を上げていく。そうやって自分の“渇き”に敏感になることが大切だ、という話が心に響きました。「徹底して利己を追求する」といってもエゴイスティックな思考を強めるわけではなく、龍崎さんにとってはそれが、自分がまだ気付いていない他者の存在やニーズに触れるために街と対話する方法になっている。しかもそれが結果的に、多くの人の抱える問題の解決へとつながっているわけです。これはドミニク・チェンさんとの対話(「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」② ドミニク・チェン氏と考える「わかりあえなさ」と共生のビジョン)で言及のあった、“わたし”から“わたしたち(We)”への意識の変化、自分と他者の共通の価値観を探し出す方法の実践にもつながる、大きなヒントだと思います。他者のことを考える上で、まずは自分の解像度を上げることからスタートする……これは誰にとっても実践しやすく、とても素直な方法ではないでしょうか。
 
NTTUD 井上 “他者”と一言で表した時に、どのような人を考えているのかも重要ですね。利己を突き詰めて他者とつながる方法が有効なのは、あくまで自分が育ってきた環境やコミュニティからイメージし得る“他者”の範囲に限られるように思います。それに対して、実際の世の中には極めて多様な人々が存在しているわけですから、イメージし得る他者の幅をどう広げていけばいいのか……ここが重要ではないでしょうか。

YOMIKO 城 自分がリアルな関わりを持っていない他者のことを考えるのは、ともすれば傲慢なやり方になるという龍崎さんの考え方は、龍崎さん自身のリアリティの反映だと思います。でも最初の門脇さんとの座談会(「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」① 利他を叶えるライフスタイルの概念と実践とは?)でも触れたように、自分自身の属性がいろいろな社会やコミュニティの“かたまり”に属していると捉えることで、今後はその多様な自己のあり方が個別の分人として拡張していくと考えるなら、どうでしょうか。その流れによって個人の内なる多様性が高まっていくとともに、他者との共感の幅も広がっていくわけです。
 
NTTUD 井上 そう考えると、街づくりにおいても個人の多様性を意識して高齢者や子ども、アーティストなど、いろいろな属性や立場の人々を巻き込んでいくことが重要な取り組みといえますね。
 
YOMIKO 小林 利己の追求が利他につながるという意味では、龍崎さん自身が複眼的にものを捉えているからこそ、課題感が“自分事ドリブン”になったり、パーソナルな糸口から街のコンテクストに接続していくことができるのではないかと感じました。また、ホテルとイマーシブシアターを掛け合わせる試み「泊まれる演劇」の事例では、従来の“演じる側”という主体と“見る側”という客体が入れ替わり、ゲストが演劇をプレイする存在の一人になる。主体と客体が一体になる点で、従来の街づくりにおける“巻き込む側”と“巻き込まれる側”という対抗軸的な考え方を乗り越えるヒントになるかもしれません。

宿泊型イマーシブシアター「泊まれる演劇」のイメージ。


“相容れない多様性”を育む街づくりのために


YOMIKO 水本 徹底して利己的な視点から社会にまだ存在しないものを作り出すことで、それが結果的に利他へとつながっていく。読売広告社 都市生活研究所が伊藤亜沙さん(東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授)と取り組んできた利他研究を振り返ってみても、これまでになかった発想だと思います。いわばパーソナルな他者の価値観や生きづらさを、自分事としてフィードバックしていくわけですが、誰もが実践できるかというと、龍崎さんのレベルにはなかなか到達しづらいかもしれない。この点が課題だと思いました。

門脇 他者の視点を自己の体験として取り込みながら、さまざまなコンテンツを作り出す方法論には大きな可能性があると感じます。難しいのは、それを建物単体ではなく、都市というスケールへと拡大して実践すること。極めて多様なユーザーがいる状態を想定しながら、相容れない価値観が数多く共存している状態をどうやってつくり上げていくべきか。そこが都市の面白いところであり、難しいところでもあるでしょう。ドミニク・チェンさんのお話では、ぬか床の微生物たちが競争状態を経て、ある種の調和に落ち着くというメタファーが挙げられていました。多様であるがゆえに軋轢が生じることもある都市空間を、どのようにして持続させながら膨らませていくのか……。“都市というぬか床”の育て方次第で、主体と客体が入れ替わる状況を作り出すことができるかもしれないと思います。

YOMIKO 城 “発酵のメタファー”で考えるなら、街づくりも初期の段階から多様な人に参加してもらうだけで良しとするのではなく、良い“かき混ぜ方”が必要だということですね。模範的とされる基準に沿うだけでなく、そこから外れた菌が一定数いなければ、豊かな味わいや個性のあるぬか床にはならないからです。では、それをどう実践していくのか。この部分に関しては、昨年の対話で『MEZZANINE』の吹田編集長が挙げていたようにエリアマネージャーが取り組んでいる領域ではありますが(「都市と生活者のデザイン会議」④『MEZZANINE』編集長と考えるこれからの街と生活者の関係とは?)、より効果的な方法がないだろうかと考えさせられました。

YOMIKO 小林 一方でドミニク・チェンさんは、世界に対して変化し続ける関係性を認識することの重要性も指摘されていました。そうすることで予期せぬノイズが移り変わり、ぬか床的な調和が保たれていくのかもしれません。さらに「東京の街はメンテナンスフリーすぎて、ユーザーの関わりが排除されているところに危機感を感じる」というお話もありましたが、誰もがお互いをケアしたくなるような世界観を築き上げることが、ぬか床的な調和につながっていく気がしています。

門脇 音楽にたとえるなら、あらかじめ決まったハーモニーを演奏するのではなく、ジャズのように不協和音的なハーモニーをみんなが動的に調整し続けている状態……ともいえますね。

NTTUD 井上 その話で思い出したのは、2018年のフィールドリサーチで訪れたエストニアの首都タリンのテリスキヴィ地区のことです(NTT都市開発 デザイン戦略室note「Field Research」2018 #01 エストニア「テクノロジー×街づくり」)。一見すると雑多な印象の街並みですが、中に入ってみると調和が取れていて居心地が良い。何故だろうと考えていたところ、土地の権利者がテナントや入居者を自身の基準で選んでおり、面白い活動をしているスタートアップ企業や人を積極的に取り込むことで、統一感とばらつきを兼ね備えた街をつくり上げていたことがわかりました。

エストニアの首都タリンのテリスキヴィ地区にて、思い思いの時間を過ごす人々。

日本の商店街でも同じように、キーパーソンとなる人物が独自の視点で個性的な入居者を誘致しているケースが見受けられます。では、ぬか床的な調和をデベロッパーが実現するにあたり、必要なことは何だろうか。変化し続ける不透明な状況を見据えながら、ぬか床のような多様性を育んでいく方法が望ましい一方で、持続的な事業を計画するにはターゲットとなる属性を想定し、そこに特化したコンテンツを設計していく必要がある。相容れない部分があるだけに、悩ましい問題だと感じます。
 
NTTUD 吉川 ペルソナを立てること自体は街を計画する上では必要ですが、運営も含めた街づくり全体を捉えると、そこに過剰な期待やKPIを寄せすぎない方が良いかもしれません。つまり、特定のペルソナの動向だけでプロジェクトの成功や失敗の度合いを計るのではなく、予期せぬ状況も含めてそこで起きる状況と対峙しながら、常に反応し続けて街がより良くなるように育て続ける、そういった姿勢が必要なのだと思います。
また、「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイル」を一企業が街づくりとして提供するには限界があるかもしれない一方で、他者や社会のことを自分事として活動する人々と連携したり、そのような人々が能力を発揮できる場を与えて支援したりしていくことが、持続的な街の発展につながるのだと思います。併せて必要なのは、龍崎さんが出産直後の母親たちのTwitter投稿を自分の課題として受け止めたように、一人ひとりの生活者の思考に対して解像度を高めていくことではないでしょうか。先ほど門脇さんも言及されたように、その営みを街という大きなスケールの実践につなげていく方法が必要になってくると感じています。この点は、引き続き深掘りしていきたい課題だと思います。


まとめ:次なる対話に向けて


「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」をテーマに行われた龍崎翔子さんとの対話と、メンバーによるディスカッション。「徹底して利己的な姿勢が、結果的に利他へつながる」という龍崎さんの考え方が大きな気付きをもたらしながら、ドミニク・チェンさんとの対話で提示された“発酵のメタファー”のコンテクストと結び付くことで、さまざまな見解が導かれました。
“自分らしさ”という個別の視点を糸口に、それを街づくりのスケールへと拡大し、“他者・社会の幸せ”を築いていくために。今回のキーワードを抽出し、次なる対話に臨みたいと思います。


▶ 次回「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」④
 遠山正道氏と考える“社会的私欲”でつながるコミュニティの行方


実施日/実施方法
2022年2月23日 NTT都市開発株式会社 本社オフィスにて実施
 
「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
井上学、權田国大、吉川圭司
梶谷萌里(都市建築デザイン部)
 
株式会社読売広告社 都市生活研究所
城雄大、水本宏毅、小林亜也子

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
 
イラスト
Otama(イラストレーター)
 
クリエイティブディレクション
中村信介(読売広告社)、川端綾(読広クリエイティブスタジオ)
 
プロジェクトマネジメント
森本英嗣(読売広告社)
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