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「都市と生活者のデザイン会議」④『MEZZANINE』編集長と考えるこれからの街と生活者の関係とは?(前編)

街づくりの未来に向けてリサーチに取り組むNTT都市開発のデザイン戦略室と、都市と生活者の関係から変化の兆しを読み解いてきた読売広告社の都市生活研究所
両者の共感から発足した共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。その第1弾企画は、都市にまつわる雑誌メディア3誌の編集長との対話をとおして、向き合うべき課題を探る試みです。
その最後を飾るのは、都市の進化にフォーカスし、世界の先進事例を深掘りしてきた『MEZZANINE』の吹田良平編集長。都市の未来を左右する「アーバンチャレンジ」、その原動力となる人々の創造性を育む方法とは?(前編)
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吹田良平(すいた・りょうへい)
『MEZZANINE(メザニン)』編集長。青森市出身。浜野総合研究所を経て、2003年にアーキネティクスを設立。都市におけるプレイスメイキング(都市開発、商業開発など)の構想策定と、関連する内容のプリントメイキング(出版物の編集・制作)に携わり、2017年に雑誌『MEZZANINE』を創刊。主な実績に「渋谷QFRONT」、横浜の商業・文化施設の広報誌『北仲BRICK & WHITE experience』編集制作のほか、共著書に『日本ショッピングセンター ハンドブック』、著書に『グリーンネイバーフッド』がある。
▶『MEZZANINE』公式サイト
<対話参加メンバー>

「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

その他の参加者  
NTT都市開発株式会社(以下NTTUD)
都市建築デザイン部 今中啓太、阿南朱音
開発推進部 蕪木美穂


『MEZZANINE』編集長が語る “これからの街と生活者の姿”

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『MEZZANINE』Vol.4表紙。(特集:都市の新関係論)

ーーこのたびは「都市と生活者のデザイン会議」の対話取材企画にご協力いただき、ありがとうございます。ディスカッションのテーマは「これからの都市と生活者の姿」。はじめに、『MEZZANINE』として都市と生活者の関係をどう捉えているのか、プレゼンテーションをお願い致します。

『MEZZANINE』吹田 『MEZZANINE』はこれからの都市のありようを探求するというテーマのもと、2017年に創刊した雑誌です。編集方針は「Urban challenge for Urban change」。都市の進化に向けたアイデアや創造的試行錯誤を“アーバンチャレンジ”、その先に現れる都市の新しい姿を“アーバンチェンジ”と呼んでいます。都市のありようをアップデートする取り組みは、社会課題を克服し、新たな産業や雇用を創出してGDPを成長させていく上で欠かせない営みであるという考えのもと、アーバンチェンジに向けた世界中のアーバンチャレンジを取材し、問題提起と知見の共有を図っています。脱成長論も地方創生も、“都市エンジン”による経済成長あってこそというのが『MEZZANINE』の立場です。

まずは創刊号からご紹介しましょう。特集は「都市はいかにアイディアの触媒になれるか」。ロンドンの北東部、かつて治安が悪く荒廃していたキングス・クロス駅周辺の都市再生事例を取材。オフィスや商業施設、住宅などからなるこのミクストユース開発のポイントは、アンカーテナント(中核施設)として「ロンドン芸術大学 セントラル・セント・マーチンズ(略称:CSM)」を誘致したこと。ここに毎日集まる教職員や学生ら約5千名の好奇心旺盛なクリエイティブ・クラスターが、街を訪れるさまざまな人々の交流を促進する触媒の役割を果たしている。シンボリックな超高層タワーを建てる代わりに、芸大の誘致と敷地の4割をオープンスペースに割くという、“人がクロスする場と機会”の創出を優先したプロジェクトです。知識経済時代の開発における、一つの方向性を示す事例だと思います。

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『MEZZANINE』Vol.1より、ロンドン芸術大学 セントラル・セント・マーチンズを中核とするキングス・クロス駅周辺の都市再生地区の様子。(Photo: 富岡春子)

18年春に刊行された第2号の特集は「アマゾンエフェクト・ミーツ・ポートランド」。企画の背景は、アマゾンが発表した第2本社の計画に対し、北米全域から238もの都市が誘致を目指し、まれに見る熱狂的なインセンティブ合戦が繰り広げられたこと。アマゾンが提示したRFP(Request for Proposal/提案依頼書)には、100万人以上の規模の都市であることや交通の便が整っていることに加え、トップレベルの技術者が多く住み、彼らを輩出する高い教育水準の大学があり、従業員に娯楽を提供できる文化的な街であることなど、かつての工業化時代とは異なる、知識創造産業時代ならではの要件が列挙されていました。

これに通じるのが、早稲田大学高等研究所講師の山村崇先生いわく「アーバニティ資本(Urbanity Capital)」という考え方。知識創造産業がオフィス立地に求める要素として、顧客や関連企業との立地的な近接性、社員が情報交換や接待などに使える飲食業が集積していること、社内外向けのマーケティングに有利な地域イメージなどが指摘されています。これらはまさに、テックジャイアントや彼らが雇用したいY、Z世代(1980〜95年および95年以降生まれ)が求める新しい資本そのものです。郊外の工業団地ではなく、郊外のリサーチパークでもなく、さらにいえば従来のCBD(Central Business District/中心業務地区)ですらない、“Work/Live/Play(職住遊)が重層したアーバンネイバーフッド”こそ、知識経済時代の企業が求める立地であることを示唆したプロジェクトだといえるでしょう。

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スタートアップ企業が多く集積する、ニューヨーク・ブルックリン地区の「The Brooklyn Tech Triangle」。
Source: Strategic Plan Spring 2013 ©︎2013 Brooklyn Tech Triangle /Growing Creative and Tech for DUMBO, Downtown Brooklyn, and Navy Yard Aerial imagery from Google Earth


人々の創造性が織りなす「都市のダイナミズム」


続いて、18年冬に刊行された3号目の特集テーマは「テックジャイアントたちは、今なぜ都市を作りたがるのか」。シリコンバレーの巨大テック企業がこれまで情報空間(ネット空間)で培ったアルゴリズム生成ノウハウを、今度は都市空間(リアル空間)で生かそうと食指を伸ばしてきたのが、その背景です。情報空間と比べて都市空間のほうが扱えるデータ量が圧倒的に多いため、そのぶん大きな商いが期待できる。いわば、プラットフォーマーがデベロッパーに市街地戦を挑んできたようなものです。グーグルの親会社であるアルファベットの傘下企業、サイドウォーク・ラボは、カナダ・トロントのウォーターフロント地区でデータ駆動型スマートシティの開発計画を発表。現地のインフォメーションセンターでは、道路にLEDを埋め込み、車道のレーンや歩道の幅などをリアルタイムの交通量に応じて変化させる装置などが展示されていました。なお、この開発計画は個人情報の保護や知的財産の所有権など、データプライバシーの観点から大きな議論を呼び、20年に撤回されてしまいます。

またニューヨークでは、スタートアップ企業のメッカとして注目を集めるブルックリン地区の「The Brooklyn Tech Triangle」を取材。地元エリアマネジメント組織が実施したアンケート調査によると、同地域に所在する企業のうち約7割において、従業員の半数以上が同じ域内であるブルックリンに居住。また、物品の調達や仕事の融通もブルックリン内で回している様子が浮かび上がりました。ポイントとしては、家賃の安さ、交通の便、街の雰囲気、そして同業種の企業が集積していること。「スタートアップ企業は、職住遊が重層した都心最寄りのアーバンネイバーフッドを好む」という考え方を証明する結果となりました。

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国土交通省「スマートシティの実現に向けて【中間とりまとめ】」(2018年)より。

そして現時点で最新号となるのが、20年5月に刊行された第4号「都市の新関係論」特集です。国土交通省は18年に策定した文書「スマートシティの実現に向けて【中間とりまとめ】」のなかで、今後の生活者の欲求に応える都市のあり方を図示しています。これは、人間は生理的欲求や安全欲求が満たされると、次に承認欲求や自己実現欲求を求め始めるという、よく知られた「マズローの五段階欲求」のピラミッドを半分に切って横に倒したもの。今後のスマートシティでは、通勤がリモートワークで軽減したり、買い物や単純労働などをロボティクスやAIが担ったりと、自動運転、遠隔医療、遠隔教育によって新たに自由な時間が創出されるようになる。そこで生まれた余剰時間を、社会貢献や自己実現など、人間の能力を生かす方向に仕向けるべき、というものです。第4号ではこれにならい、よく語られる欠乏充足型(課題解決型)のスマートシティ論ではなく、人間のケイパビリティ向上(人間のスマート化)という欲望充足の文脈からスマートシティ論を展開しました。

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吹田氏のプレゼンテーション資料より。

最後に、ここまでの話をまとめたいと思います。まず、『MEZZANINE』が注目するのは「都市のダイナミズム」に他なりません。そしてそれは、次の4つの要素に因数分解できます。「人の営み」、「企業・組織の営み」、法制度としてそれらを統治する「システム・制度の設計・管理」。そして、ハード面としての「インフラ・建築物の整備・管理」です。
『MEZZANINE』はこの4要素のうち左側の二つ、「人の営み」とそのゴールである「幸福」、次に「企業・組織の営み」とそのゴールである「経済産業振興」にフォーカスして編集しています。さらに、①都市や企業を“アイデアの工場”と捉え、②人間の幸福は“アイデア=創造性の発露”によってもたらされると仮定する。だとすれば、「都市のダイナミズム」を生み出す根元は「アイデアの流動性」といえるのではないか。これが、『MEZZANINE』が追求しているテーマです。


3誌編集長への共通質問「都市と生活者の関係とは?」


ーーありがとうございます。ここで、今回の3誌編集長との対話企画の共通テーマとなる3つの質問をさせてください。1問目、「生活者の意識変化と都市(場や空間)は、どのような関係にあるとお考えですか」。

『MEZZANINE』吹田 この質問に対しては、果たしてこれまでの開発は生活者の意識を汲んできたか? ということを問題提起したい。というのも、従来の都市開発は事業者の事業計画、さらにいうならばROI(Return On Investment/投下資本利益率)駆動の開発に偏り過ぎていた。これは民間による事業としては必然ですし、僕自身も長年それに加担してきた立場ですが、端的に言って、決して生活者の意識に寄り添ってはこなかったのではないかと感じています。
その証拠といえるのが、渋谷の「RAYARD MIYASHITA PARK」や、NTT都市開発が関わったプロジェクトを挙げるなら「DAIKANYAMA T-SITE」。これらの施設はなぜ、あれほどの人で賑わっているのか。その理由は、“余白”ともいうべき空間を多く設けている点にある。そこは、事業者にとっては直接的にマネーを生み出さない場所である一方、利用者にとってはモノを買わなくても居心地よく過ごすことができる場所です。生活者がリアルに欲しているこうした余白の空間を搭載しながら、いかに採算の帳尻を合わせていくか。デベロッパー事業も、新たなマネタイズの仕組みを考えるべきタイミングを迎えているように思います。

ーー2問目、今のお話にもつながる質問になりますが、「その関係は今後、どのように変化していくと思いますか」。

『MEZZANINE』吹田 最近、東京のX世代(1965〜80年生まれ)にインタビューする機会があったのですが、彼らいわく、かつて自分たちが遊んだ渋谷の街には、隙間やニッチといった外部空間が多くあった。そこは、若者たちが無為にたむろできる貴重な空間で、“街の度量、器量”とも呼ぶべき居場所を提供していた。渋谷のストリート文化はそうした場所から生まれたといっても、過言ではないですよね。ところが渋谷にも大資本のビジネス主体による開発の波が押し寄せて、そうした空間が失われてしまった。彼らは「渋谷をもう一度、元の街に戻したい」と言います。私自身は街の新陳代謝は大好物なので、スクラップ&ビルドは一向に気にならないのですが、一回り以上若い世代がそのように感じている点は注視すべきです。

ーーそれは3問目の、「そのなかで今後求められる場の役割や、街づくりの方向性について教えてください」という質問にもつながる視点ですね。

『MEZZANINE』吹田 はい。以上のことをビジネス上で解決する新しいKPIをデベロッパーが生み出すようになって初めて、建物や街を“どうつくるか”ではなく、“どう使うか”というフェーズに移行できるはずです。もしそのゲームチェンジができたなら、私のような消費文化世代が親しんだ街に取って代わる、Y、Z世代が好むような新たな街の姿が出現するのではという期待があります。それは何かを生み出すことを第一義とするような、新しい街の姿です。

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オンラインによる対話取材の様子。(取材時の画面を一部再構成)

ーー続いてもう二つ、「都市と生活者のデザイン会議」からの事前質問について、ご回答をお願いします。まずは「今後の再開発の鍵を握る要素、“街の生存戦略”について教えてください」。

『MEZZANINE』吹田 アイデアを形にするためには、他人との関与によって考えを洗練させていく必要がある。まずは、知識の衝突を経て、アイデアを実行可能なプランに仕立ててみる。そうすると今度は、プランを街の中で試すという「アイデアの社会化」がしたくなる。それを率先してコーディネートしていくのが、これからのエリアマネジメントの役割ではないかと思います。地域の創造性を引き出し、アイデアのテストベッド化を実現する。それが同時多発すれば、自ずと街の求心力は高まると思います。

ーー次に、「今後の“街の目線”に必要なスケール感とは、どのようなものでしょうか」。『MEZZANINE』第4号でも「クリエイティブネイバーフッド(創造界隈)」という言葉を挙げられていましたね。

『MEZZANINE』吹田 これまで、創造的な都市の実現に向けてさまざまなプロジェクトに携わってきました。でも“総論賛成、各論反対”で、なかなか実現は難しい。全戦全敗です。そこで、先にお話ししたアイデアのプロトタイプ化を小さなエリアごとに顕在化させ、スモールスタートの数を増やすことで、社会全体に波及させていくほうが現実的ではないかという結論に至りました。この考え方を表したのが、「クリエイティブネイバーフッド」です。
その際の拠点として、コワーキングスペースやイノベーションラボが思い浮かびます。ただ……どうでしょう、“それ専用”にお膳立てされた場所って、どこか居心地悪くないですか。「イノベーションならこちらでどうぞっ!」というのは、創造的破壊のマインドセットとは真逆ですよね(笑)。それよりも私が理想的だと思うのは、20世紀初頭のパリ・モンパルナスのカフェカルチャーです。「カフェ=24時間議論を戦わせてもいい場所、道場破りもOK」というコモンセンスを有した場所として、そこで生まれるダイアローグが「アイデアの流動性」をもたらし、「都市のダイナミズム」を導いていく。それが当時のボヘミアン、現代のパンクやハッカーたちにとって、理想的なスケールだと思います。


▶ 次回「都市と生活者のデザイン会議」
 ④『MEZZANINE』編集長と考える
 これからの街と生活者の関係とは?(後編)



実施日/実施方法
2021年2月19日 「Microsoft Teams」にて実施

「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室

井上学、權田国大、吉川圭司、堀口裕
株式会社読売広告社 都市生活研究所
水本宏毅、城雄大、小林亜也子、森本英嗣

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
Otama(イラストレーター)


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