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最近思い出した残したいこと
久しぶりnote
最近は、まあまあ元気に、たまに鬱々と。
まあ、あんまり変わらない日々を過ごしています。
もう、9月で暦の上では、あっという間に夏が終わりますが、
梅雨が明け、夏が始まる頃、毎年毎年、なんだか色んなことを思い出します。
今年思い出したことが、どうしても体の中で悶々と(?)していて、吐き出しとくか、ということで、noteの出番です。
ちょっと覚えていたいなって、とこもあって…
自分語りでもしとこかな。
3年
祖父が亡くなって、3年が経ちました。
まだ3年か、と思ったり、もう3年かと思ったり。
noteでは、祖父の話題を出すことが多いですね。
なんとなくまだ、この現実を消化しきれてないんだと思います。
未だに、祖父がいないことにピンと来ていないし、ふと、「あ、そっかいないのか」となっています。
3年も経ってるのにね。笑
私の鬱君は、3年前の記憶ごと持っていってしまったのでしょうか…
思い出した事
いつだったか、祖父が入院をした時のことです。
これは私の介護施設バイトの経験からの、推測なのですが、お家にいた方が、ボケや認知症の進行はゆっくりな気がします。
だからといって、お家で介護をするのはかなり大変なので、介護施設に入れるな、ということではありません。
介護が大変というのは身をもって学びました。
これが自分の親や身内となると、更に辛く、大変なものになると思います。
ただ、病院でも介護施設でも、周りのことを周りが全てやってくれる場所にいると、やはり進行は早いです。
こちらとしても、「出来ることはやらせてあげたい」という気持ちはありますが、同時に、「怪我をさせてはいけない」などという責任があります。
となると、やはりこちらが全てをやった方がリスクはありません。
話は戻して、祖父もこの私の推測同様、急速にボケは進行しました。
そうなると、私のことも、実の娘である私の母のことも、分からなくなります。
ある日、お見舞いに行った際、祖父は、病院を走る小さな女の子を見て、私の名前を言ったそうです。
私は聞き逃してしまったのですが、母が「あれは違うよ笑」と答えていました。
祖父は、ニコニコとその女の子が走って行った方を見ていました。
その時は、祖父の中では、まだ私はあのくらい小さいんだな〜と思っただけだったのですが、
今思い返せば、私ちゃんと愛されていたのかな、と感じます。
祖父は、孫に溺愛という感じではなく、喋るし笑うけど、どちらかといえば無口で、自分の感情を言葉にしません。
だから、私の中で祖父はなんとなく、淡白な人、寡黙な感じ、というイメージ。
でも、あの小さな女の子に向けられた、微笑みは優しくて柔らかくて。
それを本当に、私と間違えていたなら、それは幼い私に向けられていた表情で。
そう考えると、「あれ?おじいちゃん意外と私のこと可愛がってたんじゃない?」と思うのです笑
習い事の送り迎えをしてくれたおじいちゃん、
水戸黄門が見たいのに、私と2人でやるババ抜きに付き合ってくれたおじいちゃん笑
帰省して東京に戻る時、口数は少ないけど、いつも「気をつけろよ」と言ってくれたおじいちゃん、
思い出すと、全部全部、愛で溢れている気がします。
もちろん、美化されているとこもあると思いますが笑笑
でももう、美化でもなんでもいいかな。
今更気づいた、おじいちゃんの分かりにくい愛情。
嬉しくて、ちょっと切ない。
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