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「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」④ 遠山正道氏と考える“社会的私欲”でつながるコミュニティの行方(後編)

予測不能な時代のなかで、“都市と生活者”の関係は果たしてどこへ向かうのか。
その糸口を探るため、NTT都市開発 デザイン戦略室と読売広告社 都市生活研究所が立ち上げた共同研究プロジェクト「都市と生活者のデザイン会議」。雑誌メディア3誌の編集長との対話で得た気付きを深掘りし、新たな探求に取り組んでいます。
2021年度のテーマは、「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」。建築家・建築学者の門脇耕三さんを伴走研究者に迎え、私たち自身の意識のゆくえを考えていきます。
 
ホテルプロデューサーの龍崎翔子さんに続いては、「Soup Stock Tokyo」をはじめ、リサイクル、アート、自身のYouTube発信まで、ユニークなプロジェクトを数多く仕掛ける経営者/アーティストの遠山正道さんとの対話を実施。これからの生き方のキーワードとして自ら実践に取り組む“社会的私欲”とは? 対話の模様をダイジェストでお届けします。(後編)
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<対話参加メンバー>(敬称略)
 
伴走研究者:門脇耕三 
 
「都市と生活者のデザイン会議」
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室(以下NTTUD)
井上学、權田国大、吉川圭司
梶谷萌里(都市建築デザイン部)
 
株式会社読売広告社 都市生活研究所(以下YOMIKO)
城雄大、水本宏毅、小林亜也子
 
その他の参加者
NTTアーバンソリューションズ株式会社(以下NTTUS)
丹羽亮
NTT都市開発株式会社(以下NTTUD)
石井有里香
株式会社NTTアーバンソリューションズ総合研究所(以下NTTUS総研)
林正樹


憧れの追求が共感を呼び、コミュニティを育む


門脇 遠山さんご自身の人生のなかで、それぞれの場面ごとにコミュニティが分散的・分人的に存在している様子が浮かび上がってきました。それを必要に応じてつなげたり、自然につながったりすることで、新たな展開が生まれるわけですね。

対話風景より。(2022年3月20日、新型コロナウイルス感染予防対策を行いながら実施。一部の写真撮影時のみマスクを外して撮影しています)

遠山 そんな感じです。その意味で初めての個展は、私にとって33歳にして“初めての意思表示”だったと思います。三菱商事の社員でありながら絵の個展を開催するというのは、会社にあるどの文脈ともつながらない。当然、不安やリスクもありましたが、でもその過程で多くの人たちが興味を持ったり協力してくれたりしました。人間は未来に対してリスクを感じるようにできていて、だからこそ自ら突っ込んでいく人に対して「すごい」という感情が湧き上がり、進んでサポートしたくなる。チャレンジするのは自己責任だけど、やった人にしか成功のチケットは回ってこない。これは事実だと思います。

1996年、代官山ヒルサイドテラス内「ヒルサイドフォーラム」で開催された、自身初となる絵画作品の個展風景。

YOMIKO 小林 その姿勢からさまざまな方々を引きつけて巻き込むことで、数多くのコミュニティを築いてこられたと思います。その一方で遠山さんが立ち上げたものではなく、逆に予期せず巻き込まれていったものはありますか。
 
遠山 代官山ヒルサイドテラスもそうですし、建築やアートの世界もそうですね。自分にない世界への憧れがどこかにあり、それが新たな展開につながっていく。例えば、スマイルズの経営陣で合宿中に「スープの次に何をやりたいか」と話していて、「ホテル王になりたい」という言葉が飛び出した。それが「瀬戸内国際芸術祭」の作品『檸檬ホテル』につながって、雑誌のホテル特集で日本を代表する大手ホテルの並びに掲載された……というように。今でいえば、メタバースやWeb3.0の世界にも同じようなものを感じています。
 
門脇 都市についてもうかがいたいです。都市は機能が高密度に集積されている一方、さまざまな要素がバラバラと存在している点では分散的ともいえます。遠山さんのこれまでのお話に照らして、現実の都市にどんな可能性を感じるか、ぜひお聞かせください。
 
遠山 今年2月に「KADOWSAN(可動産)」という会社を共同設立しました。不動産ならぬ可動産ということで、空間を成立させるためのアートとグリーンと家具を扱うキュレーションレンタル会社です。背景としては今の時代、固定資産をしっかり持って償却していくよりも、よりフローに空間を作っていくほうが良いのではと思ったこと。アートの価値に注目が高まっているとはいえ、企業がアート作品を購入するのは組織上、なかなか厄介なことだと思います。会社にとって必要なものかどうか社内で判断が付きにくいし、社長が買ったものでも代替わりすれば売られてしまう可能性がある。だからKADOWSANでは、半年ごとにアートやグリーンや家具を入れ替えることで、フローなあり方を提供したいと考えています。
個人の立場からしてみれば、身軽な実験が求められる一方で、都市の中にそれを支援するクリエイターや場が散らばっていると、楽しいですよね。代官山ヒルサイドテラスにもさまざまなクリエイターや職能が入居していて、クリエイティブな環境に恵まれている。そうした要素が日常に分散している状況こそ、理想的だと思います。

株式会社KADOWSANのイメージ。

門脇 オンラインで参加している方からも、ぜひ質問をお願い致します。
 
NTTUS総研 林 個人的に「社会的私欲」という言葉に惹かれました。そこから思い浮かんだのは、行政が公園をきれいにしたところ、住民が自主的に清掃活動を始めたりキッチンカーが出店したりと、「街を盛り上げたい」という自主的な動きにつながったことです。とはいえ、ただ自分の私欲を満たすためであれば、社会的な意味にはつながりにくい。市民一人ひとりの私欲が社会的な意味を持つようになるきっかけやプロセスについて、ぜひうかがいたいと思います。

遠山 私は、あえて私欲を強くしたらいいと思います。建築家の伊東豊雄さんと瀬戸内の大三島の地域再生に関わった時のことです。地元のおばあちゃんに「観光バスなんか来てほしくない」と言われて、“誰かのため”という考え方は厄介だなと思いました。でもワイン好きの人が「ミカン畑をブドウ畑に変えてワイナリーを作りたい」と一生懸命にやっていたところ、少しずつ地元の人が協力してくれるようになったりする。要は、熱意を持って“自分の庭”をちゃんと整えること。そうすれば誰のせいにもしなくて済むし、全員が自分の庭をきれいにすれば全体も良くなるわけですから。誰かのためとか、世の中のためとか、これだったらみんな共感してくれるかなといった浅ましいことは、あまり考えない方がいい。それよりも自立した個性があったほうが、それを面白がってくれる人と気持ちが通じて、その共感がコミュニティへと広がっていくように思います。


個人と社会との接点を、実験の場として活用する方法


門脇 どうもありがとうございました。この後は、遠山さんにお話しいただいたことをふまえて、メンバー間で気付きや考察を深めていきたいと思います。

NTTUD 吉川 自分らしさを実践する際に、自分の責任の範疇でまずやってみるという話が印象的でした。その上で、“自分の庭先”という表現はキーワードになると思います。庭先は自分のテリトリーでありながら、人の目に触れる領域でもある。そこに自分らしさを投影することが、人の関心や共感につながり、社会へと広がっていく……そんなイメージが湧きました。
もう一つ気になったのは“憧れ”というキーワードです。所属するコミュニティでの出会いをきっかけとして憧れが生まれ、そこから自分の欲望や自分らしさが形成されていく。
これは、最初の座談会で門脇さんが動的平衡という言葉とともに言及されていた、個人と環境との揺れ動き変化し続ける関係性(「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」① 利他を叶えるライフスタイルの概念と実践とは?)や、前回の対話で龍崎さんがおっしゃっていた、選択肢によってアイデンティティを削り出していくという話(「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」③ 龍崎翔子氏と考える“自分らしさ×利他”のデザイン)にもつながるように思います。

YOMIKO 城 龍崎さんの「利己的な視点にこだわる」というスタンスと、遠山さんの「社会的私欲」。どちらも自分のニーズを出発点に置くことでは共通していますが、龍崎さんは徹底して自分の中にある潜在ニーズを削り出すようにして見つけ出すプロセスを踏んでいる。一方で遠山さんは文化人や場への憧れが原動力となって、それらを自分の庭先で自分らしく再現〜再構築するようなプロセスを踏んでいる。根幹の部分では共通するものがありながら、欲望の育て方としていろいろなパターンがあるということかもしれません。

NTTUD 吉川 庭先が自己と社会の境界線だとすれば、それを“自分がどうありたいか”を投影するメタファーと捉えることもできますね。SNSをそうした場として捉える見方もあります。メールでもなくチャットでもない、庭先感のある場所……それを街づくりのなかでどうやってリアルな空間として実現させていくかが、ポイントだと思います。

NTTUD 井上 そうした庭先的な場のアイデアとして、ポップアップスペースはどうでしょう。商業施設の側からすれば使いづらい空間である場合も多いですが、利用者にとって使いやすい条件を設定することで、近隣のテナントにとっても訪れる人にとっても面白い空間に育てていけるわけです。

YOMIKO 小林 確かにポップアップのストアは来場者にとって、施設のオリジナリティや視点が感じられる場所になっています。遠山さんのおっしゃっていた、実験の場や意志表明のあり方と共通するものを感じます。

NTTUD 吉川 ここで、オンラインで参加しているNTTUS丹羽からの書き込みを紹介させてください。「不動産の売り出し方やアピールの仕方において、その土地に絡まる文化人も含めたコンテクストをどうやって価値として提供するかが大事なのかもしれないと思いました。ただ、それを大量に作って提供するのはなかなか難しいので、もしかすると中古市場と位置付けられそうな分野でそのような取り組みを行っていくことも、これからは必要かもしれないですね」。

YOMIKO 城 コミュニティや街づくりとの関連でいえば、ドミニク・チェンさんとの対話(「都市と生活者のデザイン会議 WE + WELLBEING」② ドミニク・チェン氏と考える「わかりあえなさ」と共生のビジョン)で挙がった“わたし”から“わたしたち(We)”への意識の変化にもつながる、新しい発見がありました。マーケティング的な手法からは予想だにできない個人的な興味関心が、共感のつながりによって意外性のある小さなコミュニティを育んでいく。最初からターゲットを想定して、その振る舞いを長年にわたって予測〜コントロールしようとしてきた広告会社である私たちの立場にしてみると、真逆のアプローチだけに価値観を大きく揺さぶられました。
遠山さんご自身の“プロジェクト型人生”においては、そうした私欲がふとした瞬間に周囲とつながり、事業や社会的な活動になっていく。そのフィールドである街や場との関係についても、大いに考えさせられるものがありました。一人ひとりの生き方がプロジェクト化していくなかで、小さくてもいいから自己責任に基づく実験ができる環境がとても大事だと、考えを巡らせているところです。


変わりゆく“フリースタイルな場”の可能性と課題


NTTUD 吉川 遠山さんが実験の場として挙げていた代官山ヒルサイドテラスは、業務用途とも商業とも住宅ともつかない、独自の集合体になっているように思います。それに対して、近代の都市計画は人口増加に対応するために用途地域を整理して、「ここは住みやすい」「ここは働きやすい」という定義分けに基づいて進められてきました。でも人口減少を迎えた今は逆に、いろいろな要素が創発し合う“フリースタイルな場”のほうが有効かもしれません。訪れる人の目的を定義しないことで街の豊かさを保つためには、どんな場が必要か……デベロッパーや社会が向き合うべき、一つの課題だと思います。
 
門脇 建築的に捉えるなら、庭先は家同士のボーダーともいえます。異なる存在同士がせめぎ合って、互いの個性を高め合っていく場所。ドミニク・チェンさんのぬか床のお話でも、さまざまな菌同士が時に競合し、調和することで豊かな多様性が育まれるという気付きがありました。ポップアップスペース的な空間でも、それぞれのテナントが時に競合し、時に協力し合うなど、ぬか床と同様の関係性を育むことが可能かもしれません。
 
NTTUD 權田 私としては、個人がやりたいことと、それを実現するためのコミュニティの関係についての話が心に残りました。憧れを育み、人との出会いをもたらす場所……それを事業としてどうつくり、どう評価していくかということを、考えていかなければならないのかもしれない。KADOWSANの取り組みにしても、建物そのものの仕上げの問題ではなく、アート、グリーン、家具という3要素によって、より人が集まりやすい場をつくり出してしまう。そうすると、そもそも“愛される建物”とは何なのか……考えさせられるものがありますね。
 
門脇 KADOWSANの取り組みは、大きなヒントになりそうです。場がフロー性を高めていく一方で、都市はむしろプラットフォームであるべきだと考える。この考え方が、建物自体は無個性なものであってもそこにアートを追加することで個性を高める、という取り組みにつながっている。龍崎さんのアプローチを踏まえると、その場の文脈につながるアートをキュレーションするやり方もありそうです。アートが場を自由に変えるのと同時に、都市的な文脈とつなぐ役割を果たすわけですね。
 
YOMIKO 小林 いわば、変わることが前提になっている空間、自由さを推進してくれるような場が、これからの街づくりには求められていくのかもしれません。
 
YOMIKO 城 ただ、フリースタイル性を押し進めて真っ白な余白だらけになってしまっては、何をやっていいのかわからなくなる。だからこそアートをはじめとする演出によって、新しい発想につながる仕掛けを施していくことができるともいえます。
 
NTTUD 井上 確かに、まっさらな空間を「自由に使ってください」と言われても、なかなかアイデアは生まれないものです。使い手が発想の起点につなげられるような、“緩さをもった使い方”があったほうが現実的ではないでしょうか。
 
NTTUD 吉川 自由をデザインするのは難しい……これに尽きますね。

YOMIKO 城 その上で人が果たすべき役割にも、難しいものがあります。龍崎さんとの対話でも触れましたが、自由な交流や活性化をエリアマネージャーだけに委ねるには限界がある。「こうしたらいいですよ」とお手本を示しても、実際に動くのは“意識高い人たち”に限られて、後が続かない。日本においては特に、小さくても失敗を恐れず実験する姿勢をどう誘発するか、ソフト面での運用が課題になっていきそうです。
 
門脇 その点でも、コミュニティが個人の欲望形成を支援する場になっているという視点は重要だと思いました。
 
NTTUD 吉川 やはり、場の使い方やターゲットをいかに固定しすぎないかが大事ですね。事業においてKPIの設定は大切ですが、想定通りにならなかった場合に対して柔軟に対応していく、より状況主義的なエリアマネジメントの方法が問われているのかもしれません。
 
NTTUD 井上 “自分の庭先”といえるコミュニティ同士をどう共存させていくかも気になります。元々のコミュニティと後から来た人のコミュニティをどう融合させ、場を育てていくことができるのか……。来期はぜひ、その取り組みを実現している街を訪れて、フィールドワークをしてみたいです。


まとめ:次なる対話に向けて


「“自分らしさ”と“他者・社会の幸せ”が共存するライフスタイルデザイン」をテーマに行われた遠山正道さんとの対話と、メンバーによるディスカッション。“社会的私欲”をキーワードに語られた遠山さん自身の“プロジェクト型人生”。ーーその軌跡から見えてきたのは、都市の中に散在し、個人の憧れや試みを受け入れ、共感を育んでいく場として機能する、小さなコミュニティの存在でした。
多様な個がそれぞれに好きなものや私欲を追求し、お互いの“自分らしさ”を発揮し合う、幸福でクリエイティブな社会のために。今回の気付きを振り返り、キーワードとしてまとめたいと思います。


▶ 次回
「都市と生活者のデザイン会議 WE+WELLBEING」⑤
"自己と利他の関係性デザイン"をめぐる未来の展望


実施日/実施方法
2022年3月20日 NTT都市開発株式会社 本社オフィスにて実施
 
「都市と生活者のデザイン会議」メンバー:
NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室
井上学、權田国大、吉川圭司
梶谷萌里(都市建築デザイン部)
 
株式会社読売広告社 都市生活研究所
城雄大、水本宏毅、小林亜也子

編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
太田真紀(イラストレーター)
クリエイティブディレクション 
中村信介(読売広告社)、川端綾(読広クリエイティブスタジオ)
プロジェクトマネジメント
森本英嗣(読売広告社)
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