見出し画像

「シェア」から「トラスト」へーー信頼から成り立つ新しい経済(関美和)

翻訳者 関美和のおすすめ本! 第2回
Who Can You Trust?: How Technology Brought Us Together and Why It Might Drive Us Apart”(あなたは誰を信じられる?)
by Rachel Botsman(レイチェル・ボッツマン)
2017年11月出版 ※日本語版は2018年7月24日発売となります。『TRUST 世界最先端の企業はいかに〈信頼〉を攻略したか』日経BP社

スマホのロックを開錠して、はじめて会う人と1分間だけ交換してみる実験をご存じだろうか? Airbnbの創業者、ジョー・ゲビアはTEDで観客にこの実験を呼びかけた。わたしも時々、学生を相手に教室でこの実験をやる。たいていの学生は誰かの大切な手紙をあずかるように、見てはいけないものを手のひらに置いたまま、どうしていいかわからず神妙にしている。信頼とは、「ロックしていないスマホを預け合えること」と言った人もいる。そしてスマホよりも他人に預けたくないものといえば、自分の寝室だろう。自分の部屋に赤の他人を泊めるとなれば、「オリンピック級の」信頼が必要になる。
 
レイチェル・ボッツマンが『シェア』で「共有経済」というコンセプトをわたしたちに教えてくれたのは、2010年のことだった。当時はAirbnbもkickstarterも生まれたばかりで、Uberはまだ存在していなかった(少なくとも『シェア』の中では紹介されていなかった)。翻訳しながら興奮して、周囲のいろんな人にAirbnbのコンセプトを話したが、みんな怪訝な顔で「ありえない」といった風だった。
わたしが不思議だったのは、当時からみんなネットで買い物はしていたし、自分の情報を見知らぬ人に割と簡単に提供していたことだ。つまり、大多数の人がネットのレビュー機能にそれなりの信頼をおいて、会ったこともない人が宣伝通りの商品を送ってくれると信じ、クレジットカードの情報まで渡していたのに、商材が本や靴ではなくスペースになったとたんに拒否反応を示すのは、興味深かった。
でもやはりというか、意外にというか、Airbnbの拡大は速かった。一定の供給が確保され、利便性が証明されると、せきを切ったようにみんなが使いはじめた。Uberもそうだ。今は他人の車に乗り込む前に「危険じゃないか?」とは考えない。Uberがなかった時代にはどうやって移動していたのか思い出せないほどだ。信頼の壁はクリックやスワイプひとつで乗り越えられるようになった。そして、いったん信頼の壁を乗り越えると、人はあまり後ろを振り返らなくなる。 

「分散された信頼」が経済を動かす

新作“Who Can You Trust?”でレイチェル・ボッツマンが描くのは、共有経済2.0の世界だ。『シェア』で「赤の他人を信頼できるか?」と問いかけたボッツマンが、今回は「信頼しすぎていないか?」と問いかける。 人々が信頼の壁を飛び越える(彼女はそれを「信頼の飛躍」と呼んでいる)スピードは、10年前よりはもちろん、5年前と比べても格段に速まっている。

ベビーシッターと親をつなぐプラットフォームのUrbanSitter(アーバンシッター)上でベビーシッターを見つけるまでの時間は、5年前の23時間から10分を切るまでになった。即時信用評価のTrooly(トルーリー)はGoogleよりはるかに深く正確な身元照合を一瞬で行える。Tala(タラ)は途上国で銀行口座のない人たちの間の即時送金を可能にし、Digital Asset(デジタル・アセット)は約定から決済までの日数を3日から1日へ、そしてゼロ時間差で行おうとしている。

これらを可能にしているのが新しい信頼の形である、「分散された信頼」だ。「分散された信頼」は、制度や権威への「下から上へ」と一方的に向かう信頼ではなく、テクノロジーやプラットフォームを通して多くの人の中で水平に拡散される信頼である。ブロックチェーン技術を基にした企業もまたその延長線上にある。今のわたしたちは、大企業より見ず知らずの人の方をはるかに信頼している。権力者のお墨付きよりも、数多くの自分たちと同じようなユーザーの意見をわたしたちは信じる。レビューに多少の偏りがあったとしても、大企業や権威者よりは信頼できるとわたしたちは思っている。フェイクニュースが氾濫する「ポスト真実」の時代に、「信頼は失われた」とよく耳にする。でも、信頼は失われたのではなく、広く薄く「分散された」のだとこの本は教えてくれる。

レイチェル・ボッツマンが子どもの頃、住み込みのベビーシッターがやってきた。上流階級ご用達の雑誌広告を通して見つけたその女性は救世軍の制服を着て現れたが、実は麻薬組織のメンバーだったことがしばらく後に判明する。もし当時、今のようなレビューのシステムがあれば、彼女が救世軍のメンバーでないことも、子守の経験もないことも、即座にわかっていただろう。もちろん、「分散された信頼」にも独自の欠陥はあり、「制度への信頼」がすべて「分散された信頼」に置き換わるわけではない。それでも、「分散された信頼」が正しく運用されれば、ビジネスも政府もメディアもより開かれた民主的な方向に進むのだろう。そんな楽観的な未来を見せてくれるのが、本書“Who Can You Trust”だ。

執筆者プロフィール:関 美和 Miwa Seki
翻訳家。杏林大学准教授。慶應義塾大学文学部・法学部卒業。ハーバード・ビジネススクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経てクレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。翻訳書にリー・ギャラガー『Airbnb Story』(日経BP社)、『お父さんが教える13歳からの金融入門』(日本経済新聞出版社)、ピーター・ティール『ゼロ・トゥ・ワン』(NHK出版)、ほか多数。




この記事が参加している募集

推薦図書

よろしければサポートをお願いいたします!世界の良書をひきつづき、みなさまにご紹介できるよう、執筆や編集、権利料などに大切に使わせていただきます。