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短編小説集

84
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2020年7月の記事一覧

きっと貴女は遠くで泣いているから

きっと貴女は遠くで泣いているから

 当たり前が当たり前じゃ無くなった。失って気付く幸せなんて、よく分からなかったけれど、突然目の前に現れると大きさに自覚的になってしまう。僕はきっと傲慢で、無頓着だ。
「今年の花火大会、中止らしいよ」
 電話口で彼女は寂しそうな声を漏らした。今年の春に上京した彼女は、地元に残っている僕よりも地元のことに詳しかったりする。不思議な感覚に陥るけれど、軽いホームシックのようなものに苛まれているのだと勝手に

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剥げたメッキ

剥げたメッキ

 スケジュール帳を見ていると、自然とため息がこぼれてしまった。
「こんなに予定があっても楽しくない」
 自然と呟いたのは、本音が理性を越えてしまった証拠だろうか。大学を卒業して五年。もう27歳。描いていた社会人ライフは縁遠くて、毎日同じような作業の繰り返しに疲れている。理想と現実の差は、思った以上に大きかったみたいだ。
「お客様が笑顔になるお手伝いをしたいです」
 第一次面接の一言、確かに抱いた想

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飲み会

飲み会

 味の抜けたビールを飲みながら、くたびれた表情を浮かべる旧友の愚痴に耳を傾けていた。高校卒業をして十二年。青春時代の前半戦を共に生きた仲間は、それぞれ違う生活を営み、そして変わっていた。
グループのリーダー的な存在だったアイツを除いて。
「もうね、金が無いの」
 結婚して数年、子育てが生活の軸になっているBは、隙があればこの言葉を口にする。金が無い、金が無い、金が無い。脳内で文字起こしをすれば明日

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きっかけ

きっかけ

 タバコが無くなって随伴反射のように外出の準備をした日曜の朝。街は休日を訴えるように静かさと独特の高揚感を混ぜ合わせた空気が漂っていた。この空気、僕は正直苦手だ。なんだか、お前の居場所はどこにある? と問いかけられているような感覚に呼吸が少しばかり苦しくなるからだ。
 住宅街を抜け、大通りに出ると普段よりも車が多い。ニュースでは、越県が可能になったと報道していた。自粛という我慢大会から解放された人

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ハムレット

ハムレット

「久し振りだな」
 右手を申し訳ない程度に挙げて、彼は微笑んだ。会っていなかった空白の時間なんてものは存在しなかったのではないかと疑ってしまうくらいにフランクで、それこそ昨日一緒に居たかと思わせるほど普遍的な彼の姿に僕は彼に倣うように左手を挙げることしかできなかった。右手に持ったゴミ袋が不意に重くなった気がした。
「まだ、ここでバイトしてるのか?」
 彼は近づきながら問いかけた。僕はゴミ収集場所に

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