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「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」③ 龍崎翔子氏と考える“自分らしさ×利他”のデザインとは(前編)

予測不能な時代のなかで、“都市と生活者”の関係は果たしてどこへ向かうのか。
その糸口を探るため、NTT都市開発 デザイン戦略室と読売広告社 都市生活研究所が立ち上げた共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。雑誌メディア3誌の編集長との対話で得た気付きを深掘りし、新たな探求に取り組んでいます。
2021年度のテーマは、「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」。建築家・建築学者の門脇耕三さんを伴走研究者に迎え、私たち自身の意識のゆくえを考えていきます。

情報学研究者ドミニク・チェンさんに続いては、気鋭のホテルプロデューサー 龍崎翔子さんとの対話を実施。「利己を徹底する姿勢が、結果的に利他へつながる」という思想のもとに、ホテルのイメージを一新した実践事例から、産後ケアリゾートなど社会と向き合う試みまで。発見に満ちた対話の模様を、ダイジェストでお届けします。(前編)

▶「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」② ドミニク・チェン氏と考える「わかりあえなさ」と共生のビジョン

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龍崎翔子さん

龍崎翔子(りゅうざき・しょうこ)
L&Gグローバルビジネス代表、CHILLNN, Inc.代表、ホテルプロデューサー。1996年、京都府生まれ。2015年にL&G社を設立。同年、北海道・富良野に「petit-hotel #MELON」、16年に京都・東九条「HOTEL SHE, KYOTO」、17年に大阪・弁天町「HOTEL SHE, OSAKA」を開業。神奈川・湯河原「THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA」、北海道・層雲峡「HOTEL KUMOI」のリブランディングや運営も手がける。20年にCHILLNN, Inc.を設立し、独自のホテル予約システム「CHILLNN」を展開。22年5月には産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」がサービス開始予定。
 L&Gグローバルビジネス 公式サイト

<対話参加メンバー>(敬称略)
 
伴走研究者:門脇耕三 
 
「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司
梶谷萌里(都市建築デザイン部)
 
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
城雄大、水本宏毅、小林亜也子
 
その他の参加者
NTT都市開発株式会社(以下NTTUD)
南塚清子、福島千賀子、鎌田理紗、天野友里亜、石川有祐美


龍崎翔子さんに聞く、“自分らしさ×利他”の実践事例


門脇 龍崎さんは10代の若さで立ち上げたホテル事業を中心として、「自分がやりたいことを追求する姿勢が周囲に波及していく」という考え方のもとに、都市の中でさまざまな実践に取り組んでいます。まずは、ご自身の取り組みについてご紹介をお願い致します。

龍崎 お声がけいただき、ありがとうございます。私は19歳の時にホテルのプロデュースや運営などを行うL&Gグローバルビジネスを立ち上げ、その後は地元の関西で「HOTEL SHE」シリーズを展開し、地方のホテルの経営再生やブランディングにも携わるようになりました。現在はコンサルティングや予約プラットフォーム、ホテルの宿泊空間を活用したエンターテイメントなど6事業を展開しています。
ホテル事業をやりたいと考えるに至った原体験は、8歳の頃に遡ります。父親の長期休暇で半年ほどアメリカに滞在し、家族3人で東海岸から西海岸までドライブをした時のことです。子ども心に、ひたすら車に乗り続けて、1日の最終目的地はどこも同じようなホテルという毎日に退屈しきっていました。その経験が心に刻まれて、10歳の時に「自分が泊まりたいと思えるようなホテルを作りたい」と思い至りました。

最初に携わったホテルは2015年、19歳の時に北海道の富良野で築30年のペンションを引き継いだ「petit-hotel #MELON」です。両親ともに研究職で事業の経験はなかったのですが、母と二人で経営に携わりました。私自身、建物が古いなどマイナス評価につながりそうな点をカバーしようと、ひたすら接客を頑張っていたところ、ある日とてもうれしそうにしているお客様に出会いました。「ハッピーアワーで隣に居合わせたゲストと仲良くなれた」というのです。その話を聞いて、目が覚めるような思いがしました。それまで自分は部屋の広さや、バスとトイレが別かどうか、食事や浴場の豪華さなど、定量的な比較項目の中で競争することしか知らなかった。でもそうではない“ポジティブな予定調和”こそが、旅の満足度を大きく高めるのではないかと考えたのです。


「HOTEL SHE, KYOTO」のエントランス。

そこで翌16年、京都・東九条にオープンした「HOTEL SHE, KYOTO」では「ソーシャルホテル」をコンセプトに、人が集まるラウンジやキッチンなどを設けてお客様同士の交流に力を入れました。ところが、ちょうどインバウンドが急増していた頃のこと。価格競争に巻き込まれてしまい、安さや立地ではなく「泊まりたい」という理由で予約してもらうにはどうしたらいいかと考えました。
そこで得た気付きが、「出会いという言葉には人同士だけでなく、街や文化などもっと幅広いものが含まれるはず」ということ。ホテルはお客様の出会いや時間をデザインできる空間であり、滞在型空間メディアとしてのポテンシャルにあふれている。その上で大事なのは、お客様が他の人に薦めたくなる仕掛けを作ることではないか。それまでホテルの評価はラグジュアリー文脈が中心で、ホテル巡りの多くが顕示的消費として行われていました。でも当時私は21歳で、ホテルのメンバーも20代が中心。自分たちが「いいな」と思う感覚を、インフルエンサーを使ったマーケティングなどに頼るのではなく、お客様のリアルな体験談として人に伝えてほしいと思ったのです。


「HOTEL SHE, OSAKA」、ターンテーブルが置かれた客室の様子。

その視点を盛り込んだのが大阪・弁天町の「HOTEL SHE, OSAKA」。部屋にレコードプレーヤーを設置して楽しんでもらえるようにしたのも、工夫の一つでした。「このカフェに行きたい」「この服が好き」という感覚と同じように、自分のライフスタイルに合っているという理由で選んでもらえるホテルにしよう。その姿勢が共感につながり、若い世代の間でホテル巡りが盛んになっていくきっかけになったように思います。
 
18年には、知人からの依頼で湯河原の温泉旅館の運営を受託しました。最大の課題は、設備投資や改修ができないなかで、どうやって閑散期を乗り切るか。SNSで目にした「大学の卒業論文執筆のために学割パックを作ってほしい」という声にピンときて、「卒論執筆パック」を作ったところ、瞬く間に売り切れました。それまでの旅館の考え方は「器をきれいに作るから、どう滞在するかはお客様に委ねます」というもの。この「THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA」では、逆にお客様がやることを定義してインセンティブを高め、成果にコミットする方式に転換したのです。社会人向けに「原稿執筆パック」も展開し、さらに詩人の最果タヒさんや、シンガーソングライターのSIRUPさんと提携した宿泊パックなども話題になりました。
 
続いて、こうしたナレッジを他の事業者へ提供するべく、クリエイティブオフィス「水星」を設立しました。また、日本各地でホテルの企画支援を行うなかで乗り出したのが、独自のホテル予約エンジン「CHILLNN(チルン)」の開発です。「THE RYOKAN TOKYO YUGAWARA」では、それまでOTA(オンライン・トラベル・エージェント/宿泊予約サイト)経由の予約が9割以上でしたが、「原稿執筆パック」によって直接予約が8割まで伸びました。その頃はOTA同士の価格競争が激化していて、OTAが価格を下げるほど、手数料を取られるホテル側の利益が下がってしまうため、いかに直接予約を高めるかがホテルの死活問題だったのです。「CHILLNN」は自社予約をストレスなく実現するための宿泊予約エンジンに加え、ホテルを価格や立地以外の要素で選んでもらうためのプラットフォームとして注目され、これまでに500社以上のホテルに導入いただきました。

独自開発したホテル予約エンジン「CHILLNN」のイメージ。


その後の出来事といえば、やはり20年に始まったコロナ禍です。売り上げの低迷に直面するなかで、事業の多角化に成功したのは大きな経験でした。象徴的な事例としては、「ステイホーム」が合言葉になる一方で、家庭内の人間関係や暴力などの理由で家が安全とは限らない人に居場所を提供するプロジェクト「HOTEL SHE/LTER」。もう一つはホテルを演劇空間にする「泊まれる演劇」プロジェクトです。これは舞台を客席から眺める通常の演劇に対して、建物の随所で演劇体験が繰り広げられるイマーシブシアターの考え方をホテルの宿泊体験へ拡張したもの。おそらく世界初の試みになったと思います。
他にホテルの開業支援、百貨店や駅ビルの新業態開発なども手がけていますが、新しいものとしては産後ケアリゾートのプロジェクト「HOTEL CAFUNE」。海外では出産後の女性向けの産後ケア施設が普及していますが、日本では親に頼るか自力で頑張るかのほぼ2択になっている。そこで、助産師や保育士が常駐して産後の時間を心身ともに健康に過ごせるような体験をデザインし、この5月から展開していきます。

対話風景より。 (2022年2月23日、新型コロナウイルス感染予防対策を行いながら実施。写真撮影時のみマスクを外して撮影しています)


利己的なサービス設計が、大きな共感を生み出す理由


門脇 「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」という研究テーマにつながる、数多くのヒントをいただきました。ここからはメンバーとの対話を進めていきたいと思います。

NTTUD 吉川 お話のなかで私が気になったのは、「リアルな感覚で宿泊者自身が話したくなる体験を作る」という考え方です。自分らしさの発露につながる体験を提供したことが共感を呼び、ムーブメントになっていったわけですが、成功の鍵は“等身大の価値”を作り出すことにあると思います。その点で、心がけていることはありますか。

龍崎 ホテルを作る時は必ず、人に話したいと思える“キラーコンテンツ”を設定するようにしています。部屋や食事の良さの話はそこまで心に響かないけれど、「客室にレコードプレーヤーが置いてあって、初めて使ってみたら楽しかった!」と言われたら、特異性が一発で伝わりますよね。「HOTEL SHE, OSAKA」の設立時はちょうど、おしゃれに敏感な若者の間でレコードがリバイバルしていました。そこに、お客様のアイデンティティ発露とホテル側のストーリー、さらに土地のコンテクストがうまく交わった。大阪の弁天町という立地が醸し出す昭和な雰囲気を象徴するものとして、レコードプレーヤーというアイテムがピタリとハマったということだと思います。

門脇 ビジターがハマる体験の設計を通して、街との出会いの感覚を生み出したわけですね。

龍崎 はい。例えば場のコンテクストに対して「弁天町は港湾都市だから、その歴史的要素を織り込んだ空間を作ろう」といった考え方もありますが、それだと既にあるものを凝縮しただけで、一歩進んだ体験にはなりません。街のコンテクストを明らかに異なる要素とマッシュアップすることで、どう引き立てるか。ここがポイントだと思います。

NTTUD 井上 「HOTEL SHE/LTER」や産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」のお話は、前回のドミニク・チェンさんとの対話(「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」② ドミニク・チェン氏と考える「わかりあえなさ」と共生のビジョン)で言及された、他者との共在関係やケアという概念にも通じます。これらはサステナブルな街を考える上で必要な要素だと思いますが、龍崎さんの取り組みにも、社会におけるアドボカシー(擁護・代弁する行為)ともつながる思想があるように感じました。

産後ケアリゾート「HOTEL CAFUNE」のイメージ。

龍崎 私にとっては「HOTEL SHE/LTER」も産後ケアも、「卒論執筆パック」やホテルで開催したオールナイトの音楽フェスも、社会意義の大きさに関係なく全部並列な感覚です。共通項としては、「自分がほしいと思っているのに、まだ社会にないもの」ということですね。
個人的に、「社会課題という課題はない」と考えています。たとえ社会的な構造に起因することでも、結局はパーソナルな課題に行き着くのではないか。その感覚を実践に移したのが、「徹底して利己的にサービスを作る」という姿勢です。これは、自分自身が消費者として「お金を払いたい」と思えるものに徹するということでもあります。逆にそうではないものを扱うと、「Z世代はこういうものが好きらしいから、こうすればウケるだろう」というように、架空のペルソナを思い描くことになってしまう。でも、そうしたネイティブではない感覚は、お客様に必ず嗅ぎ取られてしまいます。だからこそ、徹底的に自分がほしいものを利己的に作り出すことが、普遍的な課題を持つ多くの方に対しても良きソリューションたり得るだろうと思うんです。
 
NTTUD 吉川 つまり、龍崎さんご自身の視点や感覚を出発点にするということですね。それを事業として成立させる以上、スタッフをはじめ多くの人々を巻き込んでいく必要がありますが、どうやって共感を築き上げていくのでしょう?
 
龍崎 短期的なイベントであれば「いいね、やろう!」という勢いで進んでいく場合もありますが、例えば産後ケアリゾートの場合は私自身も、“やりたい理由”をひたすら説明し続けました。私たちの会社では企画を3行で書き出すようにしていて、それができるかどうかで切り口の鮮やかさを判断します。SNSなどでお客様がまず目にするのは、15〜20文字程度の見出しです。この文字数でいかに心をつかむことができるかが、大きな意味を持つと考えています。
 
NTTUD 井上 自分の感覚を企画として提案する際の難しさは、それをどう客観的に説明するかという点に尽きると思います。スペックや数字に落とし込めないコンセプトを端的に表現し、共感につなげていく上で、心がけていることはありますか。
 
龍崎 例えば“課題感が自分事”の場合と、“やりたさが自分事”の場合では、ドリブンの仕方が大きく違いますよね。単に「やりたい」と言うだけでは受け入れられないけれど、担当者が本気で悩んでいて、そこにニーズがあるならば、それは必ず人の心に刺さるものになると思います。例えば、出産を経験していない私が産後ケアリゾートをやろうと考えたきっかけは、Twitterで産後の悩みを吐露している投稿を目にしたことでした。そうやって、自分とは違う人生や価値観を生きている人たちの素直な感情に目を向けていく。私にとってTwitterは、そのためのツールになっています。


日本の地方が抱える問題と、街の個性を見つける方法


門脇 龍崎さんは日本各地でホテル再生などに携わっていますが、日本の地方に対してはどのような可能性を感じていますか。
 
龍崎 私自身の感覚から言えば、どこも東京化していると感じています。若手の担い手たちは良くも悪くも東京の影響を受けているため、「この街で一番イケている」と誇りに思われている店や空間でも、東京とそう変わらなかったりする。逆に、その土地で何十年も続いてきたようなお店に関しては、後継者がいない場合がとても多い。どちらも人口減少の影響が大きく、継続できるかどうかが大きな課題だと思います。新しくできた素敵なスポットに関しても、数十年スパンで残り続けるかというと疑わしい。ただし、個性的な教育方針で注目される学校が人口を呼び込むケースが増えていて、新しい可能性がありそうな気がしています。
 
NTTUD 井上 私自身の考えですが、街は社会的なものであり、社会は人の集まりである以上、関わってきた人たちの生き様がライフスタイルとして反映されている街こそが、独特かつ大きな魅力を発揮できるのではないかと思います。地方の文脈にアプローチしてローカル性を磨き上げていく上で、そうした人々との接点になる要素を見つけ出す方法はありますか。
 
龍崎 地元の人に「この土地のカラーはどこにありますか?」と聞いてみても、何も出てこないケースが多いと思います。そこで有効なのは住民の方だけでなく、もっと幅広い人に街のイメージを聞いていくこと。たとえ街の名前を聞いたことがあるだけの人でもいい、もし何らかのイメージが思い浮かんだなら、それこそが街の個性なのではないでしょうか。もしくは似たイメージの街を思い起こして、そこから解像度を上げて差異から考えていくと、ヒントが見つかることもあります。


▶ 次回 「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」③
 龍崎翔子氏と考える“自分らしさ×利他”のデザインとは(後編)


実施日/実施方法
2022年2月23日 NTT都市開発株式会社 本社オフィスにて実施
 
「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
井上学、權田国大、吉川圭司
梶谷萌里(都市建築デザイン部)
 
株式会社読売広告社 都市生活研究所
城雄大、水本宏毅、小林亜也子

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
 
イラスト
Otama(イラストレーター)
 
クリエイティブディレクション
中村信介(読売広告社)、川端綾(読広クリエイティブスタジオ)
 
プロジェクトマネジメント
森本英嗣(読売広告社)

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