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【ポンポコ製菓顛末記】                   #45 マーケティングの肝はセンスだ

 数回にわたって経済、商売、そしてマーケティングのお話をしてきた。このシリーズの締めとしてマーケティングの要綱をお話ししたい。
 マーケティングで最も大事なのは何か?それはセンスである。そう、ファッションや美術と同じ、センスが肝心である。
 
 


無人工場


 
 ポンポコ製菓でNO1の商品は、合理化投資を何代にもわたって行ってきた。それこそ旧ソ連ではないが、第1次、第2次合理化計画とあくなき追及を進め、第5次まで進めて飛躍的に原価低減を実現した。その結果、最高の利益率、利益額を稼ぐドル箱商品となった。
 しかし、何とか自分の成果を創りたい会長は当時脚光を浴びていたキャノンの無人工場の記事をどこかの雑誌で読み、これにあやかりたいとこのドル箱商品の完全リニューアル合理化投資を指示した。
 
 ちなみにキャノンの無人工場はインクジェットプリンタのインク充てん工場である。あの事業はインクで儲けている。純正品のカートリッジ毎取替を消費者にせざる得ない仕掛けを工夫し、安い代替品を排除している。しかもプリンタはインク減少を警告ランプで取替を煽る。本当に減っているかどうかはカートリッジの中が見えないので解らない仕掛けだ。どうもインクが半分か1/3で警告が出るらしい。2割まで減ったらもう即時取り換えランプだ。工場はただインクをカートリッジに充填するだけの恐ろしく単純な作業だから人はいらない。しかもたまに歩いている工場労働者はカメラが監視していて、歩くのが遅いと(早く歩け)と煽るそうだ。こんな事業だから儲かってしょうがないだろう。本体のプリンタを半額やそこらのたたき売りしたって全く問題ない。プリンタはオマケみたいなもので主力品はインクである。元祖サブスク、本当にアタマにイイヤツが考えた事業だ。
 
 さて、ポンポコ製菓の会長はそこまでいかなくても、最新鋭設備で従来原価を下回らせて自慢したかった。そこで怪しい生産コンサルタントを呼んできて提案させた。すると既存設備はもう昔の機械で、現在のヨーロッパではこの機械が主流ですよ、とふれこんだ。コンサルタントの常套手段だ。なんとその投資額が100億円。その額は当該商品の年間売上額に匹敵した。投資額の大きさにさすがに会長はビビった。
 そこで会長は投資効果を確かめようとテストラインを引くことになった。が、そのテストライン投資額がなんと20億円!!しかも本物と同等に設備設置しなければ効果が実証できないというのだ。たかがテストでその投資額は前代未聞であった。
 が、なんと会長はゴーサインを出した。しかし欧州で最新鋭だとか何とかだという触れ込みだったが、結局アナログの現行ラインのほうが生産効率は高く合理化効果は全く表れなかった。焦ったコンサルは何とか原価を下げようと必死になり、あの手この手と尽くしたので肝心の品質がまるで変ってしまった。最後は液体窒素で固めること迄トライしたそうだが、さすがに食品に液体窒素はないだろうと断念した。ついに現状のほうが原価も効率も良い結果となり、テストラインは無用の長物となってしまった。
 
 暫くして私はテストラインを入れた当該の工場長に例の設備はどうなりましたか?と問うた。すると至極ばつが悪そうに案内をしてくれた。壮大なラインがひっそりと捨ててあった。テストの製造ラインは高さ25m、長さ100m以上の大規模なものであった。かたや既存ラインは非常にコンパクトで包装設備はたった4畳半ほどの大きさであった。当該商品の年間利益に相当する20億円の投資はドブに捨てた。
 

新しければ良いわけではない


 
 この失敗には多くの示唆がある。

 まず投資額規模が対象品の年間売上高と変わらないということ。これまでも何度もポンポコ製菓トップの計数感覚、財務リテラシーの無さを話してきたが、最たるものだ。#29でお話ししたとおり、創業家の社長が100周年事業で会社の資産規模の1.5倍の投資をして無配に陥った、あの類だ。懲りない方々なのである。
 
 さらに注意すべきは新しいものが最良、西洋が最新最良と思う習癖である。これは現代若者の過去を否定、オーソリティ・権威の否定と批判対象にする風潮にも相通ずる。一般的に中世は暗黒時代、近代が一番進んでいるという文化観があるが、あながちそうとは言い切れない。確かに科学、文明は近代で飛躍的に発展し人類に恩恵をもたらした。しかし、人間性重視など失われたものも多い。最新がすべて最良と思うのは誤解であり、傲慢である。何百年、何千年経っても残る古典というものがある。価値は時代と共に変遷するが「不易流行」といって変わらない価値もある。 
 
 西洋の論理的思考、データ重視の客観的判断など日本人は苦手だが学ぶべき点は多い。しかしこれもやり過ぎると杓子定規になって過度な結果主義となってしまう。特にIT万能でAIや論理に頼りすぎると究極的には結果が画一的になって差別化が失われる。それはマーケティングで最も避けなければいけない要素だ。

 一方日本は集団でコツコツ真面目に働き、一定の条件下で工夫して新しい世界を創るのが得意だ。しかしこれもやり過ぎるとムラ社会で前例主義となって融通がきかない。
 
 今後より良い社会を目指し、日本が元気になるには、東洋西洋の長所は伸ばし、短所を是正していくことだろう。
 
 それにはまず何事もグローバル基準で判断していく事が先決だ。日本だけで通用するような唯我独尊、ガラパゴス的な判断では後れを取る。世界市場の中で切磋琢磨していかなければならない。
 先日、日本の家屋の断熱基準は世界では最低レベルという記事を読んだ。9割は基準に合わない、即ち寒いのでグローバルでは違法建築になってしまう。北海道仕様がかろうじて最低基準を満たすそうだ。
 何故か? 輸出で世界と戦ったクルマ、家電は世界に負けない品質を誇るまでになった。しかし、輸出をしない住環境は切磋琢磨しないし、行政の指導も緩い。結果、安かろう、悪かろうの寒い家になり、それに国民も安住してしまっている。外人から見ると日本の家はかなり寒いそうだ。何よりもエネルギー効率が悪いので環境的にもすこぶるよろしくない。
 
 そういったグローバル基準で品質を見直すべき点は多々あるだろうが、一方で西洋が認める日本の長所も沢山ある。例えば漆技術。ドイツBMWの最高級車内装に採用されるほどその価値は認められている。しかし彼らは技術を広めようとは思わない。
 何故か? 職人人件費が安すぎて割に合わないからだ。熟成したこだわりの醬油も価値は認めるが何故安売りしているか理解できない。欧州の生産効率は実は中小企業も大企業も変わらない。従って中小企業の付加価値が高い。日本は中小企業の生産性が著しく低い。その主因は、今盛んに問題視されている安い人件費問題だ。
 
 前回、前々回とお話ししてきたとおり、この辺りの価値とカネ(売上、価格)のバランスを企画し、判断していくのがマーケティングだ。しかし、今や従来の「分析」「論理」「理性」に軸足を置いた経営、企画、いわば「サイエンス重視の意思決定」では今日のような複雑で不安定な世界において舵取りできなくなってきた。つまり従来西洋が得意としてきたやり方では限界に来ている。
 そこでグローバル企業が注目してきているのが「直感」、「感性」といったアートのセンスだ。感に頼るのは日本人は得意だ!と思うかもしれないが、もちろん「感」一辺倒ではない。あくまでも、サイエンス、ロジカルに見極めた上の最後のジャッジに発揮する「直観」「感性」のことだ。

 この感性で日本人が特に不得手なのが、いろいろなオプションがある場合、直観的にこれはないだろうと瞬時に捨てる判断だ。西洋はジャンクなオプションはサッサと捨てて、残った脈がありそうなオプションを徹底的に調査する。日本人は平均的にあれもこれも調べるものだから時間もかかり詰めも甘くなって成功する確率が下がる。#2でお話ししたオーバーアナリシス、オーバープランニングの愚挙である。今回のポンポコ製菓の投資例などは本来検討の俎上にも上がらないものだろう。
 
 私が再三お話ししてきたバランスが大事、何事もバランスを見極めるというのは実はこの「直観」「感性」と言ったセンスなのである。そのよりどころとするキーは「どれくらいか?」といった計数感覚である。
 
 日頃、多くは良いか悪いか、黒か白か、イチかゼロか、といった単純に決めつける傾向が古今東西あるが、世の中そんな単純なわけではない。矛盾と複雑の中で動いている。だから「何が」「どれくらいか」そしてそれは「何故か」といった意味合いを理解することにより、センスの良い判断が出来るのだ。
 
この「どれくらいか」について賃金の例で深堀する。長くなったので続きは次回。




 
 


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