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「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」① 座談会 利他を叶えるライフスタイルの概念と実践とは?

NTT都市開発 デザイン戦略室

予測不能な時代のなかで、“都市と生活者”の関係は果たしてどこへ向かうのか。
その糸口を探るため、NTT都市開発 デザイン戦略室と読売広告社 都市生活研究所が立ち上げた共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。雑誌メディア3誌の編集長との対話を経て、第2弾となる取り組みが始まります。
テーマは、「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」。私たち自身の意識のゆくえを展望しながら、実践的な可能性を考える試みです。
探索の幅と深度を広げるべく、今年度は建築家・建築学者の門脇耕三さんを伴走研究者として招聘。リサーチに先駆けて行われた座談会の模様を、ダイジェストでお届けします。

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<対話参加メンバー>(敬称略)
伴走研究者:門脇耕三 

NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室(以下NTTUD)
井上学、吉川圭司

株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
城雄大、水本宏毅、小林亜也子 

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座談会風景より。
(2022年1月11日、新型コロナウイルス感染予防対策を行いながら実施。写真撮影時のみマスクを外して撮影しています)


探索テーマ「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」


デザインの観点から「新たな価値を生み出す街づくり」を探求してきたNTT都市開発のデザイン戦略室と、都市と生活者の関係について調査研究活動を行ってきた読売広告社の都市生活研究所。「都市と生活者のデザイン会議」は両者の視点を掛け合わせる試みとして、2020年度より活動を開始しました。
最初の取り組みは、都市にまつわる雑誌メディア編集長との対話企画。「生活者の意識変化とこれからの街づくり」をテーマに、『商店建築』『WIRED』『MEZZANINE』3誌の編集長と対話を行い、大きく視野を広げることができました。

そのなかで見えてきたのが、従来の合理性とは対極ともいえる“都市の余白”が持つ可能性や、“自ら見つける”という生活者たちの能動的な意識など、経済性や効率性を超えた観点から街のありようを捉える必要性です。
そこにあるのは、自分らしさや幸福感など、一人ひとり異なる価値を見出したいと願っている人々の姿。一方、都市や社会のレベルでは多様な個がそれぞれに幸福を追求しながらも、持続的に共存できる仕組みが問われています。また、SDGsやサーキュラーエコノミーなど持続可能な社会に対する意識の高まりをふまえるなら、こうした課題を“やるべきこと”と捉えるのではなく、一人ひとりの行動が“自分らしさ”と高次元で融合を遂げたライフスタイルが、今後は求められていくことでしょう。

以上の仮説に基づき、2021年度の探索テーマは「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」に決定。
自分らしさや幸せ、自他の共存は、私たちの生き方の根本に関わる命題です。これらは抽象的な価値ではありますが、確固たる概念があればこそ、そのビジョンを共有しつつ自ら行動する気運や、社会をよりよい方向へと導くサイクルが生まれるはず。だとすれば、抽象的な思考をしっかりと掘り下げて概念化することで、具体的な街づくりにおける普遍的な価値の手がかりが得られるのではないか。
こうした観点から、従来の経済的原理のもとでは非効率という理由で見過ごされがちだった概念レベルの思考にしっかりと向き合い、次に実践レベルの可能性をリサーチするという、2段階のアプローチを採用することになったのです。

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概念から具象へ、2段階アプローチのイメージ図


伴走研究者:門脇耕三さん(建築家・建築学者)

人々の生き方や幸福観、利他的な共存の仕組みから、建築としての実践、都市の構造に至るまで。抽象的な命題を幅広い視座で捉えながら、それをライフスタイルデザインや街づくりとして実装する方法について考えていくには、どうすれば良いか。
この課題を前に私たちは今回、建築家・建築学者の門脇耕三さんをプロジェクトの伴走研究者としてお迎えすることにしました。

門脇さんは、建築構法を専門としながら設計や建築批評などの活動を展開。2021年にはイタリアのヴェネチアで開催された「第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」日本館のキュレーターを務めました。同プロジェクトでは、昭和期に建てられた東京の木造住宅『高見澤邸』を解体し、現地の職人とともに再生と再構築を実施。人口減少に伴い増加を続ける空き家の1軒にも、施工や増改築の歴史的な痕跡が重層しており、それを未来へと引き継ぐことの重要性を提起しました。
建築には、私たちの日頃の認識を超えた時間と空間の広がりとともに、無数の人々の記憶や振る舞いが内包されているのではないかーー。建築や都市、そしてこれからの社会を新たな概念として捉え直す活動に取り組む門脇さんとともに、都市と生活者の向かうべき関係性を考えていきます。

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門脇耕三さん ⒸSHINTO TAKESHI

門脇耕三(かどわき・こうぞう)
1977年、神奈川県生まれ。東京都立大学大学院修士課程修了後、首都大学東京助教などを経て、2019年より明治大学准教授。現在、明治大学出版会編集委員長、東京藝術大学非常勤講師を兼務。アソシエイツ株式会社・一級建築士事務所パートナー。「第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」にて日本館のキュレーターを務める。専門は建築構法、構法計画、建築設計。効率的にデザインされた近代都市と近代建築が人口減少期を迎えて変わりゆく姿を、建築思想の領域から考察するほか、独自の建築論も組み立てている。著書に『ふるまいの連鎖:エレメントの軌跡』(TOTO出版/2020年)、建築作品に『門脇邸』(2018年)、受賞に日本建築学会作品選奨(2020年)などがある。
▶ 公式サイト<https://www.kkad.org/


座談会:つくり手と使い手、自他の共存をめぐる思索

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YOMIKO 小林 「都市と生活者のデザイン会議」2021年度のテーマは、「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」。本日はその探索を進めるにあたり、メンバー各自の課題意識を門脇さんと共有し、リサーチの方向性について考えていきたいと思います。

YOMIKO 城 門脇さんは建築家として設計に携わりながら、人々の暮らしの器としての建築や都市のあり方を概念的にひも解き、言語化して伝えていく活動に取り組んでいます。多領域な視野のもとに抽象的な意識の掘り下げと具体的な実践のヒントを探っていく上で、ぜひ知見をお借りしながら伴走をお願いしたいと考えました。

門脇 プロジェクトのコンセプトをうかがって、自分としても大いに共感するものがありました。例えば、街をつくる側が実践ばかりを追求していては、使い手自身がつくり手になり、自ら街づくりに携わる状況は生まれにくい。また、従来の専門性に分かれたアプローチでは、大きな問題が担当者の実践領域の枠組みで捉えられてしまうことにより、想像力が矮小化するという弊害もある。だからこそ具体的な結論を急がず、自他の共存や幸せといった抽象的な思考を巡らせる姿勢から、これまでにない視野が開けるように思います。

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門脇さんの建築作品より『門脇邸』(2018年) ⒸKen'ichi Morisaki / Marmo Studio


NTTUD 井上 私はまず、“自他の共存”という両極の間にある概念レベルの探求を行うにあたって、インド哲学の「無記」に着目しました。これは「愛」と「憎しみ」のように直線的な見方からすれば相反するものを、三角ロジックにおける別の視点から捉え直す方法です。例えば「憎しみ」に相反するものは「愛」ではなく「幸福」で、「愛」は超越した中立な存在としての無記である……というように、対立軸を超えた見方が可能になる。こうした視点から自他の関係や幸せの価値を捉え直すことで、場や空間をより豊かになるような概念としてアップデートできればと考えました。

NTTUD 吉川 “自分自身の幸福”と“自分以外の幸福(利他的な価値観)”が、良い関係性を保ちながら持続的に共存するための方法を追求したいと考えています。街づくりとしては、そのようなライフスタイルを提供することがこれから求められるのではないでしょうか。自発的な振る舞いが社会の幸福につながるような、あるいは社会が個人の幸福に寄り添うような、そんな街のあり方へのヒントを導き出したいです。

YOMIKO 小林 自己と社会との関係は、WHO(世界保健機関)によるウェルビーイングの定義「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」にも表されています。また、情報学研究者のドミニク・チェンさんは、著書『わたしたちのウェルビーイングをつくりあうために ーその思想、実践、技術』(BNN/2020年)の中で、“私”から“私たち”へ意識を拡張する必要性を説いています。そして、他者と関わる余地を生み出すには、“弱さ”という要素が有効ではないかという考え方もあります。「助けてあげたい」「応援したい」と思えるような弱さ・不完全さなどを街にデザインすることで、“自分らしさの余白”と、“他者・社会の幸せの余白”が重なり合うのではないかという仮説を立ててみました。

YOMIKO 城 理論物理学によるマルチバース宇宙論(多元宇宙論)は、宇宙は一つではなく、さまざまな宇宙が並行して存在していると考えます。これに想を得て、一人の人間が一つの世界を生きるのではなく、多様な側面ごとに異なるマルチな世界を築いていくようになるという、「マルチバーサルなライフスタイルのデザイン」を提起したい。人間は、ある時は家族の一員、ある時は仕事仲間、ある時は地域のボランティアと、どんな“かたまり”に属しているかによって人格が変わってくる。そうした“かたまり”ごとに、どうやって自己を適合させながら拡張していくのか。そのための機能が、これからの都市には求められていくのではないかと考えました。

YOMIKO 水本 利他というテーマに関しては、都市生活研究所でも東京工業大学 未来の人類研究センターの伊藤亜紗さんと研究を進めているところです。そのなかで指摘があったのが、「他者のために良いことをしよう」という想いが逆に相手をコントロールする意図につながる危険性です。そうではなく、他者が入り込めるような“余白”を持ち、相互作用が行われることで、主体もまた変わっていく姿勢が重要になってくる。この双方向の関係性を街づくりに落とし込むことで、つくり手と使い手の構図を描き直すことができるのではないでしょうか。

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“街の余白”で入れ替わる、新たな自他意識の可能性

門脇 実にさまざまな切り口が考えられますね。自他の境界の曖昧化に関しては、TwitterやFacebook、Instagramなど、SNSごとに人々の振る舞い方が異なっていることも一端として挙げられると思います。マルチバースにも例えられるように、いろいろなウィンドウを通じて別の世界に一瞬でスイッチングできてしまう社会の中で、環境と自分が相互作用して初めて自分の姿が決定されるという受動的な感覚が強化されつつある。この感覚が、街と自分らしさの関係にも反映されてきているのかもしれません。
その上で思い出したのは、「第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」で実施した、昭和期のごく一般的な日本家屋を解体して現地で再構築するプロジェクトについて、建築家の松川昌平さんが雑誌『新建築』の月評に書いてくださった、動的平衡のメタファーです。生物学者の福岡伸一さんが提唱するこの考え方によれば、生物と環境の境界は絶えず入れ替わり続けており、その動的なサイクルの総体が生命である。つまり、解体されて新たな形で再構築を遂げ、また部材となって世界各所で新たに再生されていく家屋の姿と同じように、人間の自己や建築、都市もまた、常に自己と他者が動的にサイクルし続けることで成立しているのかもしれない。こうした観点に立つことで、意識の持ちようは大きく変わってくると思います。

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「第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」日本館の展示プロジェクトより。昭和の日本家屋(左)をヴェネチアで再構築した(右)。
(左)ⒸJan Vranovský
(右)ⒸAlberto Strada 提供:国際交流基金


NTTUD 吉川 他者との関わりにおいて自己の感覚が変わっていくということについて、子どもと一緒に公園を訪れた時に別のファミリーと仲良くなるシチュエーションを思い出しました。子どもやペットなどのある種の無記的な存在は、街において他者とのつながりをもたらし、自分の輪郭を少し拡張してくれるような存在ともいえるかもしれません。そうした自己と他者が交わるための緩やかな補助線を街づくりとしてどうデザインするか、そのあたりに何かヒントがありそうです。

YOMIKO 城 自己と他者という対極的な構図を捉え直す上で、子どもやペットといった存在が無記の概念や三角ロジックの思考につながる構図をもたらしてくれているのかもしれませんね。しかもそうした機会が、街のさまざまな場面によって無数に立ち現れているわけです。

NTTUD 井上 そうした出会いの機会を生み出す上で、今後はAIによるマッチングが重要になるという話もあります。ただ、人そのものが抽象的な存在だからこそ、デジタルな情報のみで突発的な変数がないことに対して、少し抵抗感を覚えるのも確かです。

門脇 おっしゃる通り、AIの場合はマッチングを望む側が対象をフィルタリングすることで、偶然の出会いが起きにくくなる欠点もありますね。何にせよ、偶然性を介して自己を拡張する体験が生まれたなら、それが“私”や“私たち”の総体である都市とともに一緒に成長していくイメージにつながる可能性もあります。その例として思い浮かんだのが、代官山ヒルサイドテラスの街づくりです。60年代当時は渋谷の外れに過ぎなかった土地に、著名な文化人たちを呼び集めて入居してもらい、街全体を盛り立てていった。街の物理構造だけでなく、同時にコンテンツやイベントを作り続けていくことで人々同士の交流が生まれ、持続的に作用し続ける仕組みができあがったのだと思います。

NTTUD 井上 デベロッパーとしても、その点は学ばなければならないところです。かつてのようなゼロリセットからつくる駅前開発やテーマパーク的な開発のあり方に対する反省から、その地域の文脈を活かして“1から100をめざす”という方向に変わってきているのも、その一端かもしれません。

NTTUD 吉川 その反省を踏まえて次のステップに行くためには、街の文脈を単に歴史や文化といった情報として捉えるのではなく、私たち一人ひとりがその街で感じた感覚や生活する上での疑問を、街づくりや場づくりに投影することが重要なんじゃないか。その想いが共感をもたらし、それが自己と他者の接続にも関わってくることで、ひいては街の個性につながっていくのではないかと考えています。

門脇 切実に感じる問題を前にして初めて「自分に何ができるか」を考え、実践的に取り組むことができる。そしてそれがリアリティになっていくわけですね。古い建築の考え方では、建築や都市などの物理環境がそうした体験を作り出すと思われていましたが、今では人もコンテンツも同等に環境要素として相互作用しているという見方に変わってきています。そのなかでどうやって“固有の切実さ”をつくることができるのかが、今問われているのではないでしょうか。

YOMIKO 水本 地方都市によく見られる駅前広場や公園には、全体が商業施設として開発されている例などが多く見られますが、経済合理性だけでつくられた場所だけに、面白い出来事は起こりにくいのではないか。一方、日本全国にシャッター商店街が広がるなかで、岐阜の柳ヶ瀬商店街は「サンデービルヂングマーケット」を開催するなど、街の余白に若者たちが集まって新たな取り組みを始めています。「駅前にこの機能を作っておけば間違いない」という計画的な作り方とは違う形で、人々のアクションを引き出す試みになっています。

YOMIKO 城 開発する側だけでなく生活者の側に対しても、街の使い手として、ひいてはつくり手としてのリテラシーをどう育んでいくべきか。ここが大きな課題ですね。

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NTTUD 井上 その意味では、デベロッパーでなくても一個人として街づくりができる時代になってきたのかもしれません。大きな変化が起きつつあるように感じます。

門脇 ユーザーがいつの間にかプレイヤーになっている……そんな形で両者が入れ替わるサイクルを実現できたら面白いですね。調布市の仙川に住んでいた頃の話ですが、駅前にはフランチャイズのお店があり、そこでは等価交換的なサービスが受けられる。一方で商店街を抜けて住宅街に入っていくにつれて、誰でも入れるオープンガーデンがあったり、空き部屋でケーキ屋が営業していたりと、「これは商売として成り立っているのかな?」と思わせる空間が点在している。坪単価が安いこともありますが、人の入り込める余白があるからこそ、面白いことをやろうとする人が集まってくるのだと気付きました。
……話題は尽きませんが、街の余白に大きな可能性がある、これは確かなことだと思います。その可能性を探る上でも、具体的な結論を急ぐことなく、新たな意識の可能性を探っていきましょう。

【次回予告】
▶ 次回「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」②
ドミニク・チェン氏と考える「わかりあえなさ」と共生のビジョン
※近日公開

実施日/実施方法
2022年1月11日 NTT都市開発株式会社 本社オフィスにて実施

「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
井上学、權田国大、吉川圭司
株式会社読売広告社 都市生活研究所
城雄大、水本宏毅、小林亜也子

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
Otama(イラストレーター)
クリエイティブディレクション 
中村信介(読売広告社)、川端綾(読広クリエイティブスタジオ)
プロジェクトマネジメント
森本英嗣(読売広告社)

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