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「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」④ 遠山正道氏と考える“社会的私欲”でつながるコミュニティの行方(前編)

予測不能な時代のなかで、“都市と生活者”の関係は果たしてどこへ向かうのか。
その糸口を探るため、NTT都市開発 デザイン戦略室と読売広告社 都市生活研究所が立ち上げた共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。雑誌メディア3誌の編集長との対話で得た気付きを深掘りし、新たな探求に取り組んでいます。
2021年度のテーマは、「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」。建築家・建築学者の門脇耕三さんを伴走研究者に迎え、私たち自身の意識のゆくえを考えていきます。

ホテルプロデューサーの龍崎翔子さんに続いては、「Soup Stock Tokyo」をはじめ、リサイクル、アート、自身のYouTube発信まで、ユニークなプロジェクトを数多く仕掛ける経営者/アーティストの遠山正道さんとの対話を実施。これからの生き方のキーワードとして自ら実践に取り組む“社会的私欲”とは? 対話の模様をダイジェストでお届けします。(前編)
▶「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」③ 龍崎翔子氏と考える“自分らしさ×利他”のデザイン

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遠山正道さん
遠山正道(とおやま・まさみち)
株式会社スマイルズ代表取締役社長。1962年、東京都生まれ。85年に三菱商事へ入社し、都市開発事業部や情報産業部門に所属。日本ケンタッキーフライドチキン出向後の99年、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」を開店。翌年、同社初の社内ベンチャー企業として株式会社スマイルズを設立し、社長に就任。ネクタイブランド「giraffe」、新コンセプトのリサイクルショップ「PASS THE BATON」などのほか、個人とアーティストをつなぐサービス「The Chain Museum」、サブスク型の幸せ拡充再分配コミュニティの試み「新種のimmigrations」を設立・運営するなど、多岐にわたるプロジェクトを展開する。
▶ YouTubeチャンネル「新種の老人」
<対話参加メンバー>(敬称略)
 
伴走研究者:門脇耕三 
 
「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司
梶谷萌里(都市建築デザイン部)
 
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
城雄大、水本宏毅、小林亜也子
 
その他の参加者
NTTアーバンソリューションズ株式会社(以下NTTUS)
丹羽亮
NTT都市開発株式会社(以下NTTUD)
石井有里香
株式会社NTTアーバンソリューションズ総合研究所(以下NTTUS総研)
林正樹


遠山正道さんに聞く、私欲が生み出す社会とのつながり


YOMIKO 小林 遠山さんは株式会社スマイルズの代表として「Soup Stock Tokyo」をはじめとする数多くのプロジェクトを展開しながら、個人の活動として“社会的私欲”という概念を提唱するなど、独自の視点から社会と向き合ってこられました。本日はぜひ、ご自身の取り組みについてお話をお願い致します。

対話風景より。(2022年3月20日、新型コロナウイルス感染予防対策を行いながら実施。一部の写真撮影時のみマスクを外して撮影しています)

遠山 「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」……とてもいいテーマですね。このうち“自分らしさ”については、スマイルズでも「自分のことを追求しよう」と言い続けてきました。その一方で“他者・社会の幸せ”については、飲食業に携わってきた身としては価値観の前提になっているという感覚がある。というのも、お客さんからの「おいしかった」という一言で、すべての苦労が吹っ飛んでしまうわけですから。だからこそ逆に、日本人が苦手とする“自分らしさ”をどう表現していくかについて話をしたいと思います。

「Soup Stock Tokyo」のイメージ。

まずは、コロナ禍でステイホーム生活を余儀なくされるなかで感じたことから。これまでを振り返ってみて、人生を“仕事”という大きな流れに任せてきたものの、ベースにあるのはあくまで自分の人生であって、仕事や会社はそのパーツにすぎないと気付かされました。そこで社内の朝礼で「自分の人生は自分で小さく設計してほしい。間違っても会社に依存しないように。自分の人生の主役は自分でしかないのだから」と語りました。

私の家族にしても、妻はアーティストで、1カ月の半分近くは代官山の自宅ではなく、奈良でアート関係の仕事に就いている娘の家で制作に費やしています。家族それぞれが自立して、自分のやりたいことや居場所を持っている。それぞれに自分軸があり、自分なりの幸せを追求している。いわば「1分の1の人生」を生きているわけです。

こうしたことを逆に仕事の側から考えてみると、これからは「個人とプロジェクト化の時代」になると思います。映画を撮る場合は監督や俳優、カメラマンといった人材を起用しますが、同じようにプロジェクトの目的に応じたチームを作り、目標を達成したら解散する。企業のあり方は今後、こうした臨機応変なプロジェクト型の活動へと分散化していくと思います。それに対して、個人はどう対応すればいいか。大きく分けて以下の三つが考えられます。

 (A) プロジェクトを自ら仕掛けるか
 (B) プロジェクトにお声がかかるか
 (C) 仕掛けもせずお声もかからないか

この場合(C)は置いておくとして、(B)はこれまでの典型的なサラリーマンの生き方と合致しています。受験勉強をして大学へ進学し、就職後は上司に認められて出世をしたり面白いプロジェクトから声を掛けられたりすることで人生を向上させていくわけです。でも、世の中は大きく変わりました。私は今60歳ですが、高度経済成長やバブル経済を経験し、経済のために身を捧げて退職するという価値観を目の当たりにしてきました。ところが人生100年、いや120年といわれる時代においては、60歳はまだ道半ば。ここからが後半戦なのに、ただ待っているだけでお声が掛かり続けることはおそらくないでしょう。

ではどうするか。それが(A)、プロジェクトを自分から仕掛けていく生き方です。私自身、この後お話しするように、さまざまなプロジェクトを立ち上げてきました。自分で何をやるかを考え、手を動かし、世の中に提案することで、社会から直接、審判を得る。毎日やることを与えられて、最初から給料が保証されているサラリーマンと比べると、もちろん大変です。でも、会社に依存して仕事をもらい続ける仕組みが変わっていくなかでは、たとえ失敗してもいいから、自分で何かを始めることに慣れておいたほうがいい。
特に最近は“複業”が認められやすくなりました。その結果、地域のコミュニティなどの社会関係資本やさまざまなネットワークを背景に、同じ興味を持つ人同士がつながって掛け算し合っていく。会社にしても、そうやって自立したユニークな人が多いほうが、組織として望ましい状況につながると思います。

北軽井沢「Tanikawa House」の土間スペース。

次に、私自身のこと。最近は、北軽井沢と代官山の2拠点生活を送っています。きっかけは、ある建築との出会いでした。1974年に詩人の谷川俊太郎さんが建築家の篠原一男さんに一遍の詩を渡して建てたという、「Tanikawa House」です。谷川さんが3年ほど暮らした後は、ギャラリストの吉井仁実さんに譲った。ある時、吉井さんと食事をしていた時にたまたま建物の話になり、「あの家なら自分が持ってますよ。欲しいですか?」と言われて、思い切って買いました。それが2020年のことで、おそらく40年以上、誰も住んでいなかったと思います。
とはいえ、傾斜した大きな土間があるなど、一見、使いづらい建物です。別荘として改装するのはもったいないから世の中の共有資産にしたいと思い、建築家の長谷川豪さんに相談したところ、「遠山さん自身がここで住むなかで、建築も生きてくるはずだ」と言われたんです。それで、寝袋を持ち込んで週末を過ごすようになりました。昨冬にようやくソファを買って、電気も音楽も付けずに、孤独と不便を楽しんでいます。
 
一方で、今年1月に還暦を迎えたことを機に、「新種の老人」を自称してYouTubeチャンネルを始めました。ここで「Tanikawa House」の日々の様子を発信しています。ちなみに自分のスマートフォンで撮影し、自分で編集して音楽を付けて……全部自分でやっています。それが身軽で楽しいからです。

「瀬戸内国際芸術祭 2016」の出展作品、『檸檬ホテル』。

自分でやってみるということに関しては、三菱商事に勤めていた96年に絵の個展を開催したことに遡ります。これが、自分の手で世の中に何かを提案することの面白さに目覚めるきっかけになりました。次に「Soup Stock Tokyo」を立ち上げてみて、これはアートより面白いなと思った。絵よりも多くの人に届いて、直に胃の中に入れて「おいしかった」と言ってもらえるわけですから。そして、20年ほど続けてきたところで、またアートをやってみようと思い立ちました。
そこでスマイルズとして、新潟県の「越後妻有 大地の芸術祭アートトリエンナーレ2015」に作品を出品(『新潟県産ハートを射抜くお米のスープ 300円』)。瀬戸内海の島々で開催された「瀬戸内国際芸術祭 2016」では、レモン畑に包まれた古民家を『檸檬ホテル』という名の“泊まれるアート作品”として再構築し、会期終了後も運営を続けています。
 
私自身、そうやって自分の“好き”や“欲”を掘り下げていくことで、社会と通じていった感覚がある。それを私は「社会的私欲(Social Self Interest)」と呼んでいます。自分の好きなものを、自分の好きな空間で、いかにストレスなく追求していくか。例えば、北軽井沢の家で一人、台座に乗せたお気に入りの器に果物を乗せてみて、「生彫刻」と呼んで楽しんでみる。そんな些細なことでもいいから、実験を続けていきたいと思っています。

自ら作り楽しむ、「生彫刻」の実験例。

コロナ禍に入ってからは、三浦半島の先端に位置する三崎を拠点に「新種のimmigrations」というコミュニティを立ち上げました。「1分の1の人生」を自分で設計していかなければいけない時代に、仕事だけじゃない楽しみを見つけていこうと思い、「サブスクによる幸せの拡充再分配」を掲げてスタートしたプロジェクトです。仕組みとしては、一人あたり1万円ずつのサブスクリプションで、現在120人ほどが参加しています。自分が住んでいる代官山ヒルサイドテラスの1室にも「新種のimmigrations」メンバーが集まる部屋があり、三崎では70年代に建てられた「リビエラシーボニアマリーナ」のキャビンの1室を借りています。今は地元のクリエイターなどが集まるようになって、何をやろうか話しているところです。
これまでの会社やコミュニティは、運営がいてスタッフがいるというピラミッド構造でしたが、「新種のimmigrations」ではメンバー同士はフラットで、みんなで何かを持ち寄ってシェアしていく。ブロックチェーンやNFT(非代替性トークン)をはじめ、新しいインターネットのあり方といわれる「Web3.0」も非中央集権型で自律分散によるネットワークが前提となっていますが、ここではリアルな場において“自律分散型のコミュニティ”を実験している感覚ですね。

「新種のimmigrations」のイメージ。

最後に、ここまでの話を「都市と生活のキーワード」としてまとめてみました。一つは「分散自立」という感覚。家族との関係でいえば、お互いに自立して分散することで、精神的にも経済的にも依存しすぎないバランスが理想的だと感じています。
次に「人生の実験場」。私自身、還暦を迎えたこともあり、シニアがどう楽しく前向きな人生を送っていけるかが大事なテーマになっています。本来であれば、30歳よりも60歳のほうが経験も知識もネットワークもお金もあって、良いことだらけのはず。でも世の中の風潮はそうではない。だからこそ、「新種の老人」というIP(知的財産)を設定したことで若い人から羨ましいと言われたい。
そして「スタジオライフ」。何かを蓄積していくストック型ではなく、フローな生き方とでもいうべきでしょうか。社会の先行きが見えなくなっていくなかで、固定資産にこだわるのではなく、もう少し身軽に変化し続ける状況に合わせて生きていけるような“実験の場”が、大きな意味を持つのではないかと考えています。


"個人の創造性を引き出す場"としてのコミュニティ


門脇 ありがとうございました。お話をふまえて、ぜひ以下の3点について掘り下げていきたいと思います。一つは、自分の欲望や“好き”のつくり方と、その先鋭化の方法について。次に、それをどう広げてコミュニティを築いていくか。最後に、インターネットの役割がどんどん大きくなっていくなかで、それでも都市や場所に求められる役割とは何か。意見を交わしていきましょう。

NTTUD 吉川 自分の欲望や好きなことを実践しながら、その時々の環境との境界性のなかに自分らしさを見つけていくというお話に、前回の対話(「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」③ 龍崎翔子氏と考える“自分らしさ×利他”のデザイン)で龍崎翔子さんが挙げていた「自分のアイデンティティを削り出していく」という姿勢と通じるものを感じました。そうした私欲を社会に広げ、良い形で回していくにはどうしたらいいのでしょう?

遠山 「削り出していく」という表現は、まさにそうですね。人間が感じていることのうち、言語化できている範囲はごくわずか。それを彫刻家のように削り出し、言葉化することで周りを巻き込み、軌道修正しながら進んでいくわけです。私が今年の年賀状に書いた言葉ですが、「だってことにして前進してきた人生」を歩んできたと感じています。最初に絵の個展をした時も、キャンバスの絵は1枚も描いたことがなかったのに、"できること"にして個展を開いた。「Soup Stock Tokyo」を立ち上げた時も、"スープで共感を得られる"ということにして、"社長もできる"ということにしてやってみたわけです。
ちなみに初個展の場所は代官山ヒルサイドテラスの展示スペース「ヒルサイドフォーラム」でした。自分の中にこの場所に対する憧れがあり、それを受け入れる“開かれたコミュニティ”があったからこそ、個展が実現したのです。いわば、やりたいことの相談に乗ってくれるコミュニティが都市の中に散在しているからこそ、実現したことですね。同じように、思い切ってヒルサイドテラスに自宅を構えたことで、人間同士のつながりや信用が生まれ、何倍にもなって人生に返ってきていると感じます。

NTTUD 井上 自ら進んで経験したことから個性が削り出されていくという意味で、昭和を代表する文芸評論家の小林秀雄の言葉「人はその性格に合った事件にしか出遭わない」を思い出しました。その上で、北軽井沢のようにローカルなコミュニティと、遠山さんご自身の新しいコミュニティをどう共存させていくのか、ここはどう考えていますか。
 
遠山 「Tanikawa House」は何よりも私自身の大切な場所です。手に入れて2年が経ちますが、まだ少しずつ慣らしている段階で、ようやく1階に慣れてきたところ。2階の居室はまだ使っていませんし、コミュニティとは接続していない状態です。それは、私が持っている社会関係資本すべてを一緒くたにすると面白くなくなってしまうから。スマイルズの中でも「Soup Stock Tokyo」、「giraffe」、「PASS THE BATON」と、部署ごとにメンバーの個性がまったく違う。社外なら、代官山ヒルサイドテラスの関係者で立ち上げた代官山ロータリークラブや「新種のimmigrations」のメンバーの雰囲気も、それぞれに異なるものがあります。近頃は自社の存在意義や提供価値を明確にする「パーパス経営」に注目が集まっていますが、逆にパーパスやミッションを定めないことで、集団としてのユニークネスが表れてくる場合もあると思います。
 
NTTUD 吉川 その上で、自分の欲望を組織や社会の共感につなげ、広げていく方法についてはいかがでしょうか。

遠山 私は「つまらない仕事こそやりがいがある」と言っています。例えば、お客さんが来社してお茶を出す時に黒豆茶を出してみる。「何のお茶ですか」と聞かれたら、「実家が奈良でして、将来はホテルに改装してこの黒豆茶を出したいと思っているんです」と話してみる。そうすれば、お客さんにも上司にも自分がどんな人かが伝わりますよね。大きな仕事は決裁が必要ですし分業になるけれど、ハンコのいらないような小さな仕事であれば、全部自分が責任を取ればいいわけですから。
要は、言われたとおりではなく「自分だったらどうするか」を考える癖を付けていくこと。その上で大事なのは、最初のとっかかりをどう作るか。「Soup Stock Tokyo」を社内起業した時は、物語仕立ての企画書を書いたんです。共感して集まったメンバーと、作品のようにスープを作って、お客さんや世の中と共感を広げていく。それをすべて過去形の文体で物語にして、最初の関門を突破しました。

NTTUD 井上 そうした小さな共感でつながるコミュニティが点在している場合、そのままにしておくか、それとも互いにつなげていくべきか、どう考えますか?

遠山 それはケースバイケースですね。北軽井沢の家にも建築家の妹島和世さんや藤村龍至さんをはじめ、いろいろな人がやって来ます。会社としてやるには無理のあることだけど、だから複業やコミュニティ単位で進めておいて、小さい形で具現化して試し打ちしてみるのが面白いと思うんです。


▶ 次回 「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」④ 遠山正道氏と考える“社会的私欲”でつながるコミュニティの行方(後編)


実施日/実施方法
2022年3月20日 NTT都市開発株式会社 本社オフィスにて実施
 
「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
井上学、權田国大、吉川圭司
梶谷萌里(都市建築デザイン部)
 
株式会社読売広告社 都市生活研究所
城雄大、水本宏毅、小林亜也子

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
太田真紀(イラストレーター)
クリエイティブディレクション 
中村信介(読売広告社)、川端綾(読広クリエイティブスタジオ)
プロジェクトマネジメント
森本英嗣(読売広告社)

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