見出し画像

<ダイジェスト動画付>LIXILが生活者起点で起こした、社内外へのイノベーション。そのポイントを徹底解説【UCI Lab.セミナーレポート】

ひと口に新規事業やイノベーション創出といっても、企業の中でそれを実現させるには大きなパワーがかかるもの。私たちUCI Lab. 合同会社はそんなイノベーションの領域で、さまざまな企業の伴走者として、これまで10年以上にわたって支援を行ってきています。

私たちは今年"社会との新しいつながりをつくっていく"ことを目標に掲げています。先日、その取り組みの一つとして、これまでクライアント様とともに蓄積してきた知見をみなさまにお届けするオンラインセミナーを開催しました。当日は、イノベーション創出についてより具体的なイメージを持っていただけるよう、私たちが協働を続けている株式会社LIXILのマーケティング部門 組織改革準備室 リーダーの桑原朋子さんにも登壇いただき、実際の事例についてお話しいただきました。企業内でイノベーションを起こすためには、どのような要素が必要となるのでしょうか。こちらの記事ではそのセミナーの様子を詳しくレポートします。

実施後、参加者の方々からは、このような感想をいただきました。

感動続きの時間でした。(中略)人への興味関心がすべての起点なんだなと感じました。自身の事業にも取り入れられるアイデアを沢山いただき、ありがとうございました。

継続していくにも会社をうまく巻き込みながらアウトプットを出していくこと。巻き込み方のテクニックや、意見がまとまらないときの指針の出し方など企業内でのプロジェクト運営での難しさとコツを知ることができました。

なぜ動いてどう考えていくか、そういった軸や芯的なものがあれば人は動けるし考えられるというところで、大いに参考になりました。

突き刺さるワードがいくつかあり、メモをしました
①不安こそがイノベーションの源泉
いつも不安ばかりなので、これでいいんだと安心しました笑
②ユーザーに謙虚に寄り添い~「ユーザーの行動をデザインしない」
デザインしない、というのが新しい!と感じました。

新しい取り組みや現状を改善しようとした時に、その担当部署だけで行うのではなく、他の部署も巻き込んで、如何に目的意識の共有化を図っていくかが大切であると思いました。

このように社内外へ行動変容を起こせたのは、私たちUCI Lab.が大切にする”「生活者起点」の「カスタマージャーニーマップ」”が組織内に浸透していったからだと考えています。セミナーではその10年間の実践の物語を振り返ったため長くはありますが、時間をかけてじっくりとお読みいただけますと幸いです!

▼ダイジェスト動画はこちら


はじめに:UCI Lab. とは?

2023年1月13日の17時よりスタートした今回のオンラインイベント。幅広い業界の方が参加してくださり、注目度の高さが伺えました。初めての方のために、まずは、主催者である私たちUCI Lab.の自己紹介をさせていただきました。

私たちUCI Lab.は、企業などの商品企画開発や研究開発を、生活者起点(User Centered)と対話的協働によってサポートする「イノベーション・エージェント」です。

ツールごとに見た目がバラバラ。LIXILが抱えていたコミュニケーションの課題

次に、私たちが協働的な支援を続けてきた株式会社LIXIL(以下、LIXIL)の桑原朋子さんに登壇いただき、今回のイノベーションの現場である「ショールームにおけるコミュニケーションの最適化」についての事例をお話しいただきました。

LIXILがUCI Lab.とともに歩むことになったのは、「お客様とのコミュニケーション」に課題をかかえていたことがきっかけでした。トイレや浴槽、窓、ドアといった住宅設備を扱う総合住生活企業のLIXIL。2011年に国内の主要な建材・住設備機器メーカー5社が統合して誕生した背景から、ショールームでは各社がこれまで使用していたさまざまな見た目やスタイルのPOPとパンフレットが並んでいました。ショールームに来られるお客様にとって商品の特徴や魅力が非常に伝わりづらい状況にありました。

そのような状況を改善し、お客様起点のコミュニケーションへと軸足を移すべく、LIXILはUCI Lab.とともにさまざまな取り組みを行っていきました。

コミュニケーション改善に向け、取り組んだこと

LIXILが課題解決に向けてまず行ったのは、ターゲットの設定でした。桑原さんが社内に声をかけ、集まったメンバーとともにディスカッションを実施。その結果、下記のようなターゲット像が完成しました。

<ターゲット像(一部を掲載)>
・50~60代ご夫婦
・リフォームの初期検討段階
・まずはショールームを自由に見たい
・急いでおらず、メーカーのショールームにはまだ訪れたことがない

ショールームでの実感をもとに「リフォームのお客様対応力を強化するためにも、ターゲットは商品理解度が低く、文字をあまり読まない方を想定した」と補足。

ターゲットイメージの完成後は、ショップアロング調査へと移行しました。この調査はその名の通り、ターゲット層である被験者のショールーム内での行動や会話を一緒についていってつぶさに観察し、さらにその後行動を再現しながらインタビューするというものです。調査は、ショールームの休業日に被験者を招き、行われました。

その結果、実際のお客様は自社が想定するよりも「合理的には動いていかない」ことが分かったのです。

お客様は思い通りに動かない。LIXILが10年で行い、学んだこととは

ショールームに訪れるお客様は、その多くがリフォームに対してぼんやりとしたイメージしか持っていませんでした。明確に「この商品が欲しい!」と来店するのではなく、現地で実際に商品に触れる中で、「次はこんな家にしたい」とだんだんとイメージが具体化していくのです。

調査の結果、これまで良かれと思って行ってきた、コミュニケーションの改革が必要でした。お客様が疑問を抱かないように先回りして積極的な商品説明を行う説得型やナビゲーション型の情報発信ではなく、お客様が疑問を持ったときにすぐにフォローができるようなコンシェルジュ型の対応をPOPに埋め込むことが必要だと導き出されたのです。LIXILとUCI Lab.は改めて社内メンバーでディスカッションを重ねながら、カスタマージャーニーマップを作成し、ポップやフロアマップなどひとつひとつのコミュニケーションを再設計し、毎年改良を積み重ねていきました。

その事例のひとつが、ショールームの案内図としてお渡ししていたフロアマップです。多くのお客様が、手渡された後すぐにカバンにしまってしまうので、一見現場の案内としては機能していないようですが、後から見たものを思い出しながら話し合うときに使われる場面を想定し、自宅に帰ってから商品の特徴にもう一度触れられたり、次のアクションへ自然に誘導できるツールとして設計し直しました。

これらのコミュニケーション改革は紙の情報だけにとどまりません。現地でお客様の対応を行うコーディネーターの皆さんの研修では、UCI Lab.とプロジェクトを進める中で副産物として出来上がった、リフォームのジャーニー丸ごとを疑似体験できる「すごろく」を活用。約2時間のワークショップ型研修の中で、お客様がどのような流れで、どのような気持ちの変化が起こって実際のリフォームにたどり着くのかを「すごろく」を通して理解を深める機会を設けるようにしました。

その結果、コーディネーターはお客様に寄り添う形のコミュニケーションを取ることができるようになりました。来店されたお客様に「なぜリフォームをしようと思ったのですか?」と、その要望や心のうちをしっかりとヒアリングできるようになったのです。次第にリフォーム会社へのお客様紹介件数が増えるなど、目に見えた成果も出てくるようになりました。

LIXILは今回、10年間にわたるプロジェクトの中で下記3つの知見を得ることができました。

<LIXILが10年間を経て学んだこと>

  1. お客様は思い通りに動かないことを心得る

  2. お客様の理解の仕方と行動に、こちらが寄り添う

  3. まずはお客様のありのままの姿を見る・聞くことが起点。それからプランを立ち上げる


「カスタマージャーニーマップ」は何のためにあるのか?

続いて、UCI Lab.代表の渡辺より、LIXILのプロジェクトが10年にわたって好循環を生み出せているポイントについて解説を行いました。
お伝えしたのは、以下の4つです。

  1. お客様の本当の姿を知り、寄り添ったこと

  2. 46回にもわたるワークショップを通じた「協働」

  3. 改善したツールの実装までを完遂できたこと

  4. PDCAサイクルを回し、継続的な対話を行えたこと

1.お客様の本当の姿を知り、寄り添ったこと

今回行った「ショップアロング調査」のような少ないサンプルで深く掘り下げる定性調査は、本プロジェクトが始まった10年前は、企業が実施する調査としてはまだスタンダードな手法ではありませんでした。そのような調査方法に挑戦することで、「メーカーにとって当たり前の知識がお客様にとっては新鮮」であり、「メーカーが伝えたいことはお客様にとってはそこまで必要な情報ではなかった」という事実にたどり着けたことは、大きな発見となりました。

2.46回にもわたるワークショップを通じた「協働」

LIXILとUCI Lab.では、この10年間で46回のワークショップを開催してきました。関係者がともに手を動かしながら、お客様への理解を深めていくことが具体的なコミュニケーション改善や社内の意識変容にもつながっていきました。

3.改善したツールの実装までを完遂できたこと

UCI Lab.では、調査のプロセスだけではなく、ショールームの現場で使用するツールの制作までをサポートしました。調査をして終わりではなく、実際にツールの実装の部分まで完遂できたことが成果につながっていきました。

4.PDCAサイクルを回し、継続的な対話を行えたこと

私たちは、2012年の取り組みを元に、翌年も効果検証の意味を込めたショップアロング調査を行いました。そこで得られた知見に基づき、コミュニケーションツールをさらに改善。この取り組みを10年間続けたことで、ショップアロング調査を通じたユーザーとの疑似的な対話を繰り返すことができました。

これらの4つのポイントがあったからこそ、LIXILのプロジェクトは10年以上続く成功事例となったのです。

そして、今回のプロジェクトの要となる「カスタマージャーニーマップ」についても、その作成の意義について渡辺が説明を行いました。

カスタマージャーニーマップは、お客様が商品・サービスの購入に至るまでのプロセスを可視化するものですが、その目的は、個々の“つまづき”を取り除いていくような、対症療法的に使用するツールではありません。お客様と自社の間にある認識のずれや、お客様の行動・心理、価値観などの全体像を理解するためにあるものです。

LIXILとのプロジェクトでも、そのような前提のもとにカスタマージャーニーマップを作成したからこそ、ひとつひとつのコミュニケーションを改善した結果として、現在の新たな「ショールームを越えて、リフォーム体験全体の最適化」のフェーズへと移ることができたのです。

▼UCI Lab.がプロジェクトを行ううえで大切にしていることの詳細はこちら


LIXILとUCI Lab.で語る「プロジェクトの進め方」

後半は、LIXILの桑原さんとUCI Lab.渡辺によるディスカッションを行いました。参加者からの質問もふまえながら、下記のような「プロジェクトの進め方」の実際の部分に関する内容が語られました。

Q. 今回のプロジェクトでは、社内メンバーをどのように巻き込んだのか?

桑原さん:担当者が私一人というところから始まりましたが、ワークショップについては事業部の中で自分自身が呼びたい方に声をかけて参加してもらいました。声をかける際は、相手の立場に立ち「お客様の生の声が聞ける」という点をフックとしたんです。事業部の担当者もお客様の本当の声を聞きたいもの。そこをお話することで、興味を持ってもらえました。

※大手企業の開発部署では、実はお客様の声を聞く機会がなかなかないというお話しをよく聞きます。

Q. 今回のプロジェクトで調査に参加して、桑原さんとして驚いた点はあるか。

桑原さん:
ショップアロング調査では、一挙手一投足がデータとなります。本当に大量のデータを取れるのだという点は驚いたし、非常に貴重なデータをつくってもらえたように感じています。

Q. 今回のような調査の中で気をつけたことはあるか。

渡辺:被験者にショールーム内で自由にふるまってもらう点は気をつけたところ。また、調査ではリフォームの検討プロセスの実態に沿って、ご夫婦二人で参加してもらいました。インタビューでは、夫婦の会話から見えてくる関係性などまで立体的に把握することは意識しました。

※インタビューについては、UCI Lab.の大石さんにも補足でお話してもらいました。

大石:私は「共感リサーチャー」という肩書で、調査の中で話を聞く役割を担っています。本音を引き出すためには、相手に寄り添うことを第一に考えています。先入観を持たずに、相手の言うことなどをすべて受け止めます。例えば、もし目の前の被験者夫婦がインタビュー途中で揉めてしまったとしても、微笑みながら話を聞くといった態度の部分も気をつけていました。

桑原さん:大石さんの様子を間近で見ていて、本音を引き出すプロフェッショナルだと思います。弊社のショールームのコーディネーターになっていただきたいと感じるほどです。

Q. UCI Lab.の調査の特徴はあるか。また、イノベーションに外部エージェントが入る意義は?

渡辺:手法としては特別な特徴はなく、調査はそのテーマと状況に最適なものを地道にやっていくしかないと考えています。調査では「自分たちの気になるところだけをメモする」のではなく、ありのままをすべてを記録していくことを大切にしています。本来知りたかったことの外にこそ、気づきがもあるはずだからです。また、クライアントと協働でプロジェクトを進めていく点も、UCI Lab.として大切にしていること。クライアントと共に、お客様の姿を理解し、描き出せればと考えています。

桑原さん:UCI Lab.は、私のチームを拡張させたようなイメージ。調査スキルを学びながら、ターゲット設定からコミュニケーション改善まで、チームが一丸となって取り組めたのは本当に良かったと思います。

Q. ターゲット設定でワークショップを行ったとのことだが、社内で意見が割れることはなかったのか。

桑原さん:
意見は割れました。ただ、話し合いを行う中で、最終的には自分たちの両親を思い描いたりしました。私たちが顔が思い浮かぶ人たちひとりひとりを満足させなければ、多くの人が満足することはないと考えたからです。

渡辺:加えて、今回ターゲット設定も含めて社内メンバーでしっかり協働できたのには、住設業界のパラダイムシフトも影響しているように思います。2012年ごろは、住宅業界も新築からリフォームを重視するスタイルへと代わっていく最中でした。だからこそ、リフォーム分野のターゲット層を設定する必要があったし、コミュニケーションの取り方も考えていく必要があったのです。そのようなインパクトの中で、合意形成がしやすかったのだと思う。

Q. 組織変革のポイントは?
桑原さん:
やはり組織長の理解を得ることだと思います。私も難しさを感じましたが、組織長にワークショップに参加してもらい、このプロジェクトに巻き込むことで理解を得るように努めました。その点が功を奏したと思います。

渡辺:ワークショップはクライアントにとっても大変労力のかかることで、実施には困難を伴いますが、今回LIXILは「ユーザーの声を聞く」という大きな戦略を立てていらっしゃいました。その軸があったからこそ、組織変革につながっていったのだと思います。

※意見が割れたときや組織長の理解を得るなど、協働ができたのは、地道な調査をもとに作成された、ありのままのユーザーの姿、声で作成されたカスタマージャーニーマップが、社内で共有されていたからと考えています。

Q. 今回のプロジェクトで困難だった点は。

桑原さん:一時期予算がおよそ半分程度に減ってしまったことがありました。そのときはUCI Lab.のみなさんから知恵を貸していただき、調査の部分を、社内メンバーが自ら身近な他者を対象に行うことで工程を減らして、プロジェクトを止めずに進めることができました。

渡辺:プロジェクト運営で最もお金がかかるのは、実際に調査を行う部分です。あの時は、そこに工夫を加えることで、情報収集とプロジェクトを継続させていきました。実は、その時の調査で生まれたものが先述の「すごろく」なのです。これは、継続し蓄積することの重要さを示している好例だと思います。

Q. ショールームの今後の展望について

桑原さん:リアルとオンラインをシームレスにつなぐという部分に現在取り組んでいるところです。実際のショールームに足を運ぶだけでなく、Zoomなどを使って、オンラインでお客様とコミュニケーションができる「LIXILオンラインショールーム」というサービスも提供していますので、お客さまのご都合に合わせて使っていただけたらと試行錯誤しています。

渡辺:いわば、「サービスとしてのショールーム(SRaaS)」ということ。オンラインとリアルをつなぐには、お客様からの「この前も別の人に話したんですけど」というコミュニケーションの重複をいかに避けられるかが鍵となると思います。そのようなお客様との対話の理想像を絵に描き起こして共有し、さらに理想的な未来のユーザー体験をつくりあげているところです。

まとめ

最後に、UCI Lab.渡辺より、今回のイベントのまとめが行われました。

社内外にイノベーションを起こすためには、今回事例として紹介したLIXILのように、あらゆる場面で生活者起点での対話を行うことが大切です。イノベーションの価値は、地道なプロセスに宿るもの。生活者の声や行動をひとつひとつ集めて、それらの意味を根気強く解釈し、実際の「モノ」に落とし込んで改善していく。このプロセスと一歩一歩踏みしめた先にこそ、イノベーションが起こるのです。

今回のイベントで取り上げたLIXILの事例以外にも、私たちの考え方や実践などをアニュアルレポートにまとめています。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。

また今回の記事は、以前UCI Lab.の「ひとごこちデザインラボ」プロジェクトを取材してくださったライターの市岡光子さんにご執筆いただきました。長時間に渡るイベントをとてもわかりやすい構成で記事化してくださり、感謝します。

▼『アニュアルレポート2022』はこちら

▼『アニュアルレポート』制作に関するnote記事はこちら

▼不定期ですがメールマガジンも配信しています。

▼UCI Lab.との共創にご興味を持たれた方は、こちらよりお気軽にお問い合わせください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?