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小説✴︎梅はその日の難逃れ

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小説✴︎梅はその日の難逃れ マガジンです 歳の差の恋と恋をしないと決めた高校生 梅の木の下、色々な恋愛模様を紡ぎました
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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第1話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第1話

あらすじ
恋愛願望のない高校生と 初恋の人と結ばれなかった祖母。  初めて聞いた祖母の初恋バナ。  
私の初めての恋の相手が、おばあちゃんの恋人に?

「うっ、さぶっ!」

春3月まで、あと少しとはいえ
明け方の寒さは、寝起きの
生温い体に厳しい。
重い木の雨戸を開けるたび
声を出してしまう。

高校2年の米村千鳥は
この古い日本家屋に
親子3代で住む。
周りは開発の波にのまれ、殆どがビルやお洒落

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第2話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第2話

千鳥の部活は演劇部。
と言っても人前に出る事は大の苦手。照明係ならばという事で入部した。
名前が千鳥(※1)と言う名前と相反して友達が少なく一人で居る方が多い。
学校でも休み時間は大概、自分の机で過ごす。
幅:600mm / 奥行:400mm 机大きさの世界だ。
将来なりたい夢も特にないし、女子にありがちなお嫁さんになるとか彼氏を作るとかが、一番欠けているので女子たちとは、なかなか話も噛み合わない

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第3話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第3話

4月からは高3になる千鳥。
進路を決めるにしても、特に希望とかやりたい事もない。担任から渡された進路志望カードを手に、自宅の縁側でため息をついていた。

「千鳥ちゃん、どうしたの?」
「あ、小春さん。これ」
と言って小春にカードを見せる。
「千鳥ちゃんは将来何になりたいの?」
「それがないから困ってるの」
「そうね。千鳥ちゃんは小さい頃から、特別夢中になってる事無かったね」
「どうしたらいい?小春

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第4話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第4話

小春は一人娘で、事業の跡を継ぐために親の決めた婿養子と結婚した。
優しくて真面目で誠実だった夫だから、幸せではあった。
それでもやはり初恋は、忘れられないもの。

縁側に座る千鳥に、お茶を入れながらポツリポツリと小春の若かりし恋話《コイバナ》を始めた。

「私がまだ娘時代の話よ」

小春のこの家も昔はもっと敷地も広く、庭も今の3倍はあったため、週に一度は必ず庭師が手入れをしていた。
庭師の万次郎は

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第5話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第5話

「その時の小春さん。ドキドキじゃないの?」千鳥は興味津々で身を乗り出している。
「そうねぇ。多分、顔は真っ赤になっていると思う。千登勢さんの体に初めて触れたんだもの」

自分の進路カードから、小春さんの恋バナを聞けるとは思わなかった千鳥だったが
「で、そのあとどうなったの?」
「その後はね……」

♦︎♦︎♦︎

しばらく休んでいた千登勢だったが、万次郎は片付けを終え戻り、程なく連れ帰った。

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第6話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第6話

その日も朝から、万次郎親子が
米村邸で手入れをしていた。
しかし、急な夕立で一旦手を休める事になった。
縁側で雨宿りして様子を見ていたが、途中で万次郎が居眠りをしてしまう。

そこにお茶を運んできた小春は
恐縮する千登勢に
「お疲れなのでしょうからそのままで」
と言い一人前のお茶をいれた。

「お嬢さん……。良ければ一緒に一服しませんか?」と千登勢が言った。

縁側に並んで座り
「……どうぞ」

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第7話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第7話

「その時、小春さんは自分も好きって伝えたの?」
千鳥は聞いた。
「言えなかったねえ。言ったところで結婚も、決まってる私が口に出来るわけもないからね。でもありがとうって言ったよ」
小春はあの時と同じ縁側でお茶をすすりながら、千登勢の横顔を思い浮かべていた。

♦︎♦︎♦︎

千登勢も小春を抱きしめた。
雷のせいとはいえ、お互いの鼓動を感じる。幸せな一瞬を得ることが出来た。

その時玄関の方から下駄の

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第8話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第8話

「その後、千登勢さんとはどうなったの?」千鳥は体を乗り出して聞く。
「その後少しして、万次郎さんが亡くなってね。噂では、千登勢さんはお母さんのうちに行ったらしいって。それ以来どこにいるかも分からないし、会うことも無かったわね」
「えーそうなんだ。そしてその後小春さんは、おじいちゃんと結婚したんだね」
「そうね。おじいちゃんも良い人だったし、私の事を大事にしてくれたしね。ありがたいと思ってるよ。お陰

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第9話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第9話

「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」

と言われるが、毎年庭の梅の枝切りは千鳥の弟が引き受けていた。しかし今年は、千鳥が請け負うことになる。
「小春さん、ここで良いの?」
「そうそう、その節の先ね」
「分かったー」

脚立を使っても届かない場所は
幹に足をかけて切っていた時だった。

バキバキバキ---

重みで枝が折れてしまい
塀の外側に落ちてしまった。

「千鳥ちゃん、大丈夫?」
「わぁ、びっくりした

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第10話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第10話

「大したこと無いですから」
青年は自転車を起こして行こうとした。
しかし、彼のシャツの肩には汚れと破れがあるのを小春は見逃さなかった。

「お兄さん、肩のそこ。破れを直すから寄ってちょうだいな」
「あ、気が付かなかった」
「お急ぎ?お時間無い?」
「いや、まだ大丈夫ですが」
「じゃあ、お願いだから私に繕わせてくださいな」

千鳥も小春の声を聞き
木戸から顔を出した。

「あ、あの。小春さんなら

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第11話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第11話

小春は裁縫箱と千鳥の弟のパーカーを手にして戻ってきた。
「シャツを繕う間、これを着てくれるかしら?」
青年はシャツを脱ぎ、Tシャツの上に
そのパーカーを羽織った。

千鳥もその様子を見ていて、「あっ」と声を出した。

「千鳥ちゃん。どうしたの?」
「ううん。何でもない」

小春がシャツの破れを繕う間に
千鳥は、お茶とお菓子を持ってきた。

「千鳥ちゃん、ありがとう。
本当にごめんなさいね。すぐ終わ

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第12話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第12話

桜井はスニーカーを履いた後
「大した怪我でもないし、かえって恐縮です」
「何をおっしゃいますか。ご迷惑おかけして、これでは足りないくらいですよ」
小春も微笑む。
「千鳥さんもありがとう」
千鳥に向かって言う桜井に
コクンとうなずきながらも
名前を覚えてくれた事が何より嬉しくて、千鳥は耳が熱くなってくるのがわかった。

「お時間取らせて、ごめんなさいね」
「いえ、では失礼します」

木戸裏に停めた自

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第13話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第13話

その晩
進路カードを母親の千草に
渡しながら昼間の出来事を
報告した。

「ねえ。お母さんは小春さんの初恋の話、知ってた?」
「あ、千登勢さんの話?」
「そう、私初めて聞いたから」
「お母さんもね、千鳥が生まれる少し前かなぁ?赤ちゃんの名前を決めるのに、小春さんに私の“千草“って名前は誰が付けたの?って聞いたのよ」
「うん」
「そうしたら、千登勢さんの話をしてくれたの」
「へえ。で、どうしてなの?

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小説✴︎梅はその日の難逃れ 第14話

小説✴︎梅はその日の難逃れ 第14話

平日の朝。

「あら?千鳥ちゃん今頃起きたの?学校は?」
小春が、リビングに降りてきた千鳥を見て聞いた。
「開校記念日で休みだから」
「そうなのね。だったら遊園地とか行かないの?」
「ああ、クラスの大半の子は行ってるかも」
「予定入れてないの?」
「うん、特には」
「じゃあ、一緒に出かけよ」
「え?今から?」
「そう、ちょっと遅い朝ご飯食べに行こ」
「どこ?」
「近くの、私がよく行くカフェなんだけ

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